18日。
安城は俺の家に泊まった。
友達を家に泊めるというのははじめての経験だった。
安城はそのまま俺の家に住むつもりかとつっこみたくなるほどの大荷物を抱えてやってきた。
枕に、シーツに、タオルに……。
さすがに持ってきすぎだと思う。
しかし、そんなことをいちいち口には出していない。
なんといっても、相手はあの安城万理なのだから。
しかし、お風呂上りに安城が俺のベッドを占拠しているのを見て、さすがに苦言を呈すことにした。
「安城さ」
「なんだ」
「たぶん、お前って神経質だよな」
「だったらなんだ」
「なんで人のベッドで寝るつもりなんだよ……その辺は神経質じゃないのかよ」
彼は俺のベッドに持参した枕とシーツをセッティングしている。信じられない。
彼はしれっと言う。
「神経質だ。床やソファでは寝られない」
「まじか……」
「なにか不都合が?」
「いや……もう、好きにしていいよ……」
「もとからそのつもりだ」
結局、俺は客用の布団をベッドの隣に敷いて寝ることにした。
なんで部屋の主の俺が床なのか、いや、よそう。
夜、電気を消す。
俺は何度も寝返りを打った。
俺の部屋に他人がいるという事実と、明日になったら安城になにかが起きるという不安。
それらに押しつぶされそうだった。
耐えかねて、俺は口を開く。
「なぁ、安城」
「早く寝ろ」
取り付く島もない。
俺は自分の不安をごまかすように明るい声を出す。
「お泊り会って、恋バナとかするんじゃないのか?」
「お泊り会ではなく、これは決起集会だ。明日に向けてのな。だから早く寝ろ」
言われて、シーツを被ってみるが、やはり睡魔はやってこない。
「安城」
「しつこいぞ」
俺は続ける。
「あのさ、明日」
ベッドの上に横になる安城がいまどんな表情をしているのか、知る由はない。
しかし、俺は泣きそうだった。
「……無事でいてくれよな」
「……そのために鍛えたんだろう。付け焼刃かもしれないがな。まったく、この僕が知力ではなく筋力に頼る日が来るなど……」
安城がぶつぶつと文句を言い始める。
彼はこうなってからも、いつも通りだ。
そんな彼に、少しだけ救われる。
息を吸い込むと、知らないシャンプーの匂いがした。
安城が家から持ってきたものだろう。
すっきりとしたシトラスの香りだ。
「また泊まりにきてよ。ほら、うちって母さんが基本的にいないからさ」
俺が言うと、安城はふんと笑った。
「それは明日の君の働き次第だ」
その言葉を聞いて、少しだけ落ち着くことができた。
大丈夫。
安城はここにいる。
そして、また泊まりに来てくれる。
自然と、そう思えた。
目を閉じる。
この夏は、はじめてのことが多い。
補習に、夏祭りに、花火に、お泊り……。
いい夏だった。
しかし、そう総括するには、明日を安全に締めくくらなくてはならない。
俺はゆっくりと意識を手放した。
*
翌朝、俺はいつなにが起きてもおかしくないと警戒していた。
朝食をふたりで食べたあと、制服に着替えて家を出る。
マンションの階段、駅のホーム、気を付けるべきところはたくさんある。
俺は上下左右を確認しながら慎重に歩く。
そんな俺を見て、安城は鼻で笑った。
「滑稽だな」
「真剣に歩けよ。なにかあってからじゃ遅いんだぞ」
「なにかあってから、ねぇ」
「なんだよ」
「君が前回そのカウントダウンの悪霊を視たときは、怪我は骨折程度だったんだろう?」
「それは、たまたまそうだっただけかもしれないだろ。看板が落ちてきたんだぞ。当たり所が悪かったら、死ぬことだってある」
「……ふむ。いま、悪霊は動いていないのか?」
「うん。ずっと、お前の後ろにいるよ」
「そうか。動きがあったら教えてくれ」
「うん」
学校に到着する。
十字路には今日は右手の悪霊がいた。
それを横目に数学準備室に向かう。
今日は補習は休んで、安城といっしょにいるつもりだ。
学校に来たのは、まわりに人がいた方が最悪の事態になったときに助けを呼んでもらえるだろうという思惑だ。
ふ、と悪霊が動いた。
俺は立ちどまる。
悪霊は先回りするように、壁をすり抜けて数学準備室へ入る。
安城が数学準備室のドアを開けようとして――。
「安城! ちょっと待って!」
俺は叫んだ。
しかし、安城がドアを開ける方が早かった。
途端、同好会の看板が落ちてきた。
俺はとっさに安城を教室の中へと突き飛ばした。
看板は俺の右肩に直撃した。
俺はその場にうずくまる。
目だけで安城を追うと、彼は教室の床に転がり、頭を打ち付けた。
ごつんと鈍い音が鳴る。
「つっ……」
彼は頭を押さえる。
「大丈夫か!?」
彼に駆け寄る。
「利き手は守ったか……!?」
「利き手より大事な頭をやられた」
