視える系男子・古屋和弥は解かれたい

「署名のご協力をお願いします」
 登校すると、聞き覚えのある声が校門のところから聞こえた。
「安城」
 呼ぶと、彼はすぐにこちらに気が付いて寄って来る。
 彼は「不条理な校則撤廃」と几帳面な字で書かれたタスキをななめにかけていた。
 俺は首を傾げた。
「なにをしてるんだ?」
「古屋、賛成するなら署名してくれたまえ。カーディガンの色指定撤廃に向けて活動している」
 そういって、ずいと紙とボールペンを差し出される。
 そういえば、彼が生徒会役員に立候補したときにそういう公約を掲げていたと聞いたような気がする。
「署名、何人分集めるんだ?」
「校則改定には、全校生徒の過半数の承認が必要だ」
「へぇ」
 俺は受け取った紙をじっと見つめたまま考え込んだ。

 俺は現在学校に棲みついている悪霊に命を狙われている。
 しかし、安城万理が悪霊の法則に気が付き、そのおかげでいまのところこうして生きながらえている。
 このまま何事もなければ、無事に卒業を迎えられそうである。
 今回も、彼に相談するのが最善の択であるように思えた。

 俺はぱっと顔を上げた。
「安城。署名に協力する代わりに、頼みたいことがあるんだけど?」
 俺の経験では、彼はギブアンドテイクを好むはずだ。
 だからこその提案であったのだが、彼が首を横に振った。
「これは学校活動に関する大事な署名だ。ものごとで釣って署名させるものではない」
 正論に、ぐうの音も出ない。

 彼は続ける。
「しかし、クラスメイトである君が学校生活で困っているというのなら、学級委員長として助けてもいい」
「ほんとう?」
 彼は鼻を鳴らす。
「どうせ勉強のことだろう。君は休みがちだったからな。しかもその休みの理由は同情に値する。僕のノートはすばらしいぞ。学年1位だ。特別に貸してやってもいい。期末試験も近い。存分に学生の本分をまっとうするといい」
「あ、いや、その、悪霊のこと」
 彼の眉根がぎゅっと寄る。
「なんだ。またあの手の悪霊か?」
「いや、そうじゃなくて。ええっと、別の悪霊のこと……?」
 言いながら、こうも立て続けに悪霊と関わりがあるだなんて、もしかして自分には貧乏神かなにかが憑いているのだろうかと心配になる。

 安城も同じ感想を抱いたらしい。
 彼は眉を跳ね上げた。
「また狙われているのか? 君、もしかしてそういう体質か?」
「いや……たぶん、今回の悪霊の狙いは……俺じゃないと思う……」
 そう言うと、途端に安城は興味を失ったように気のない返事をする。
「ふうん?」
「なんだよ?」
「狙いはうちの学校の生徒か?」
「違うけど」
 安城は腕を組んだ。
「……それは、僕にどんなメリットがあるんだ?」
「え?」
 思わぬ反応に、俺は目を丸くする。

 安城は指を1本立てる。
「見ず知らずの人間を、無報酬で助けろというのか? 労働は対価あってこそだと思わないか?」
 そうだった。彼はそういう人間だった。
 俺は慌てて提案する。
「報酬として、次の期末試験の宿題を俺が代わりにやるっていうのはどうだ?」
「却下だ。勉強は己の手でやってこそ価値がある」
「じゃあ……1万円。払う。どうだ?」
「君の生徒手帳は飾りか? 生徒間の金銭の授受は校則で禁止されている。生徒手帳を読め」
「……安城、いまなにか困ってることあるか? 手伝うよ」
「なににも困っていない。壁はあるが、自力で打ち破る自信がある」
「くぅ~……」
 取り付くしまもない。困った。

 俺が頭を抱えると、彼は俺のつむじを見下ろしてなにごとかと思い付いたらしく、両手を叩いた。
「ああ、そうだ。なら、署名でいいぞ」
「え? ほんとうに?」
「ああ」
 意外だった。彼はそういう不正は許さないタイプかと思っていた。
 安城の顔を見ると、少し悪い笑みを受けべている気がした。
 なんだ、いったい。

「なにを考えているんだよ?」
「別になにも」
「……ほら、サインするから、それ寄越して」
 ボールペンを持つが、名前を書く前にそれらは回収されてしまった。
「ちょっと」
 俺の抗議を遮って、安城が尋ねる。
「署名はあとでいい。それで? 次の悪霊はどこにいるんだ?」
「俺が住んでいるマンション」
「狙われているのは?」
「4階の住民……小さい子どももいる」
「知り合いか?」
「そういうわけじゃ、ないけど」
 安城は「ふん」と鼻を鳴らす。
「つまり他人じゃないか。なんだって、そんな他人を救うんだ」
「……その、俺の目がなにかの役に立つなら、そっちのほうがいいだろ」
 俺の目を認めてくれたのは安城だ。俺はその言葉に救われた。なら次は、その言葉がほんとうかどうか、試してみたいのだ。
 安城は肩を竦めたあと、頷いた。