数日後、ついに先触れなしに玄華が訪ねてくるようになった。
今夜も顔色が悪く、隈も再び濃くなっていた。
すごろくのふりだしに戻ったような気持ちになり、香曜は眉をひそめる。
それを先触れなしに訪れたことを暗に批判していると感じたのか、玄華は「急に悪いな」と謝った。
「いいえ。優秀な薬師になれたようで嬉しいです」
「……どういう意味だ?」
「すぐにでも苦痛を取り除きたいと薬師にかかる時、先触れを出す人なんているでしょうか。いつ病気になるか誰にも分かりません。ですから優秀な薬師の家は、夜間でも人が戸を叩くのです」
「そうか……お前は変わっているな」
「それが私の目指す姿ですから。さ、お入りください」
今日もすぐに眠るだろうか、と寝台に向かおうとして、香曜は玄華に引き止められた。
彼の話を聞いたほうが良さそうだと判断した香曜は長椅子に案内した。
迷ったものの、今日は玄華の正面でなく横に腰掛けた。
「臣下に不眠症の者がいる。俺のために調合した薬があると言っていたな。それはまだあるか」
「不眠ですか……。本当は、その方に直接お話をうかがって薬を調合すべきなのですが」
「それは無理だな」
「後宮に入れない方なのですか? 陛下と年齢や体格は似ていますか?」
「……ああ」
「でしたら、陛下用の薬でも効き目があるかもしれません」
桑莉が差し出した薬包の入った袋を受け取り、香曜は玄華に手渡した。
「寝る前に、一包ずつお飲みいただければよろしいかと」
そうか、と玄華は立ち上がった。
「今日はお休みにならないのですか?」
香曜が尋ねると、バツの悪そうな顔で玄華は言った。
「この薬を……届けてやらないといけないからな」
「……左様ですか。陛下は臣下思いなんですね」
「ああ……」
挨拶もそこそこに済ませて、玄華は太極殿へ戻っていった。
今日は寝顔が見られなくて、なんだか勿体ない気分だなと香曜が肩を落とすと、桑莉が首をかしげた。
「香曜様、陛下の言い分は少しおかしくないですか?」
「桑莉もそう思った?」
「はい。臣下のためというのは建前で、ご自身が薬を欲しているように感じられました」
「私もそう思う。何にせよ、薬を飲んでもらえるなら良かったわ」
二人は同時に微笑んだ。
さらに数日後、再び先触れなく香曜の部屋を玄華が訪れた。
これまで見たなかで一番玄華の顔色が良いことに、香曜は小さく息をつく。
「薬が効いたようで安心しました」
「そうだな……」
そこで玄華は咳払いをして、「臣下の話だがな」と付け足した。
「はい」
くすくす笑うと居心地悪そうにそっぽを向かれてしまう。
その言動がすべて、薬は玄華が飲んでいることの証のように思えて、香曜は目を細めた。
(今の少し気が抜けた顔もいいなあ……って、何を考えているの私は。そう、そうよ。次は不眠効果のほかに、食欲がでる薬草も混ぜてみようかしら)
*
それからも数日に一度のペースで、玄華は香曜の宮を訪ねてきた。
桑莉が探ってきた話によると、ほかの妃の宮や部屋へは一度しか訪れたことがないらしい。
それを聞いた瞬間、香曜の胸はまた高鳴った。
(これは、陛下に薬師としての腕を認められたのが誇らしくてでる反応よ。きっとそう)
けれど調合にいつもより集中できず、やけに時間がかかってしまう。
なにより両頬が熱い。
「……空気がこもっているのね」
そうつぶやきながら部屋の窓を開け、何度も深呼吸をした。
いつしか、玄華が何度も訪れる妃の部屋があるらしいという噂で、後宮内は持ちきりになった。

