「はぁっ、はぁっ……!」
俺は全速力で走っていた。
土を蹴る音、自分の荒い息、そして心臓の音。
それ以外なにも聞こえない。
必死に足を動かす。
俺は夢中でトラックを駆け抜けた。
バトンが俺に早めに回ってきたこともあって、後ろに何人か残した状態でゴールにたどり着く。
こんなに走ったのは何年ぶりだろうか。
息が苦しくて、くらくらして、それでも胸の奥にはほんの少し爽快な気分もある。
ゴールした俺を、クラスメイトが迎えてくれる。
「がんばったな」
「おつかれ」
あたたかい言葉が身に沁みる。
それに愛想笑いを返していると、後ろから肩を叩かれた。
「古屋、よくやったぞ」
振り返ると、そこには安城万理がいた。
彼は満足そうな笑みを浮かべて言う。
「まさかリレーで最下位を逃れるとはな!」
「……はぁ……」
「ほめてやろう」
「別に、いい」
俺はため息をついた。
体育祭のクラス対抗リレーのアンカー。
生きている中で、そんな重役を担う日がくるとは思わなかった。
というか、おかしい。
ろくに友人もいなければ運動もできない俺が、体育祭の花形といえるリレーのアンカー。
適材適所の反対語をいまの俺が体現していると言っても過言ではない。
不満たっぷりに安城を睨むが、彼はどんなものどこ吹く風である。
「そう睨むな。僕は恩人だろう? なんでもすると言ったのは君だぞ」
「……そうだけど」
6月28日土曜日。予定通り体育祭が開催された。
モルックという運動強度の低い競技に希望者が殺到していた俺のクラスは、ほんとうに運動が苦手な生徒ばかりだった。
クラスではモルックや玉入れなどが人気種目で、反対にリレーに出たい生徒が誰もいなかった。
つまり、モルックを第一希望にしていた生徒がじゃんけんにやぶれてリレーに出場する状況であった。
俺を助けたあと、安城はこう俺に頼んだ。
――「僕はじゃんけんに負けに負けて、リレーの、しかもアンカーになってしまった。どうかモルックと代わってくれないだろうか」――
俺は呼吸を整えたあと、ぶつぶつと言う。
「こんなのを頼まれるなんて……予想できないだろ……信じられない……」
安城は胸を張る。
「僕は困っている君を助けたんだ。代わりに、君が困っている僕を助ける。等価交換だ。なんの不満もないだろう」
「リレーのアンカーと、俺の命は等価交換か?」
ずいぶんと妙な等価交換もあったものだ。
しかし安城は涼しい顔だ。
「価値は人による」
「それはそうだけど。……安城もモルック希望なら、俺の希望なんてなかったことにしておけば、自分がモルックができたかもしれないのにさ」
安城は肩をすくめた。
「それは平等じゃない」
――そう、安城万理はこういう人間なのだ。
俺は息を吐いた。
安城万理は変人だが、嫌な人間ではない。
遠くから、俺を呼ぶ声が聞こえる。
「ほら、呼ばれているぞ」
促されてそちらを見ると、陸人――いつの間にか、互いを呼び捨てで呼ぶようになった――がこちらに手を振っていた。
リレーの第一走者を務めた彼とは、練習をするなかで話す機会が増えた。
「和弥! ナイスファイト~!」
お世辞にも俊足とはいえない俺だが、彼は惜しみなく賛辞を贈ってくれる。
そもそも、このクラスの目指すは「優勝」から大幅に下方修正され、「楽しむ」ことになっているらしい。
陸人は楽しそうに笑いながら俺に手を差し伸べる。
「和弥、お昼ごはん、一緒に食べよ」
「あ、う、うん」
一歩を踏み出して、それから安城を振り返る。
「安城も来る?」
にべもなく断られるかと思ったが、彼は口角を上げてうなずいた。
「ああ。クラスの目標達成にむけて英気を養おうじゃないか。午後からも僕はクラスメイトを鼓舞しなくてはならないからな。それも学級委員長の仕事のひとつだ」
「……はぁ」
要するに、いっしょに食べる、ということらしい。わかりにくい。
苦笑しながら、連れ立って歩き始める。
その日の昼食は、高校生活で一番賑やかなものになった。
