木地雅哉は、「定食さがら」のカウンターで、冷め切ったコーヒーを胃に流し込んだ。泥水よりはマシな味というだけで、コーヒーとは言い難い。空は薄曇りで、爽やかな朝にはほど遠い。
昨晩の地滑りの被害は著しく、停電した家もあるらしい。何より痛手なのは、電話が使えなくなったということだ。
定食屋には、まだ早朝だというのにちらほらと村人が集まり、不安そうに囁き交わしている。
先ほどからちくちくと視線が痛い。値踏みするような目だ。そういうのはよく分る。
「さがらさん、昨日の夜───トンネルが塞がる直前に来た客がいたよな。ちょっと名簿を見せてくれませんか」雅哉は、厨房の中であくせく動き回る店主に呼びかけた。
店主はインスタントコーヒーをスプーンで掬い取る手を止め、困ったようにぐるりと目を回した。
「昨日の客なんだけどね、ちょっと変な子かもしれないよ」
「変って?」
「名簿を書くように渡したんだけどね、名前の欄に“ハンター”としか書いてなくて」
「半田?」
「ハ・ン・ター。カタカナだよ。カタカナでハンター。なんだろうね、都会ではそういうのが流行ってるの?」
「そういう、時期なのかもな……連絡先は?」
「それが何も書いてないんだよ。妙な名前だけ」
「ハンター」とかいう妙な客。外国人だったのだろうか。あの背の高さだ。有り得なくもない話だ。
あの男は、恐らくこのトンネルが埋まる直前にこの村へやって来たのだろう。この狭い村の中では、部外者の出入りが勘づかれないということはまず無い。妙な客とトンネルの崩落、殺人。これらは繋がっているはずだ。
───しかし、それにしてもこの村は不思議なところだ。
村人は皆、やけに晴れやかで非協力的なところがほとんどない。
「ねぇ、あれ」
「入洲の……」
誠が座るカウンターのすぐ近くの、窓際のテーブルに付いていた夫婦が、怯えたように腰を浮かした。
夫婦の視線の先には青年がいた。肩に引っ掛けるように、半ば脱げかけた浴衣を引きずり、よろめきながら歩いている。足は裸足だ。
そして、その細い肘から下はどす黒く汚れていた。
