蛇婿入り(仮題)

 
頭痛がする。
 誠は重い瞼を開いた。もう日は高く昇っているらしい。
 すだれ越しに差し込む朝の光が煩わしかった。
「誠くん?起きていますか?」離れの戸を、控えめに叩く音が聞こえた。双刃だ。
 誠は、なんとか重い身体を起こし、着衣を整えた。汗をかいていたようだ。背がひんやりする。
 戸を開けると、双刃は昨日のように、食事の載った盆を手に立っていた。焼き魚、卵焼き、ご飯、味噌汁、小鉢、漬物。見るからに美味しそうだったが、正直匂いを嗅ぐだけでお腹いっぱいだった。
「おはようございます、誠くん。昨晩は……よく眠れましたか?」
「ええ、まぁ」
 嘘だ。これっぽっちもよく眠れていない。しかし、悪い夢を見た、なんて子供じみたことは言いたくない。
「ふふ、良かったです。顔を洗ってきちゃってください。その間に準備しておきますから」双刃は朗らかな笑顔で言った。
 誠は、洗面所の鏡に映った自分の姿を見て眉を顰めた。皺だらけの浴衣を引っ掛け、顔色はひどく悪い。お世辞にもよく眠れた人間の顔ではなかった。
洗面台に手をついて下を向くと、また頭痛がぶり返した。
「う、ぐ」
 腹の奥から突き上げるような吐き気に襲われた。
 口内にすっぱいような苦いような味が広がった。
 洗面台を掴んだ手が汗で滑り、そのままその場で崩れ落ちた。吐きたいのに胃の中には何も残っていないらしい。
 口内に溢れる唾液が顎を伝わる感触に鳥肌が立った。
「誠くん……!」
 双刃の足音と、焦ったような声が聞こえた。
 誠の視界は歪み、意識を手放した。

 どうやら、布団に寝かされているようだ。誠は、枕の上でゆっくりと首を動かした。
 すだれごしの光が赤い。随分眠ってしまっていたらしい。
 枕元には、水の入ったたらいと白い布。水差しと薬箱が置かれていた。
 双刃の姿は無かったが、離れの戸が開いているのが見えた。
 軽い足音。
「へぇ、あなたが佐藤誠さん、ね」
 寝転んでいる頭の側から声をかけられ、誠は身をよじってそちらを見た。
 少女が、あぐらをかいて座っていた。
 年下だろう。あどけない顔立ちで、セーラー服を着ているが化粧っ気はない。
「……君は?」
「誰だと思う?」少女はにやりと笑って、猫のように目を細めた。
「……入洲家の子、だよね」
「正解だけどもっと細かく!」少女は、びしりと誠を指さして言った。「確かに私は入洲の人間。そりゃそうでしょ。こんなところまで出入りできるんだもの」
「ううん……双刃さんの、妹……いや、従妹とか?」
「最初ので正解!私は双刃の妹。入洲三琴!ミコトちゃんって呼んでいいからね」三琴は、寝転んだままの誠をびしりと指で差した。
「ミコト、ちゃんはその……どうしてここに?」
「本家の嫡男が帰ってきたっていうから見に来ただけ。あ、でもお兄ちゃんには言わないでね。今日は本当はお稽古の日だったんだけど、行きたくないからさぼっちゃった」三琴はいたずらっぽく笑った。
「……大丈夫。言わないよ」
 誠は眉を顰めた。また、ズキズキ頭が痛み出した。熱でもあるのかもしれない。
「かわいそうにね」三琴がぽつりと呟いた。
「へ?」
「なんでもないよ。じゃ、また来るから」
 三琴は、猫のように身軽に立ち上がると、縁側に置かれていたらしい靴を履き、まぶしい夕焼けの中へと飛び出していった。
 後には蝉の鳴き声だけが残された。