大蛇の呪いと無能の花嫁


 でも、帝、いや、朧のあの異能を目にして……凄い、の一言だけだった。流石、この国を統べる皇族だわ。皇族の血は、膨大な霊力を持ち言霊の異能を持つ初代天皇から受け継がれてきた。だから、その遺伝子を持つ皇族は皆優秀と言われている。その通りだったわね。


「お腹、空いたか? また鳴らしてしまう前に起きよう」

「……忘れて」

「それは無理だな」


 きっぱりと断らないで……あれは本当に恥ずかしかったんだから……

 元気になってから、私の事からかい過ぎじゃない? もしかして、あれだけ強引に看護したから、そのやり返し?

 帝は、正妻を娶ったにもかかわらず、婚儀にまで姿を見せず妻達を後宮に閉じ込め放置。それを都合がいいと思って私は朧の看護をしていた。それなのに、その朧が帝だった。それだけでもだいぶ恥ずかしいというのに……全く気付かず無礼な態度で強引に看護をしていたなんて……

 元気になってくれてよかったけれど……穴があったら入りたい。

 ……けれど。


「……あの、みか……」

「琳」

「こほん、朧。あの、離してもらってもいいかしら……?」

「その必要があるか?」


 ようやく布団から解放されたというのに、布団であぐらをかく朧の膝に座らされ、腰をしっかりと抱きしめられている。どうあがいても、なかなか抜け出せず、朧の満面の笑みに逆らえない。

 だって、ここまで笑顔を見せる朧は、初めてだし……だから、そのせいで調子が狂っちゃう……

 その時、気が付いた。ここ、朧がいた洋館ではなく私の住む屋敷、よね……? この見事な桜のふすま絵も、見たことがある。同じもの、よね……?

 ……物が散乱して、畳もずぶ濡れになっていたような、気がするのだけれど。


「さ、行こう」

「えっ……」


 あろうことか、腰を抱きしめられたまま立ち上がる朧。そんな体勢からよく立ち上がれたわねと驚いてしまったけれど、そうだ、霊力が使えるんだったわね。揺れて朧の肩に手を付けるけれど、そのまま歩きだしてしまった。


「――〝開け〟」


 言霊によって、ふすまが開かれた。こんな事に言霊の異能を使ってもいいものかと考えてしまうけれど、そういえば「むしろ霊力を身体から抜いたほうが楽だ」と言っていた事を思い出し口をつぐんだ。


「帝、殿下、おはようございます」

「あぁ。二人分の朝餉(あさげ)を用意しろ」

「かしこまりました」


 板張りの見覚えのある廊下に出ると、いきなり現れた使用人に何事もなくそう命じた朧。朝の挨拶は必須なのに、結構驚いてしまい出来なかった。けれど……殿下と言われてしまい、しかも朧に膝を抱えて抱っこをされてしまっている事に恥ずかしくなり言えなかった。

 けれど、使用人の表情はちゃんと見えた。少し驚いた表情を一瞬見せたけれど、その後すぐ笑顔を浮かべていた。一体何に驚いていたのかしら。……帝が私を抱っこしていた事に、よね。絶対。

 とはいえ、帝が正妻を抱っこする事はたぶん、たぶん許される事だと、思うわ。うん、そうよね。……誰かそうだと言って。

 気を紛らわせるため、周りに目を向けた。けれど、おかしい。廊下が、散らかっていない。床もずぶ濡れじゃない。しかも、耳を澄ませば人の足音や話し声、物音も聞こえてくる。

 使用人、かしら?

 ここに嫁ぎ与えられたこの屋敷に物音なんてしなかったから、とても新鮮に思うわね……もしかして、その方達が片付けてくれたのかしら? 大変だったでしょうに、申し訳ないわ。