一週間後、今夜は玄華が訪れると聞いて香曜は耳を疑った。
「どうして? 一度限りだと仰っていたのに」
しかも選定期間が始まってからまだ10日ほど。三十名は皇后候補がいるなかで、彼はまだ半分以上の妃の部屋を訪れていない。
(今夜こそはと待っていた妃がいただろうに……わざわざ私の部屋に?)
考えても結論の出ない問題に、むしろ何かお叱りを受けるのかもしれないとソワソワしながら夜を待つ。
出迎えた玄華は目の下の隈がひどく、香曜はしばらく言葉を失った。
「……どうされたんですか?」
「大したことはない。ただ、眠れないのだ」
それは大変です、と部屋の奥にある寝所へ案内し横になるよう薦めた。
「私は隣室におりますので、陛下はそちらでお休みください」
「いや……」
「あ、香の匂いが不快であれば消します」
今夜も良い眠りにつながれば、とイチジクのお香をたいておいたのだ。
少し視線を彷徨わせてから、玄華はポツリとつぶやいた。
「……このままでいい」
「ほかに必要なものはございませんか?」
「……ないな」
「では、私は失礼しますので、ごゆっくりお休みください」
玄華の目が大きく開かれたのを見て、香曜は確信した。
(やっぱり、他の部屋では熱烈な歓迎を受けていたみたい。それじゃ余計に眠れないわよね)
毎晩出会ったばかりの異性に迫られるのはどんな気分なんだろう。
逆の立場なら逃げ出したくなっていたかもしれない。
気の毒に思いつつ、香曜は頭を下げてから退室した。
しばらく乾燥させている薬草の状態を確認したり、足りないものはないか確認して香曜は過ごした。
けれど、どうしても玄華のことが頭をよぎり集中できない。
朝まで様子は見ないと決めていたものの、眠れているか確認するだけ……と自分に言い訳をしてそっと寝台をのぞいた。
玄華は横向きになって規則正しい呼吸をくり返していた。
眠れていると分かり、香曜は安堵する。
さて、すぐに部屋を出るべきだと思うが、どうにも離れがたい。
立っていると頭ひとつ分背の高い玄華を見下ろせることが新鮮だし、何より寝顔がずいぶんとあどけない。
立派な成人男性、しかも香曜よりも年上のはずなのに、かわいく思えてきてしまう。
(まつ毛が長いわ。鼻も高いし、手も長くて大きい……これなら一度にたくさん薬草を摘めそうで羨ましいわね)
ちょうど天井を向いている玄華の手に、自分の掌をそっと重ねてみると、二回りくらい違うことに驚いてしまう。
男性らしい節の目立つ指は美しいだけでなく、たこが何度も潰れて治った痕がある。
(剣を握ってできたものかしら? いつも涼しい顔をしているけど、努力家なのね)
「ん……」
寝返りを打つためか、玄華が身じろぎしたため香曜は手を引こうとしたが、逆に手をぎゅっと握られてしまう。
(え……!)
手を合わせるだけでは分からなかった、玄華の少し高い体温を直接感じてしまい、鼓動が暴れるように速くなる。
(ど、どうしよう。このまま陛下が起きたら、寝込みを襲いに来たと思われるかもしれない!)
そうじゃないのに、そんなわけないのに。
だけど今目覚められたら、どうしたって言い逃れできない。
(そしたら本当に、もう二度とこの部屋には来てくれなくなるのかな……それは嫌ね。……嫌? どうしてそんな風に思うのかしら)
別に、来ないなら来ないで薬草いじりに集中できる。
ついさっきまでの自分ならそう思っていたはずなのに。
半刻ほど経って寝返りをうった玄華が腕を離すまで、香曜の鼓動はうるさいままだった。
*
寝台から離れた長椅子に香曜は寝そべり、ウトウトとまどろんでいるうちに夜明けの光が差し込んでくる。
玄華はまだ眠っているものの、頻繁に寝返りを打つ気配を感じる。
目覚めが近そうだと考え、桑莉とお茶の準備をしていると、玄華が寝台から起きてきた。
「おはようございます、陛下。お茶を入れたのでもしよろしければどうぞ。毒見は……信用できないかもしれませんが、私が済ませました」
「それは毒見とは言えん。……いや、寝床を奪って悪かったな」
そう言って、玄華は宮の入り口まで進んでいく。
(やっぱり薬どころかお茶も……口にしていただけなかったわ)
けれど昨夜よりも眉の皺が減り血色がよくなった玄華を見て、少しは体調不良が改善されたかも、と香曜は胸をなでおろした。
「お気になさらず、陛下。またいつでもいらしてくださいね」
そう言って、香曜は玄華を見送った。

