その悪霊をはじめて視たのは、俺が小学5年生のときだ。
そいつは当時の俺の親友の後ろに現れた。
その様子は、憑りついているという表現がぴったりだ。
その悪霊は一心にひとりの人間だけを見つめていた。
最初、そいつは両手を広げ“10”を示していた。
それが1日ごとに1つずつ減り、翌日には“9”、次に“8”となり、そして最後には“0”となった。
そして、“0”になった日、憑りつかれていた俺の親友は、落ちて来た看板の下敷きになって大けがをした――。
その夜、俺はちっとも寝られなかった。
安城の背後にいた悪霊。
嫌な記憶とともにあるそれ。
それの存在を当時の親友に伝えたせいで、俺は「不気味なやつ」とレッテルを張られ、孤独な生活を送るはめになった。
「大丈夫」
俺は何度もつぶやいた。
「安城は、そんな奴じゃないから」
俺は必死に目をつむって朝が来るのを待った。
長い長い夜が明けると、俺は矢のように走って学校へ向かった。
そして補習の教室ではなく、数学準備室へ駆け込む。
「安城、いるか!?」
「うるさい」
ぴしゃりと言われて、思わず立ちすくむ。
見ると、机の上に紙がうず高く積み上がっている。
おまけに安城の額には“呪詛”という文言が書かれたハチマキ。
勢いをそがれた俺はおずおずと尋ねる。
「なにしてるんだ……?」
ほんとうに。
安城はこちらを一瞥もせずに一心不乱にシャープペンシルを動かしている。
「見てわからないか。昨日職員室に乗り込んだバツとして、朝から学校に来て反省文を書くように命じられた」
「……へぇ。意外。安城、そういうのちゃんと書くんだ」
彼の手元を覗き込んでみると、安城の几帳面な字が並んでいる。
――僕の夢は平等と公平の違いを理解していない教員から教職免許を取り上げることと、民主主義について理解しない生徒の卒業を認めない学校をつくることです――。
……1行目を読んだだけでお腹いっぱいだ。
俺はこめかみを抑えた。
「……反省文ってこういう夢とか野望を語るものだったっけ……?」
「なにを言っているんだ。反省文とは反省していることを示す文だろう。僕は反省していないのだから書かないに決まっている。今書いているのは抗議文だ」
「はぁ……」
抗議文としても変だと思うが。
先生方の苦労を思うと涙が出そうだ。
安城は手を動かしながら問う。
「それで、落第生の君は何の用だ。今日も補習じゃないのか」
「まだ落第してない! 落第するのを避けるために補習を受けてるんだ!」
「それは違う。落第したから補習を受けているんだ。認識を改めたまえ」
「お前なぁ……」
俺は咳ばらいをした。
落ち着け。安城のペースに巻き込まれるな。
「あの、悪霊の話がしたいんだけど」
本題を切り出すと、安城は片眉を跳ね上げた。
「なんだ、新しい悪霊が見つかったのか?」
彼が前のめりになる。
俺は首を振った。
「見つかってないよ」
「なんだ、つまらん」
「まだ勝負したいのか?」
「もちろんだ。引き分けというのは性に合わない」
安城はそう言い切る。
「勝負ってなったら……安城は俺に数学の知識をわけてくれるわけじゃないんだよね」
「当然だ。そこの部分を競っているのだからな」
内心、俺は舌打ちをする。
もしいま安城に悪霊のことを伝えても、彼は協力して解こうとしないかもしれない。
安城の背後にちらと視線を送る。
そこにはやはり、例の悪霊が立っている。
悪霊は子どもの姿に似ているが、顔と手が異常に大きい。
俺は唾を飲み込む。
やはり、見間違いではない。
昔見たあの悪霊だ。
そして、いまこの悪霊は一心に安城を見つめている。――まるで憑りついたかのように。
その手は、いま“9”を示している。
――あと9日。
俺は拳を握る。
俺は平静を装って尋ねる。
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど?」
「なんだ」
「昔見た悪霊の話なんだけど、どんな法則があるかなって安城に聞いてみたくて」
「昔見た悪霊?」
安城は顔を上げる。
「うん。その……全然、いまいる悪霊じゃないんだけどね、なんだか知りたくなって」
以前のように対価を要求されたらどうしようかと思っていたが、安城はあっさりと頷いた。
「話してみたまえ」
それで、俺はカウントダウンをする悪霊について、知っていることをすべて彼に伝えた。
「――で、カウントダウンが“0”になったときに、その憑りつかれていた子は上からふってきた看板の下敷きになって大けがをしたんだよ」
俺が説明を終えると、安城は組んだ手の上に顎を乗せた。
「なるほどな」
「なにか、わかる?」
「そのままだと思うが?」
「そのままって?」
「カウントダウンだろう。1日ごとに1つずつ数字が小さくなる。シンプルだ」
「それだけ?」
「ほかになにがある」
「その……カウントダウンを止める方法ってあるかな?」
安城は肩をすくめる。
「それができるなら、僕は君を手の悪霊から救ってやっているぞ」
「……そうだよね」
息を吐く。
そうだ。悪霊の法則は、絶対だ。
ここまで、法則を崩すことは一度としてできていない。
現に俺はまだ悪霊に狙われた状態のままだ。
(カウントダウンが絶対なら、それなら……安城は……)
拳を握る。
なんとかしなくてはいけない。
そう思うのだが、思考は空回りするばかりでなにひとつ結論を出せなかった。
