蛇婿入り(仮題)


 妙な夢を見た。
 ずる。ずる。ずる。ずる。ずる。
「誠くん、あなたこのままじゃ、死ぬまでこの村にいることになるわよ」
「それってどういうことだい」
 誠が目を開けると、そこはバス停だった。雲一つなく、穏やかな青が広がっている。
 三琴とは、横並びにベンチに座っていた。
 三琴はベンチから立ち上がると、くるりと誠を振り返った。
「どうもこうもないわ。代替わりはもう始まっているの。もし転化したら、この村の外では暮らせないわよ」
「さっきから何の話をしてるんだ?代替わり?てんか?」
「これ以上は話せないの」
 三琴は顔を歪めた。
「私は───この家の───」
 突如として、穏やかだった空に暗雲が広がった。
 突風が吹き、稲妻が走る。
 三琴の姿が、陽炎のように揺らめいた。その姿は、燃え上がるように形を変えた。
「こんばんは、誠くん」
 空は再び静寂を取り戻した。しかし、それは暖かな午後の空ではなく、星々の煌めく夜空だった。
 双刃が、薄らと笑みを浮かべた。
 冬の夜空のように、星が美しい。しかし、外気は紛れもなくじっとりと湿り気を帯びた夏のものだった。
 双刃は、誠の手を取って恭しくベンチから立ち上がらせた。
「貴方はずうっとこの村で暮らすんですよ。私の元でね」双刃は内緒話でもするように、耳元に唇を寄せて囁いた。
「い、嫌だ……俺は、この村には留まる気はありませんよ。それに、さっきから何の話なんですか。代替わりがどうとか、てんかがどうとか」
「そんなの貴方が気にすることじゃありません」
「誤魔化さないでください。これって、何か……あの殺人事件に関係しているんでしょう!?」誠は言った。
 これは夢だ。
 どうせ夢なのだ。
「今日の貴方は少し強情なようですね」双刃は困ったように眉尻を下げた。
 双刃は、握っていた誠の手を離した。
 誠は、四方を壁に囲まれた小さな和室に立っていた。茶室のように小さな出入り口だけが存在し、それ以外は何も存在しない。天井近くには明かり取りがあるのか、僅かな光が部屋を照らしていた。
 ずる。ずる。ずる。ずる。ずる。
 何かが這いずっている。
 何かがいる。
 蛇だ。
 悍ましい。
 僅かな光によって確保された視界の中に、現われたのは人間の腕だった。老人のように皺っぽくて、白い。続いて肩。
 そして───切断された首の断面。そこから止めどなく血を流しながらも、首を失った身体は、切り取られたトカゲのしっぽのように蠢いている。
 吐き気がする。思わず口元を押さえると、ぬるりと手が滑った。両手のひらには、赤黒い液体がべっとりと染みついていた。
 茶室のように小さな扉をやっとの思いくぐり抜けたところで、誠は何かに足を取られて転倒した。ひんやりとした床に、強かに頬を打った。この廊下は、本家の廊下だ。ぬるつく手でなんとか身体を起こす。
 足下には、ぶよりとした塊があった。
 誠は、ふいにそれと目が合った。それは寝そべった若い男だ。
 半身を起こした誠を下から見上げるように、廊下に寝転がっている。
 しかし不自然だ。
 なぜ彼の、胸から下は存在しないのか。
 誠は走った。こんなところには居られなかった。
 これは夢なのか?
 鉄錆びのような臭いが鼻を突いた。