安城は肩をすくめる。
「そうだ。そもそも、その説明では106号室206号室306号室の説明はつくが、ほかの部屋での異変はなんだというんだ?」
「それは、101号室103号室111号室は……偶然そういうことが重なっただけ、とか」
「持論に拘って観察した事象を放棄するのはよくないぞ」
「悪霊がいなくても悪いことって起きる場合もあるだろ?」
「おいおい。視ていない僕がそれを言うならともかく、視たはずの君がそんなことを言っていいのか。3つの部屋の前には悪霊がいたんだろう」
「そうだけど……」
「なら、悪霊と異変には必ず関係がある。異変というからややこしい。はっきりと怪異と言ってしまえ。自分の目を信じろ」
言い切られて、どぎまぎしてしまう。
なんとなく、少しくすぐったい。
安城は腕を組む。
「君が自分で考えようとしたところは評価してもいい。進歩だ」
「う、うん」
「この悪霊の法則はおそらく――フィボナッチ数列だ」
「フィボナッチ数列?」
「自然界でよくみられる法則だ。1、1、2、3、5、8、13……と続く。前のふたつの数を足すことで次の数が求められる。13の次は何かわかるか?」
「ええと、前ふたつだから、8足す13で、21?」
「正解だ」
彼は指を1本立てる。
「最初はマンションのドアの前に悪霊が立っていたんだろう。そこが起点、つまり0だったんだ。1つ隣、101号室、2つ隣の部屋、103号室、3つ隣の部屋、106号室、5つ隣の部屋、111号室、8つ隣の部屋は1階で2つ、2階に上がって6つ隣、206号室、同じように3階も含めて13部屋ぶん横にずれて306号室。――これがこの悪霊の法則だ」
「ほんとうだ……」
ノートに目を落とす。――完全に一致しているように見える。
「フィボナッチ数列はイタリアの数学者レオナルド・フィボナッチにちなんで名づけられている。F(0)=0、F(1)=1、F(n)=F(n-1)+F(n-2)によって定義され、隣接する2項は黄金数に収束する」
安城は得意気にうんちくを披露している。
俺はそれを耳半分で聞きながら、マス目を数える。
なら、次に怪異が起きるのは――。
「黄金数は長方形の中にぴったりと納まる。自然界においてはひまわりや薔薇の花びら、松かさの模様なんかがすべて黄金数の法則に当てはまる。長方形のマンションの中で怪異を起こすときにちょうどいい塩梅だ。最初は早く、そして後ろはゆっくり。油断させて、怪異が収まったと思って油断した住民も狙える。いい数列かもしれないな」
「……安城くん」
「しかし、この推理にも破綻箇所がひとつある。これが解決できないから僕も困っている。フィボナッチ数列であることは間違いないと思うのだが……」
「安城くん!」
「なんだ」
俺は穴が開くほどノートの一か所を見つめた。
最後に被害があったのは306号室。
次に被害が出るのは8+13で21部屋先。
そこあるのは――。
「どうしよう、次、悪霊が怪異を起こすの、501号室……俺の家なんだけど」
安城が息を飲んだ気配があった。
俺は恐る恐る彼の顔を見る。
「なんとか、なるよな? なにか方法があるよな?」
しかし、彼の顔は険しい。それで、すべてを察した。
「ないの……?」
「……いまのところ、悪霊の法則は絶対だ」
安城は乱暴に頭を掻いた。
それから言う。
「それこそ、逃げればいいだろう。君の家なんだから。悪霊が来る日にはホテルをとれ。親にそう伝えろ。自分の子どもの言葉なら信じてくれるだろう。なんなら、適当に旅行に行きたいとねだってもいいだろう。火事やなにかで家は壊れるかもしれないが、人的被害はなくなるはずだ」
「あ、ああ……そっか……」
――自分の子どもの言葉なら信じてくれるだろう。
最高の皮肉だ。
俺はこみ上げてくるどす黒い感情を飲み込んで、笑ってみせた。
「よかったぁ。じゃあなんとかなるのか。まだ、悪霊が俺の家に来るまで、時間があるし。それに、うち、母子家庭なんだよな。母親は仕事仕事で帰ってこないから……今日も母親いないし。……怪異が火事じゃなかったらいいなぁ」
「そうだな。君の部屋に悪霊が来るのは7月11日だ。これで一件落着でいいか?」
「うん。ありがとう。すっごく助かったよ」
俺は笑った。
