華の王は無花果妃を離さない

玄華が妃に迫られ困惑する様子が思い浮かび、緊張の糸がほどけた香曜は吹き出した。

「あはは。辛辣ですね。理由をお伺いしても?」

玄華は眉をひそめる。
声を上げて笑ったことを咎めているのかもしれないと考え、香曜は口をつぐんでそっと姿勢を正した。

「そうだな、皇后には余計な争いをうまない家門の者がふさわしいと思っている。仮にお前を選んだとしても周囲が納得しないだろう」

たしかにと香曜はうなずいた。
順当にいって一番位の高い貴妃──丹国(たんこく)出身の麗丹(レイタン)が選ばれるのだろう。
これまで一番皇后を輩出してきた、由緒正しき牡丹の花紋をもつ家門だ。
牡丹の中でもとくに大きく、花びらが幾重にも重なり美しい花を咲かせると聞いたことがある。

彼女なら、誰も文句を言わない。
穏便に皇后選定の儀は終わるだろう。

(ということは、私は薬草をいじりながら余生を過ごせるかしら)

立ち話もなんだからと香曜は正殿内のテーブルに玄華を案内し、桑莉にお茶を入れるよう頼んだ。
玄華の向かいに腰掛け、彼の敵ではないと安心させるつもりでにこりと微笑む。

「陛下の仰ることはもっともです。その点、私は皇后の位を望んでおりませんのでご安心ください。むしろどうして花紋が表れたのか不思議なくらいで」

後宮に入ってから、定期的に桑莉と笑いながら話していたのだ。
薬草にばかり興味がある自分のどこに、皇后の資格があるのだろうか、と。

玄華は訝しげな視線を香曜に向けたまま嘆息した。

「野心がなければ花紋は表れないだろう。口ではなんとでも言える」
「いえ、本当に心当たりがなく……もし可能性があるとしたら、陛下に薬をお薦めしたいと考えていたからかと」
「意味が分からない」
「陛下は私の実家である桑国の薬をご存知ですか? 万人に効くものより、個人に合わせた調合が得意なのです。私は誰よりも調合が上手くなりたいと考えていましたから」
「だからといって、なぜ俺にこだわる」

よくぞ聞いてくれた、という思いを込めて立ち上がり、香曜は胸を張った。

「国の頂点である陛下を健康に出来たら、国一番の薬師を名乗れるではないですか。私の幼馴染は疫病を鎮めて陛下に謁見したことがあると自慢するので……だから、私は陛下を健やかにして自慢し返すんです。というわけで、こちらが陛下のために調合した薬です!」
「毒見が済んでいないだろう」
「もちろん。ですから毒見役を……」
「どちらにしろ飲まぬ。それよりもなんだこの部屋の匂いは」
「これは……イチジクのお香です。先日、太極殿で拝見した陛下がお疲れに見えたので焚きました。リラックス効果があります」
「そうか」

沈黙が落ちる。お茶を持ってきた桑莉が、大変気まずそうに玄華と香曜の前に茶碗をおいた。
香曜はこれ以上どう玄華に声をかけたらよいか分からず、お茶をひと口飲んでから手元に視線を落とした。

そのまま数分ほど経っただろうか。
さすがに沈黙がつらいと限界を感じた香曜が顔を上げると、目の前に座る玄華は、腕を組んだまま目を閉じている。
まさかと思いそばに寄ってみると、小さな寝息が聞こえた。

(よほどお疲れなんだわ)

本当は横になったほうが疲れも取れると思うが、起こしてしまうのも気が引ける。
そしてそんな玄華を残し自分だけが寝床に行くのもためらわれた。

香曜は玄華にそっと薄絹をかけ、向かいの椅子に戻ると机に突っ伏した。





気がつくと朝になっており、玄華の姿はすでになかった。
丁寧に畳まれた薄絹が薬包の入った袋の隣に置かれている。

なんともあっけなく、最初で最後かもしれない逢瀬は終わってしまった。

(薬が置いたままね。せっかく調合したものを飲んでもらえなかったのは残念だわ)

幼馴染にこちらの負けを認める手紙を書かねばならないな、と香曜は筆をとった。