俺は全速力で走っていた。
土を蹴る音、自分の荒い息、そして心臓の音。
それ以外なにも聞こえない。
必死に足を動かす。
俺は夢中でトラックを駆け抜けた。
バトンが俺に早めに回ってきたこともあって、後ろに何人か残した状態でゴールにたどり着く。
こんなに走ったのは何年ぶりだろうか。
息が苦しくて、くらくらして、それでも胸の奥にはほんの少し爽快な気分もある。
ゴールした俺を、クラスメイトが迎えてくれる。
「がんばったな」
「おつかれ」
あたたかい言葉が身に沁みる。
それに愛想笑いを返していると、後ろから肩を叩かれた。
「古屋、よくやったぞ」
振り返ると、そこには安城万理がいた。
彼は満足そうな笑みを浮かべて言う。
「まさかリレーで最下位を逃れるとはな!」
「……はぁ……」
「ほめてやろう」
「別に、いい」
俺はため息をついた。
体育祭のクラス対抗リレーのアンカー。
生きている中で、そんな重役を担う日がくるとは思わなかった。
というか、おかしい。
ろくに友人もいなければ運動もできない俺が、体育祭の花形といえるリレーのアンカー。
適材適所の反対語をいまの俺が体現していると言っても過言ではない。
不満たっぷりに安城を睨むが、彼はどんなものどこ吹く風である。
「そう睨むな。僕は恩人だろう? なんでもすると言ったのは君だぞ」
「……そうだけど」
6月28日土曜日。予定通り体育祭が開催された。
モルックという運動強度の低い競技に希望者が殺到していた俺のクラスは、ほんとうに運動が苦手な生徒ばかりだった。
クラスではモルックや玉入れなどが人気種目で、反対にリレーに出たい生徒が誰もいなかった。
つまり、モルックを第一希望にしていた生徒がじゃんけんにやぶれてリレーに出場する状況であった。
俺を助けたあと、安城はこう俺に頼んだ。
――「僕はじゃんけんに負けに負けて、リレーの、しかもアンカーになってしまった。どうかモルックと代わってくれないだろうか」――
俺は呼吸を整えたあと、ぶつぶつと言う。
「こんなのを頼まれるなんて……予想できないだろ……信じられない……」
安城は胸を張る。
「僕は困っている君を助けたんだ。代わりに、君が困っている僕を助ける。等価交換だ。なんの不満もないだろう」
「リレーのアンカーと、俺の命は等価交換か?」
ずいぶんと妙な等価交換もあったものだ。
しかし安城は涼しい顔だ。
「価値は人による」
「それはそうだけど。……安城もモルック希望なら、俺の希望なんてなかったことにしておけば、自分がモルックができたかもしれないのにさ」
安城は肩をすくめた。
「それは平等じゃない」
――そう、安城万理はこういう人間なのだ。
俺は息を吐いた。
安城万理は変人だが、嫌な人間ではない。
遠くから、俺を呼ぶ声が聞こえる。
「ほら、呼ばれているぞ」
促されてそちらを見ると、陸人――いつの間にか、互いを呼び捨てで呼ぶようになった――がこちらに手を振っていた。
リレーの第一走者を務めた彼とは、練習をするなかで話す機会が増えた。
「和弥! ナイスファイト~!」
お世辞にも俊足とはいえない俺だが、彼は惜しみなく賛辞を贈ってくれる。
そもそも、このクラスの目指すは「優勝」から大幅に下方修正され、「楽しむ」ことになっているらしい。
陸人は楽しそうに笑いながら俺に手を差し伸べる。
「和弥、お昼ごはん、一緒に食べよ」
「あ、う、うん」
一歩を踏み出して、それから安城を振り返る。
「安城も来る?」
にべもなく断られるかと思ったが、彼は口角を上げてうなずいた。
「ああ。クラスの目標達成にむけて英気を養おうじゃないか。午後からも僕はクラスメイトを鼓舞しなくてはならないからな。それも学級委員長の仕事のひとつだ」
「……はぁ」
要するに、いっしょに食べる、ということらしい。わかりにくい。
苦笑しながら、連れ立って歩き始める。
その日の昼食は、高校生活で一番賑やかなものになった。
