視える系男子・古屋和弥は解かれたい

 そうして安城に連れていかれたのは、ショッピングモールにほど近いチェーンのバーガーショップだった。
 俺と安城は飲み物とポテトを頼んで、2階席に上がった。
「なるほど……」
 俺は嘆息した。
 2階席はガラス張りになっていて、向かいにあるショッピングモールがよく見えた。
 窓際の席に陣取ったあと、安城が尋ねる。
「どうだ、なにか視えるか」
 俺はポテトをつまみながら頷く。
「……うん」
「悪霊か」
「…………たぶん」
「どっちだ」
「ええと……」

 俺はショッピングモールの屋上――北側の角をちらと視て、また正面に向き直った。
「……屋上って、立ち入り禁止なんだよね」
「そうだ」
「なら、あそこに立ってる人は……そう、なのかなぁって」
 屋上の角、フェンスの外。
 そこには、確かに人の形をした影があった。
「どんな姿をしているんだ」
「ふつう。ふつうの、スーツ姿の男の人。横顔しか視えないけど、ほんと、ふつうの男の人」
 安城が眉をひそめる。
「……おい、それは店員じゃないだろうな」
「だから俺も、“たぶん”って言ってるんだよ。ほんとうにふつうの人っぽくて……」
 なんなら、いまから飛び降りる人間だと言われても納得するくらいだ。
 悄然と立つその背中は、哀愁すら感じさせる。

「もう少し観察が必要だな」
 そう言って、安城はポテトを一本口に放り込んだ。
「では、何か勉強道具を出すといい」
 俺は目を丸くした。
「え、なんで?」
「1時間だけ教えてやろう」
「で、でも」
「なんだ。ファストフード店で勉強道具を広げるのは学生の特権だろう」
「まぁ……そうかもしれないけど」
 ただ、勉強に付き合ってくれるのが安城万理というのが、なんだか意外なのだ。
 陸人といっしょに勉強をするのでさえ、まだくすぐったいと感じているというのに。
「……そんなふつうの高校生みたいなこと、安城もやるんだな」
 俺が言うと、安城はため息をついた。
「君は僕を何だと思っているんだ」
「いやぁ……変な人?」
「君はちょくちょくほんとうに失礼だ。人間関係構築能力を疑う」
「……安城に疑われるなんて、いよいよ俺、だめかも」
「ほんとうに失礼だ。僕は君よりはるかに上等な高校生だぞ」
 上等な高校生ってなんなんだろう。
 そう俺は思ったが、もう突っ込まなかった。


「君は、数学どころか物理もできないんだな」
 1時間の勉強会。
 その終わりに出てきた安城の感想はそれだった。
 失礼極まりないが、事実なので反論することもできない。

 俺はうなだれた。
「物理……ニガテデス……ハイ」
 もともと中学の頃から物理に対して苦手意識があったが、今回のテスト範囲は特に苦手で、もはや何がわからないのかわからないという極致に達していた。
 俺はノートに意味もなくミミズが這ったような線を書きなぐる。
 音の波がどうとか、波長がどうとか、もうお腹いっぱいだ。

 安城はため息をついた。
「音波はそんなに難しい範囲ではないぞ」
「それはできる人間のコメントだよ」
「僕の予想では、音波は開管が出るとみている。式を暗記しておくといい」
「うへぇ」
「難しくない。開管、つまりただの筒だ。空気が振動すると、特定の振動数に対して管内の気柱に固有振動が生まれて、閉口端では固定端反射が起こり定常波の節、開口端では自由端反射が起こり定常波の腹となって――」
「勘弁してください」
 俺が頭を下げると、安城は肩をすくめた。
 余裕綽綽といった彼の表情が憎らしい。

 安城は手を叩く。
「それで? 悪霊疑いの人影はどうなった?」
 尋ねられて、再び視線を窓の外に向ける。
「ぜんぜん動いてないね」
 ショッピングモールの屋上の影は1時間前と変わらず、そこに立ち尽くしたままだ。
「決まりだな。さすがに人間ではないだろう」
「うん。俺も、さすがにあれは悪霊だと思う」
「まとめると」
 安城はルーズリーフを1枚取り出してさらさらと悪霊についての情報を書き出す。

・スーツを着た男の姿。
・屋上駐車場の北側の角、フェンスの外側で北を向いて立っている。
・少なくとも1時間にわたって動く姿は観察できない。

「これで間違いないな」
 俺は頷く。
「うん」
「よし。視たことをありのまま報告したと誓うと、ここにサインしろ」
「はぁ……」
 言われるままに名前を書く。ほんとうに、律義なやつだ。

 俺は尋ねる。
「それで、犠牲になった人についてはなにかわかってんの?」
「それも書き出しておこう」
 安城は屋上から転落死した人たちのことを暗記しているらしい。
 彼は止まることなくその情報を書き足していく。

1人目:2015年4月21日死亡。男性、72歳。
2人目:2017年8月2日死亡。女性、21歳。
3人目:2020年7月14日死亡。女性、33歳。
4人目:2022年8月10日死亡。男性、52歳。
5人目:2024年9月6日死亡。男性、18歳。
6人目:2025年7月13日死亡。男性、29歳。

 俺はそれを読んで首をひねる。
「7、8月がちょっと多い?」
「そうだな」
 安城は感情の読めない表情をしている。
「日付からは規則性がないように見えるけど?」
「日付ではないのだろう」
「……うん。なにか、わかる?」
「いまのところは、なにも」
 並んだ数字の羅列。
 安城でも見つけられないものを、俺に見つけられるわけがない。
 俺はお手上げだった。
「さっぱりわからないよ」
 安城は頷く。
「では、今日は解散としよう。解決したら教えてくれたまえ」
 俺は慌てる。
「え、解散って」
「なんだ」
「もっと調べるところないのかよ? 情報、これだけなのか?」
「そうだ」
「無理だよ。絶対に無理。なんにもわかんないよ」
 しかし、安城は取り付く島もない。
「これは競争なんだから、相談はなしだ」
「俺たちがこんなことやってる間に7人目の犠牲者が出たらどうするんだよ」
「……おそらく、そんなことにはならないから、安心するといい」
 俺は目を瞬かせた。
「なんで?」
「なんでもだ。ほら、報酬のノートと予想問題だ。ありがたく受け取りたまえ」
「……成功報酬じゃないの?」
「悪霊がいた。それだけでも、この報酬を渡すにふさわしい情報だ」
 ――安城は、どこか晴れやかな表情をしていた。