安城は忌々し気に舌打ちをしている。
俺はほっと胸をなでおろす。
「そんだけ口が回るなら大丈夫だろ」
「価値が違うんだぞ、価値が」
「冷やすやつ、保健室からもらってこようか」
「いや……それほどではない。君は?」
「俺は、ちょっと肩に当たっただけ……よかった……悪霊が動くのが視えて、それで……」
「いま、悪霊は?」
「……どこかに行ったみたい」
俺たちは、どちからかともなく息を吐いた。
俺はぽつりと言う。
「これで、終わり……?」
同好会の看板が、床に落ちている。
それは確か、安城がロッカーに隠していたはずのものだ。
俺はじっとそれを見つめる。
安城は肩をすくめた。
「これで終わりのようだな。看板を落とす悪霊、か。妙なのもいるものだ」
安城は立ち上がって制服についた汚れを払う。
「まったく。それにしても1学期だけで悪霊4体か。1体は僕たちが探し出したものとしても……なかなか多いな」
「だとしたら、どう思う……?」
「だとしたら?」
俺はちょっとだけ緊張する。
安城は、悪霊と関わってしまったこの1学期を、どう思っているのだろう。
彼はにっと笑うと、しゃがんだままの俺に手を差し伸べた。
「最高だ。退屈しなくていい」
全身から、力が抜けていくのがわかった。
「安城」
「なんだ」
「ありがとうな」
「薄気味悪いことを言うな」
「いいだろうが! いまくらい! 別に! このひねくれもの!」
「素直な感想だ」
しかし、その顔がいつもよりどこか満足げなのを、俺は見逃さなかった。
俺は彼の手をとって立ち上がって言う。
「お前みたいなのの相手をしてやれるのは、俺くらいだろうな」
「何を言う。友達いない歴数年の君を社会復帰させてやったのはこの僕だぞ」
「今日助けてやったのは俺だぞ……!」
安城はにやりと笑う。
「次に君が手の悪霊に襲われるのはいつかちゃんと覚えているのか?」
「ええと、確か、1月だったはず……」
「まったく、頼りない。いま僕に頼むのなら、僕が責任をもって前日に知らせてやろう」
「ちゃんとスマホには登録してあってだなぁ……!」
「そんなものに頼るとは、情けない」
「文明の利器は使ってなんぼだろうが!」
「君はそのスマホの登録を確認しない。絶対にだ」
「なんだと!」
太陽はさんさんを降り注ぐ。
ああ、いい夏だ。
人生で、最高の夏休みだった。
安城は俺の家に泊まった。
友達を家に泊めるというのははじめての経験だった。
安城はそのまま俺の家に住むつもりかとつっこみたくなるほどの大荷物を抱えてやってきた。
枕に、シーツに、タオルに……。
さすがに持ってきすぎだと思う。
しかし、そんなことをいちいち口には出していない。
なんといっても、相手はあの安城万理なのだから。
しかし、お風呂上りに安城が俺のベッドを占拠しているのを見て、さすがに苦言を呈すことにした。
「安城さ」
「なんだ」
「たぶん、お前って神経質だよな」
「だったらなんだ」
「なんで人のベッドで寝るつもりなんだよ……その辺は神経質じゃないのかよ」
彼は俺のベッドに持参した枕とシーツをセッティングしている。信じられない。
彼はしれっと言う。
「神経質だ。床やソファでは寝られない」
「まじか……」
「なにか不都合が?」
「いや……もう、好きにしていいよ……」
「もとからそのつもりだ」
結局、俺は客用の布団をベッドの隣に敷いて寝ることにした。
なんで部屋の主の俺が床なのか、いや、よそう。
夜、電気を消す。
俺は何度も寝返りを打った。
俺の部屋に他人がいるという事実と、明日になったら安城になにかが起きるという不安。
それらに押しつぶされそうだった。
耐えかねて、俺は口を開く。
「なぁ、安城」
「早く寝ろ」
取り付く島もない。
俺は自分の不安をごまかすように明るい声を出す。
「お泊り会って、恋バナとかするんじゃないのか?」
「お泊り会ではなく、これは決起集会だ。明日に向けてのな。だから早く寝ろ」
言われて、シーツを被ってみるが、やはり睡魔はやってこない。
「安城」
「しつこいぞ」
俺は続ける。
「あのさ、明日」
ベッドの上に横になる安城がいまどんな表情をしているのか、知る由はない。
しかし、俺は泣きそうだった。
「……無事でいてくれよな」
「……そのために鍛えたんだろう。付け焼刃かもしれないがな。まったく、この僕が知力ではなく筋力に頼る日が来るなど……」
安城がぶつぶつと文句を言い始める。
彼はこうなってからも、いつも通りだ。
そんな彼に、少しだけ救われる。
息を吸い込むと、知らないシャンプーの匂いがした。
安城が家から持ってきたものだろう。
すっきりとしたシトラスの香りだ。
「また泊まりにきてよ。ほら、うちって母さんが基本的にいないからさ」
