視える系男子・古屋和弥は解かれたい


 7月11日からテスト期間がはじまった。
 テスト1週間前からはじまるそれは、必死に勉強に打ち込んでいい結果が得られるように努力する期間だ。
 部活動は休止になり、授業の宿題は減り、代わりにテスト後に提出する宿題が山のように出る。
 担任の先生は「風邪をひかないように」と念を押し、普段はあまり頓着しない親も「あんた勉強やってんの?」なんて訊いて来る。
 最近できた友達と放課後に机をくっつけて勉強会をしたり、休み時間に一問一答を出し合ったりする。
 高校2年生ともなれば志望する進路が決まってくる生徒もいて、勉強にも熱が入る。
 ――ようするに、ちょっとした非日常なのだ。
 いままではそんな非日常を味わう余裕はなかったが、今回は別だ。
 俺はその新鮮な空気が、ちょっと好きになっていた。

「和弥、今日も勉強していくよね?」
 放課後、隣の席の陸人からそう声を掛けられる。
 俺は「もちろん」と応えた。
 テスト期間がはじまって3日目。
 俺と陸人は放課後に図書室で勉強するのが日課となっていた。

 俺は肩をすくめてみせる。
「今日はいい加減物理やらないと。次こそ赤点だ」
「和弥、ほんとうに理数系苦手だよね~。僕もだけど」
「ほんと、文系に進めばよかったって、毎日後悔してるよ」
「今日は開管の固有振動のところ一緒にやろうよ」
「そこほんとうにわかんないんだよなぁ~……」
 荷物をカバンに入れて席を立とうとしたとき、後ろから声を掛けられた。
「古屋」
 振り返ると、そこにいたのは安城だった。
 彼は相変わらず感情の読めない表情で言う。
「話がある」
「話って?」
 俺が尋ねると、安城は「ここではできない話だ」などと言う。

 俺は眉根を寄せた。
 安城とは長い付き合いをしているわけでも、陸人のように親しい付き合いをしているわけでもない。
 そんな彼の言う“ここではできない話”が何なのか、見当がつかないのだ。

 困っている俺を救うように、陸人が無邪気に割り込む。
「なになに? 僕も話にまぜてよ」
 安城は首を振る。
「だめだ。真剣な話だからな」
「え?」
 陸人が目を丸くして、それから首をすくめる。
「邪魔だった……? ごめんね」
 俺は慌てる。
「陸人、気にしなくていい。一体なんだよ、急に」
 安城は大まじめに言う。
「ふたりの将来に関わる、大事な話なんだ」

 一瞬、教室のざわめきが止まった。
 しかし、それは一瞬のことだった。
 発言者は高校で変人として名高いあの安城万理だ。
 クラスメイトたちは「また何かやってるな」と生暖かい視線を向けてくれている。
 きっとそうだ。そうにちがいない。
 断じて、「あっ……ふたりってそういう関係なんだ??」という野次馬のような視線ではない。たぶん。
 俺がそう思考をめぐらせている間に、陸人は陸人でなにかの結論に達したらしい。
「そ、そういうことね」
 彼はカバンをひっつかむと、そのまま背を向けて駆け出した。
「じゃあ、楽しんで~!」
 などと言い残して。

 俺は顔をひきつらせた。
「おい、どう責任とってくれるんだよ」
「なんの話だ?」
 俺はまったく話の流れを理解していない安城の肩を掴んで揺さぶる。
「お前が変な言い回しをするから、陸人に誤解されたかもしれないだろ!?」
「誤解?」
「ふたりの将来に関わる話ってなんだよ!?」
「ほんとうにそういう話をするつもりだ」
 俺はうなる。だめだ。こいつには何を言っても無駄だ。
「いったいなんだよ! しょうもない話だったら許さないぞ!」
 さらに激しく安城の肩を揺さぶるが、彼は平然と言う。
「同好会に入るかどうかの話だ」
「お前、絶対許さないからな」
 安城は眉を跳ね上げる。
「将来に関わる話だと思うが?」
「どこがだよ! 入らないからな!」
「君が入るか入らないかは、これから話すことだ。あと、僕の体を揺さぶるのはやめろ。僕の脳は価値が高い」
「はぁ……」

 だめだ。
 こいつには何を言っても無駄だ。
 俺は両手で顔を覆う。
 陸人のあの表情。
 誤解された。絶対に。
「最悪」
 俺がつぶやくと、安城は小首を傾げる。
「なにがだ」
 無自覚が一番、たちが悪い。
「最悪」
 俺はもう一度つぶやいた。
 そして、野次馬たちの視線から逃れるように教室を足早に出た。