そいつは当時の俺の親友の後ろに現れた。
その様子は、憑りついているという表現がぴったりだ。
その悪霊は一心にひとりの人間だけを見つめていた。
最初、そいつは両手を広げ“10”を示していた。
それが1日ごとに1つずつ減り、翌日には“9”、次に“8”となり、そして最後には“0”となった。
そして、“0”になった日、憑りつかれていた俺の親友は、落ちて来た看板の下敷きになって大けがをした――。
その夜、俺はちっとも寝られなかった。
安城の背後にいた悪霊。
嫌な記憶とともにあるそれ。
それの存在を当時の親友に伝えたせいで、俺は「不気味なやつ」とレッテルを張られ、孤独な生活を送るはめになった。
「大丈夫」
俺は何度もつぶやいた。
「安城は、そんな奴じゃないから」
俺は必死に目をつむって朝が来るのを待った。
長い長い夜が明けると、俺は矢のように走って学校へ向かった。
そして補習の教室ではなく、数学準備室へ駆け込む。
「安城、いるか!?」
「うるさい」
ぴしゃりと言われて、思わず立ちすくむ。
見ると、机の上に紙がうず高く積み上がっている。
おまけに安城の額には“呪詛”という文言が書かれたハチマキ。
勢いをそがれた俺はおずおずと尋ねる。
「なにしてるんだ……?」
ほんとうに。
安城はこちらを一瞥もせずに一心不乱にシャープペンシルを動かしている。
「見てわからないか。昨日職員室に乗り込んだバツとして、朝から学校に来て反省文を書くように命じられた」
「……へぇ。意外。安城、そういうのちゃんと書くんだ」
彼の手元を覗き込んでみると、安城の几帳面な字が並んでいる。
――僕の夢は平等と公平の違いを理解していない教員から教職免許を取り上げることと、民主主義について理解しない生徒の卒業を認めない学校をつくることです――。
……1行目を読んだだけでお腹いっぱいだ。
俺はこめかみを抑えた。
「……反省文ってこういう夢とか野望を語るものだったっけ……?」
「なにを言っているんだ。反省文とは反省していることを示す文だろう。僕は反省していないのだから書かないに決まっている。今書いているのは抗議文だ」
「はぁ……」
抗議文としても変だと思うが。
先生方の苦労を思うと涙が出そうだ。
安城は手を動かしながら問う。
「それで、落第生の君は何の用だ。今日も補習じゃないのか」
「まだ落第してない! 落第するのを避けるために補習を受けてるんだ!」
「それは違う。落第したから補習を受けているんだ。認識を改めたまえ」
「お前なぁ……」
俺は咳ばらいをした。
落ち着け。安城のペースに巻き込まれるな。
「あの、悪霊の話がしたいんだけど」
本題を切り出すと、安城は片眉を跳ね上げた。
「なんだ、新しい悪霊が見つかったのか?」
彼が前のめりになる。
俺は首を振った。
「見つかってないよ」
「なんだ、つまらん」
「まだ勝負したいのか?」
「もちろんだ。引き分けというのは性に合わない」
安城はそう言い切る。
「勝負ってなったら……安城は俺に数学の知識をわけてくれるわけじゃないんだよね」
「当然だ。そこの部分を競っているのだからな」
内心、俺は舌打ちをする。
もしいま安城に悪霊のことを伝えても、彼は協力して解こうとしないかもしれない。
安城の背後にちらと視線を送る。
そこにはやはり、例の悪霊が立っている。
悪霊は子どもの姿に似ているが、顔と手が異常に大きい。
俺は唾を飲み込む。
やはり、見間違いではない。
昔見たあの悪霊だ。
そして、いまこの悪霊は一心に安城を見つめている。――まるで憑りついたかのように。
その手は、いま“9”を示している。
――あと9日。
俺は拳を握る。
俺は平静を装って尋ねる。
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど?」
「なんだ」
「昔見た悪霊の話なんだけど、どんな法則があるかなって安城に聞いてみたくて」
「昔見た悪霊?」
安城は顔を上げる。
「うん。その……全然、いまいる悪霊じゃないんだけどね、なんだか知りたくなって」
以前のように対価を要求されたらどうしようかと思っていたが、安城はあっさりと頷いた。
「話してみたまえ」
それで、俺はカウントダウンをする悪霊について、知っていることをすべて彼に伝えた。
「――で、カウントダウンが“0”になったときに、その憑りつかれていた子は上からふってきた看板の下敷きになって大けがをしたんだよ」
俺が説明を終えると、安城は組んだ手の上に顎を乗せた。
「なるほどな」
「なにか、わかる?」
「そのままだと思うが?」
「そのままって?」
「カウントダウンだろう。1日ごとに1つずつ数字が小さくなる。シンプルだ」
「それだけ?」
「ほかになにがある」
「その……カウントダウンを止める方法ってあるかな?」
安城は肩をすくめる。
「それができるなら、僕は君を手の悪霊から救ってやっているぞ」
「……そうだよね」
息を吐く。
そうだ。悪霊の法則は、絶対だ。
ここまで、法則を崩すことは一度としてできていない。
現に俺はまだ悪霊に狙われた状態のままだ。
(カウントダウンが絶対なら、それなら……安城は……)
拳を握る。
なんとかしなくてはいけない。
そう思うのだが、思考は空回りするばかりでなにひとつ結論を出せなかった。