俺が言うと、安城はふんと笑った。
「それは明日の君の働き次第だ」
その言葉を聞いて、少しだけ落ち着くことができた。
大丈夫。
安城はここにいる。
そして、また泊まりに来てくれる。
自然と、そう思えた。
目を閉じる。
この夏は、はじめてのことが多い。
補習に、夏祭りに、花火に、お泊り……。
いい夏だった。
しかし、そう総括するには、明日を安全に締めくくらなくてはならない。
俺はゆっくりと意識を手放した。
*
翌朝、俺はいつなにが起きてもおかしくないと警戒していた。
朝食をふたりで食べたあと、制服に着替えて家を出る。
マンションの階段、駅のホーム、気を付けるべきところはたくさんある。
俺は上下左右を確認しながら慎重に歩く。
そんな俺を見て、安城は鼻で笑った。
「滑稽だな」
「真剣に歩けよ。なにかあってからじゃ遅いんだぞ」
「なにかあってから、ねぇ」
「なんだよ」
「君が前回そのカウントダウンの悪霊を視たときは、怪我は骨折程度だったんだろう?」
「それは、たまたまそうだっただけかもしれないだろ。看板が落ちてきたんだぞ。当たり所が悪かったら、死ぬことだってある」
「……ふむ。いま、悪霊は動いていないのか?」
「うん。ずっと、お前の後ろにいるよ」
「そうか。動きがあったら教えてくれ」
「うん」
学校に到着する。
十字路には今日は右手の悪霊がいた。
それを横目に数学準備室に向かう。
今日は補習は休んで、安城といっしょにいるつもりだ。
学校に来たのは、まわりに人がいた方が最悪の事態になったときに助けを呼んでもらえるだろうという思惑だ。
ふ、と悪霊が動いた。
俺は立ちどまる。
悪霊は先回りするように、壁をすり抜けて数学準備室へ入る。
安城が数学準備室のドアを開けようとして――。
「安城! ちょっと待って!」
俺は叫んだ。
しかし、安城がドアを開ける方が早かった。
途端、同好会の看板が落ちてきた。
俺はとっさに安城を教室の中へと突き飛ばした。
看板は俺の右肩に直撃した。
俺はその場にうずくまる。
目だけで安城を追うと、彼は教室の床に転がり、頭を打ち付けた。
ごつんと鈍い音が鳴る。
「つっ……」
彼は頭を押さえる。
「大丈夫か!?」
彼に駆け寄る。
「利き手は守ったか……!?」
「利き手より大事な頭をやられた」
安城は忌々し気に舌打ちをしている。
俺はほっと胸をなでおろす。
「そんだけ口が回るなら大丈夫だろ」
「価値が違うんだぞ、価値が」
「冷やすやつ、保健室からもらってこようか」
「いや……それほどではない。君は?」
「俺は、ちょっと肩に当たっただけ……よかった……悪霊が動くのが視えて、それで……」
「いま、悪霊は?」
「……どこかに行ったみたい」
俺たちは、どちからかともなく息を吐いた。
俺はぽつりと言う。
「これで、終わり……?」
同好会の看板が、床に落ちている。
それは確か、安城がロッカーに隠していたはずのものだ。
俺はじっとそれを見つめる。
安城は肩をすくめた。
「これで終わりのようだな。看板を落とす悪霊、か。妙なのもいるものだ」
安城は立ち上がって制服についた汚れを払う。
「まったく。それにしても1学期だけで悪霊4体か。1体は僕たちが探し出したものとしても……なかなか多いな」
「だとしたら、どう思う……?」
「だとしたら?」
俺はちょっとだけ緊張する。
安城は、悪霊と関わってしまったこの1学期を、どう思っているのだろう。
彼はにっと笑うと、しゃがんだままの俺に手を差し伸べた。
「最高だ。退屈しなくていい」
全身から、力が抜けていくのがわかった。
「安城」
「なんだ」
「ありがとうな」
「薄気味悪いことを言うな」
「いいだろうが! いまくらい! 別に! このひねくれもの!」
「素直な感想だ」
しかし、その顔がいつもよりどこか満足げなのを、俺は見逃さなかった。
俺は彼の手をとって立ち上がって言う。
「お前みたいなのの相手をしてやれるのは、俺くらいだろうな」
「何を言う。友達いない歴数年の君を社会復帰させてやったのはこの僕だぞ」
「今日助けてやったのは俺だぞ……!」
安城はにやりと笑う。
「次に君が手の悪霊に襲われるのはいつかちゃんと覚えているのか?」
「ええと、確か、1月だったはず……」
「まったく、頼りない。いま僕に頼むのなら、僕が責任をもって前日に知らせてやろう」
「ちゃんとスマホには登録してあってだなぁ……!」
「そんなものに頼るとは、情けない」
「文明の利器は使ってなんぼだろうが!」
「君はそのスマホの登録を確認しない。絶対にだ」
「なんだと!」
太陽はさんさんを降り注ぐ。
ああ、いい夏だ。
人生で、最高の夏休みだった。
