「誠さん、迎えに来ましたよ」
双刃は微笑んだ。敵意がなく、この上なく優しく、母親のような慈愛を持って。
誠は、病的な顔で布団の上を後ずさった。彼はまだうちの浴衣を着たままだ。足の擦り傷が痛々しい上に、所々泥で汚れている。
「どうかしましたか?」
「あの家には帰りたくない」誠は固い声で言った。
「そんな困ったこと言わないでください」双刃は微笑みかけた。「大丈夫ですよ。誠さんは何も心配することなんて無いんですから」
「ミコトちゃんは、もう死んでいるって本当なんですか」
嗚呼。あのラッキーな刑事に余計なことを吹き込まれたのか。
「ええ。そうですよ」
「俺を、騙していたんですか」
「騙すなんて。私は妹がいることは肯定しましたが───」
「俺はミコトちゃんに会ったんですよ。確かに……!」
「夢でも見ていたんでしょう。ひどい風邪だから」
「夢じゃない!」
「そんなに騒いだら身体に障りますよ。さ、帰りましょう」
「あの家には帰りません!もうこの村からも出て行きます」
「それは無理です」
「なんで」
「昨日の酷い雨で土砂崩れが起きたんです。トンネルも塞がってしまったので、ここから出て行くなんて無理ですよ」
双刃は、後ずさりした誠ににじり寄った。
「あ、あそこでは……人が死んでる」
誠の声は震えていた。かわいそうに。
それが、ここに棲み着くということなのに。
双刃は、壁際まで後退した誠の頬に、そっと手を延べた。まろい、子供らしい頬。それも血色を失い痩けたように見える。
誠は、その手を撥ね除けるべきかどうか悩んでいるらしかった。目を左右に泳がせ、最終的に双刃の手をそっと頬から除けた。
「そういう夢でも見たんでしょう?」
「夢じゃない。確かに手に血が付いてた。前の時もそうだった。あの時も、俺の足に血がついていたじゃないですか」
「違うでしょう?あれは寝ぼけた誠さんが庭に出てしまっただけ」
「違う!」
「口を挟んで悪いが、俺も入洲の屋敷に連れて行ってもらいたい」雅哉が言った。
「……別に構いませんよ」
双刃は、雅哉の方を振り返った。
どうせこの男にはどうすることもできないのだ。たった一人、村に残された刑事。蛇の家に迷い込む無知で愚かな鼠。
哀れな男だ。
「蛇に噛まれても知りませんよ」