笑うしかなかった。
「そうだ。そもそも、その説明では106号室206号室306号室の説明はつくが、ほかの部屋での異変はなんだというんだ?」
「それは、101号室103号室111号室は……偶然そういうことが重なっただけ、とか」
「持論に拘って観察した事象を放棄するのはよくないぞ」
「悪霊がいなくても悪いことって起きる場合もあるだろ?」
「おいおい。視ていない僕がそれを言うならともかく、視たはずの君がそんなことを言っていいのか。3つの部屋の前には悪霊がいたんだろう」
「そうだけど……」
「なら、悪霊と異変には必ず関係がある。異変というからややこしい。はっきりと怪異と言ってしまえ。自分の目を信じろ」
言い切られて、どぎまぎしてしまう。
なんとなく、少しくすぐったい。
安城は腕を組む。
「君が自分で考えようとしたところは評価してもいい。進歩だ」
「う、うん」
「この悪霊の法則はおそらく――フィボナッチ数列だ」
「フィボナッチ数列?」
「自然界でよくみられる法則だ。1、1、2、3、5、8、13……と続く。前のふたつの数を足すことで次の数が求められる。13の次は何かわかるか?」
「ええと、前ふたつだから、8足す13で、21?」
「正解だ」
彼は指を1本立てる。
「最初はマンションのドアの前に悪霊が立っていたんだろう。そこが起点、つまり0だったんだ。1つ隣、101号室、2つ隣の部屋、103号室、3つ隣の部屋、106号室、5つ隣の部屋、111号室、8つ隣の部屋は1階で2つ、2階に上がって6つ隣、206号室、同じように3階も含めて13部屋ぶん横にずれて306号室。――これがこの悪霊の法則だ」
「ほんとうだ……」
ノートに目を落とす。――完全に一致しているように見える。
「フィボナッチ数列はイタリアの数学者レオナルド・フィボナッチにちなんで名づけられている。F(0)=0、F(1)=1、F(n)=F(n-1)+F(n-2)によって定義され、隣接する2項は黄金数に収束する」
安城は得意気にうんちくを披露している。
俺はそれを耳半分で聞きながら、マス目を数える。
なら、次に怪異が起きるのは――。
「黄金数は長方形の中にぴったりと納まる。自然界においてはひまわりや薔薇の花びら、松かさの模様なんかがすべて黄金数の法則に当てはまる。長方形のマンションの中で怪異を起こすときにちょうどいい塩梅だ。最初は早く、そして後ろはゆっくり。油断させて、怪異が収まったと思って油断した住民も狙える。いい数列かもしれないな」
「……安城くん」
「しかし、この推理にも破綻箇所がひとつある。これが解決できないから僕も困っている。フィボナッチ数列であることは間違いないと思うのだが……」
「安城くん!」
「なんだ」
俺は穴が開くほどノートの一か所を見つめた。
最後に被害があったのは306号室。
次に被害が出るのは8+13で21部屋先。
そこあるのは――。
「どうしよう、次、悪霊が怪異を起こすの、501号室……俺の家なんだけど」
安城が息を飲んだ気配があった。
俺は恐る恐る彼の顔を見る。
「なんとか、なるよな? なにか方法があるよな?」
しかし、彼の顔は険しい。それで、すべてを察した。
「ないの……?」
「……いまのところ、悪霊の法則は絶対だ」
安城は乱暴に頭を掻いた。
それから言う。
「それこそ、逃げればいいだろう。君の家なんだから。悪霊が来る日にはホテルをとれ。親にそう伝えろ。自分の子どもの言葉なら信じてくれるだろう。なんなら、適当に旅行に行きたいとねだってもいいだろう。火事やなにかで家は壊れるかもしれないが、人的被害はなくなるはずだ」
「あ、ああ……そっか……」
――自分の子どもの言葉なら信じてくれるだろう。
最高の皮肉だ。
俺はこみ上げてくるどす黒い感情を飲み込んで、笑ってみせた。
「よかったぁ。じゃあなんとかなるのか。まだ、悪霊が俺の家に来るまで、時間があるし。それに、うち、母子家庭なんだよな。母親は仕事仕事で帰ってこないから……今日も母親いないし。……怪異が火事じゃなかったらいいなぁ」
「そうだな。君の部屋に悪霊が来るのは7月11日だ。これで一件落着でいいか?」
「うん。ありがとう。すっごく助かったよ」
俺は笑った。
笑うしかなかった。
