蛇婿入り(仮題)


 入洲双刃は、入洲本家の屋敷の最奥部へと急いでいた。刑事たちでさえ踏み込むことのできなかった入洲大義の居室。そのさらにその奥。大義の居室の畳を一定方向にずらすと、石壁の地下通路が現われる。
 石壁には、かつての先祖達が代々刻みつけた村の成り立ちが描かれている。日本語、英語、そして訳の分らない古代語。まるで禍々しい遺跡のようだ。
 入り組んだ通路は、かつての弾圧の厳しさを感じさせる。
「よう、坊ちゃん。そんなに急いでどこいくんだよ」
 双刃は、声の主を睨み付けた。
 にやにや笑いながら現われたのは、入洲千歳だ。立ち塞がるように通路を塞いでいる。戸籍上は従兄弟にあたるが、実際は血縁上何の関わりも無い。赤の他人だ。
「貴様には関係ない」双刃は固い声で言った。
「カリカリすんなよ。鶴寿翁はお忙しい。アンタに構っている暇はないぜ」
「……宗一朗様は?」
「もうお休み中さ。今日は一段と───」
「なぜ、止めなかった」
「止める理由も無いからさァ」千歳は悪びれる風もなく言った。
「清吉は代替わりには関係無かっただろう。なぜ殺した」
「鶴寿翁が許したんだ。あいつがヘマしたからよ。警官を殺しちまったんだ。爺様はそりゃぁカンカンで。あ───アイツの「下半分」は宗一朗様が持って行ったぜ」千歳は笑った。
 双刃は顔を顰めた。
「とにかく、鶴寿翁はお忙しい。アンタは自分の仕事をしろよ」
「……言われなくても」
「そういや、あのガキ、確かに久美子に似ているなぁ。アンタ、男もイケるのかよ」
 双刃は、千歳の軽口を無視した。
 入洲久美子。彼女だけだ。
 彼女だけが、生まれながらの罪悪感を忘れさせてくれた。彼女にはずっと、側にいてほしかった。
 しかし、彼女はこの村には居られなかった。
 彼女はこの村で生きていくべき人間ではなかったからだ。
 しかし、その息子ならどうだ?