華の王は無花果妃を離さない



「賢妃はふしだらなのだ」

そんな噂が後宮中を駆け巡ったのは、皇后選定の儀を明日に控えた朝だった。

どうやら香曜が榕廉に会ったところを見た者がおり、そこから話が広がっているらしい。

(数週間前の話なのに、どうして今さら……)

そう香曜は首をかしげるのだが、人々は時系列などどうでもいいらしい。
朝からずっと部屋の周囲で人の気配を感じており、香曜は何度目かのため息をついた。

桑莉が申し訳なさそうに運んできた食事は、いつもの半分ほどの量しか無かった。
不服を申し立てようにもこんな状況で宮を出れば、心無い言葉をあび、衣服を汚されるなどの嫌がらせを受けるかもしれない。

「面目ありません」
「桑莉のせいじゃないわ。干し柿なんかがあるはずだから一緒に食べましょう」

そうして引き出しの中を探していると、ある包みが目に入った。

(これは……陛下の落雁)

これを持ってきた玄華は、何を思っていたのだろう。
どんな言葉を添えて、これを渡してくれるつもりだったのだろう。
それとも最初に考えた通り、違う妃にあげるはずの贈り物だったのだろうか。

(もう、確かめられない)

どんなにひもじくても、これは口にできないと考えた香曜は、そっと引き出しを閉めた。




皇后選定の儀当日、香曜は桑莉と途方に暮れていた。

「香曜様申し訳ありません。昨夜はなんの異常も無かったのですが」
「仕方ないわ。私も気がつかなかったもの」

この日のために用意していた装束がただの布切れになっていた。
働かない侍女の仕業だろうかと思うものの、問い詰める時間も労力も惜しかった。

香曜は最低限の衣服しか持ち込んでいないため、儀式に着ていけるような格式の高いものは持っていない。
それよりも薬草集めに夢中だったからだ。

「どうしましょう。開会の日にお召になった白い上衣をお召しになりますか?」

儀式の場に出られる服は、桑莉の言う通り開会の儀で着た白い装束しか残されていない。
下級妃ならともかく四妃が服を使い回すなんて、と周囲は嘲り笑うだろう。

けれど、香曜にとってはどうでもよかった。

「……陛下のお顔を見られるのなら、それがいいわ」

白の上衣を羽織り、背筋を伸ばす。
太極殿の──玄華の香りが残っていないかと袖に鼻を近づけたものの、イチジクの香りしかしない。
それが香曜は悲しかった。