誠は薄く目を開いた。
目に飛び込んできたのは、離れの天井ではない。
黄ばんだ丸っこい天井照明は、母と最期の日々を送ったアパートを思い起こさせた。黴っぽい布団に寝かされているらしい。臭いがツンと鼻をついた。民宿か何かだろうか。狭苦しい室内には、洋服掛けや小さな文机が置かれ、注意事項の書かれた張り紙が貼られている。
入蛇にやって来たのはほんの少し前のはずなのに、それより前のことが、まるで遠い昔のように靄がかかっている。
夏休みの間は母方の親族のところに行く、と告げると「サスペンスドラマみたいだ」と笑った友人の顔もぼんやりとしか思い出せない。全くその通りのようなことになっているが。
枕元には、三琴がいた。
「ミコトちゃん、これは夢ではないんだな」
「そうだよ」三琴は、膝を抱えてそこに顔を埋めていた。
「さっき、殺されていたのは誰なんだ」
「どんな人だった?アタシ、見てないから分らない」
「首が無かったんだ、わかる訳───いや、老人だったな。白くて、皺くちゃで」
「あの家に老人は一人しかいないわよ。きっと、大義お爺様ね」
「それじゃあ、あの若い男は誰なんだ」
「わからないわ。私だって、この家の全てを知っているわけじゃないもの」
扉がノックされた。
「起きたか」
意識を失う前に見た、目つきの鋭い男だ。誠は声の方向に首を回した。
「ここはどこですか」誠は寝転がったまま問いかけた。
「……ここは「定食さがら」の二階だよ。俺は木地雅哉。本当は今日、君の取り調べを行う筈だった刑事だ」
雅哉は、誠を観察した。誰かと話すような声が聞こえてきたので慌てて部屋に来てみたが、やはりここには誠一人しかいない。
顔色は相変わらず死人のようだ。
「君、何を見たんだ」
「入洲大義の首を切られた死体です」
「どこで」
「わかりません……本家のどこかで」
「君は入洲大義に会ったことがあるのか」
「ありません」
「じゃあなんでわかるんだ」
「ミコトちゃんに聞いたんです」
雅哉は眉間の間を抑えた。
やっぱりクスリでもやってるんじゃないか?
「その三琴ちゃんっていうのは、入洲双刃の妹の入洲三琴であっているかな」
「はい」
「君がどこで誰に会ったのかわからないが、入洲三琴は───4年前に死んでいるよ」
「そんな訳ない!」誠は身体を起こした。
「アンタ何言ってるんだ、だって、ここに」誠は振り返って三琴を見ようとした。
「さっきまではここに居た!」
「落ち着いて。入洲三琴は死亡届まで出されている。間違いなく死んでいる」
「そんな訳ない……そんな訳!」
「刑事さん!ちょっと」控えめなノックの後、部屋の外から、定食屋の店主が雅哉を呼んだ。
「どうしたんです?ちょっと今取り込み中で───」雅哉は部屋のドアを薄く開いた。
「こんにちは、刑事さん」
そこにいたのは、入洲双刃だった。薄い唇は完璧な微笑みの形を作っていた。その背後には、店主が気まずそうな顔で立っている。
双刃は、薄く開いたドアをこじ開けるように引いた。存外強い力に、雅哉はよろめいた。
「誠さんを連れて帰ります。ご迷惑をおかけしてすみません」
「待ってくれ。誠くんに話を聞いている最中なんです」
「ああ、また何か寝言でも?」双刃は可笑しそうに言った。
「何がおかしいんだ」
「誠さん、こっちに来てからずっと調子を崩していて……変なことばっかり言うんですよ」
「変なことかどうかは俺が決める」
「刑事さん……ウチのことにはあまり関わらない方が良いですよ」双刃は囁くように言った。
「お仲間だってもう居ないのに」
雅哉は双刃を睨んだ。双刃は、ただ呆れたように目を伏せていた。
「俺は刑事だ。殺人事件を捜査するために来た」
「貴方の手には負えませんよ。この村の殺人者は、標的を選ばない」
「アンタ、誰が殺したか知ってるのか」雅哉は双刃の腕を掴んだ。
双刃は鬱陶しそうに雅哉を見た。その黒々とした艶やかな瞳には、何の表情も浮かんでいなかった。
「蛇ですよ」双刃は雅哉の手を振り払い、部屋の中へと踏み込んだ。
