蛇婿入り(仮題)

 
 妙な夢を見た。
 金縛りにあったように身体が動かない。
 暑い。寒い。寒い。寒い。
 ずる。ずる。ずる。ずる。ずる。
「誠さん……いや、誠くんでいいか。そんなに年変わんないんだしさ」
 枕元に、いつの間にか三琴が座っていた。やけに明るい月明かりに晒されて、彼女は眩いばかりに輝いていた。
「ミコト……ちゃん?」
「そう!ミコトちゃん」美琴は嬉しそうに笑った。
「お散歩しにいこうよ。誠くん、この村に来てから、寝てばっかりなんだもの」美琴は、誠の腕をぐいぐい引いた。
「それじゃあつまんないでしょ?」
 不思議なことに、身体が軽い。先ほどまでの異常な強張りが嘘のようだ。
「わかった。行こう」
 月明かりの中を、裸足のまま、彼女に手を引かれて歩いていく。彼女の手は冷たい。
 田圃の畦道は泥濘んでいて足裏が少し冷たい。
 蛙や虫の鳴き声だけが耳にこびりついた。
 田圃の向こうに見える家々に明かりはない。
「誠くん、誠くんは……ずっとここにいるの?」
「……俺の居場所は、ここじゃない」
「そうよね」三琴は振り返った。
「私もそう思うわ」
「引き留めないのか」
「別に。私は兄さんじゃないし」
 暗闇。
 線香花火。
 ライター。
 彼の香りが、髪の感触が、唇の感触が異様に生々しくフラッシュバックした。
「あら、どうかした?」三琴が言った。
「いや……なんでもない」
「どうかしましたか?」
 手を握り、顔をのぞき込んできたのは三琴ではなかった。
 双刃だ。
 誠は驚いて双刃の手を振り払った。
「変な誠さん」双刃はくすりと笑った。晴れやかで、陰りなど一欠片もない笑みだった。
 そのまま双刃はゆっくりと頭を傾げ、そのまま───
「待った待った待った!」
 誠は双刃の口を掌で抑え、慌てて距離を取った。
「なんへふは」双刃は、誠に口を押さえられたままもごもご発言した。
「そのまま喋らないでください」
 双刃は誠の手を捕らえると、ゆっくりと指先に舌を這わせた。そして、この上なく厭らしいシナリオを仄めかすような顔つきで微笑んだ。
 冷たい舌は爬虫類のようだった。
 現実が薄れてクラクラする。
「誠さん」
 水の中にいるように声がくぐもって聞こえる。
「貴方のことは、ずっと昔から知っていたんですよ」
「どうして……」
「貴方はお母様に似てきた」
「母?」
「18年前、貴方のお父様とお母様が蛇入を出てからずっと探し続けていた」
 双刃はからからと誤魔化すように笑うと、再び誠の手を引いた。
 これは夢だ。
 頭がぼんやりする。
 項垂れた向日葵がみっしりと立っている。分け入ると、皮膚に棘が擦れた。
 双刃は、迷いなく向日葵畑を進んでいった。
 道などないが、誠の手を引く力は強かった。
 不意に手が離れた。
 水たまりを踏んだみたいだ。ぬめりをもった温かい液体を足裏に感じる。
 暑い。暑い。寒い。
 もうそこは向日葵畑ではなかった。入洲の屋敷の正面玄関だ。龍───否、蛇の意匠が施された鴨居には見覚えがある。
「え…………?」
 じわりじわりと、液体が広がって来る。水たまりと思ったのはこの液体だった。
 その先には、何か居た。
 勢いの弱い噴水のように、それからは液体が止めどなく噴き出していた。月明かりに照らされて、それは一種の神々しさを持っていた。
 それは座っている。液体が流れ落ちて色の変わりかけた麻のシャツを着ている。
 しかし、そこから上が無い。
 首が無いのだ。
 誠は叫んだ。
 シンと静まり返った屋敷には誰もいないかのようだった。
 これは悪い夢なんだ。
 明け放たれたままの玄関の扉から飛び出した。足元からは水音がした。