華の王は無花果妃を離さない


麗丹は貴妃の位を剥奪され、罪を犯した妃が向かう冷宮に送られた。
家門の者は領地と家格を取り上げられ、辺境の地へ流されたという。

また、榕廉は褒章を受け取る資格を失い、国外へ追放となった。


太極殿にある皇帝の私室で、玄華と香曜は長椅子に並んで腰掛けていた。

「……処罰を勝手に決めてすまなかったな」
「いいえ。むしろ、私の負担にならないよう、すべて決めてくださったんですよね」
「いや……面倒事を早く済ませたかっただけだ」
「え?」
「でないと、香曜と過ごす時間がいつまで経っても取れないからな」

そうして、玄華は香曜の肩に自分の頭をもたげた。
新緑に似た爽やかな匂いが鼻をかすめ、香曜は体温が高くなるのを自覚する。

「私は……もう陛下とは会えないのだと覚悟していました」
「そんなわけがないだろう」
「……だって、榕廉と会った直後から陛下は来てくれなくなりましたし、麗丹様と過ごされていましたし。……お似合いでしたし」
「ほう、妬いているのか?」
「違います!」

なんだか気恥ずかしくなってきた香曜は、玄華から遠ざかろうと椅子の端まで移動しようとした。
しかし先を見越した玄華の腕が腰に回り、結果的により彼と密着することになってしまう。
悲鳴を噛み殺したり赤くなった頬を両手で隠すのに忙しい香曜をながめて、まぶしそうに玄華は目を細めた。

「本当は、香曜は一生薬草をいじって暮らせる生活を保証しようと考えていた」

数ヶ月前の香曜なら手をたたいて喜んでいたであろう。
けれど、今の香曜は──。

「しかし、あの男のことで考えを改めたんだ。後宮に男が入り込めるなんて、誰かが裏で手を引いたのは明らかだ。やはり俺の近くでしか、香曜は守れない。……それに、離れて過ごすのはつらかった」
「私も……陛下と離れている間が一番耐え難かったです」

勇気を出して香曜が告げると、きょとんと目を丸くした玄華が片手で口元を隠し「そうか……」と声を弾ませた。


「……話を戻すが、調べるうちに皇后選定の儀で選ぶだけでは香曜を守れない、という危機感を持った」
「それで、お一人ですべての準備を整えたんですか?」
「ああ。時間が無かったため、香曜にはずいぶん不便な思いをさせてしまってすまない」
「違います! どうして私にも協力させてくれなかったんですか! 私のことなのに」
「……香曜に好かれている確信がなかったからな。だったら、いっそのこと囲い込んでしまおうと考えた」
「どうしてそんな……極端なんですか」
「極端はどちらだ。お前は薬草にしか興味がいだろう」

そんなことないと否定しようとして、玄華に直接気持ちを伝えていないことに香曜は気がついた。
玄華に寄り添ったり好きな気持ちを自覚した時は、決まって彼が寝ているかいない時だったのだ。

「薬草だけじゃなく……陛下のことも興味がありますよ?」

はあ、とわざとらしいため息を玄華はついた。

「そこは“薬草よりも陛下に興味がある”と言うべきだ。やはり俺の選択は正しかった」
「なっ、間違ってますよ! そうやって全部一人で抱えるから、不眠になるんです」
「だったら、俺の専属薬師になればいい」
「え?」
「個人に対する特別な処方が得意なんだろう? ちょうどいい」
「……本当に? いいんですか? すごい! さっそく今の陛下に合わせた薬を調合しなきゃ!」

立ち上がろうとした香曜の手を玄華は引き、再び長椅子に座らせた。

「待て」
「え、だって専属薬師になれた記念として早く作りたいんです!」
「……やはり薬草にしか興味がないではないか」
「そんなことありません……ちゃんと……私も陛下のことが……」

かすれそうな声で「好きです」と香曜が言うと、玄華は目を細めてニヤリと笑った。

「それだけでは信用できん。そうだな、“陛下”ではなく名前で呼んでもらおうか」
「ええ!」
「蚊の鳴くような声で言われただけで信用できるか」
「待ってください。私の方こそ、ちゃんと陛下に言われていないんですけど!」
「公衆の面前で告白しただろう」

たしかに皇后選定の儀は、皇帝からの結婚申し込みの場である。
が、好きだと言われたわけではないのだ。

「あれは、あれじゃ……足りません」

皇后にはなることに異議はないけれど、結婚という契約は、気持ちがなくてもできることではある。
ほかでもない玄華が、利害関係を重視して麗丹と結婚すると過去に言っていたのだ。

イチジクコバチまで出した玄華が損得で自分を選んだと思っているわけではないが、きちんと言葉で伝えてもらいたいと香曜は思った。

(陛下の告白を聞くまで、名前でなんて呼ばないんだから!)

ムッと口を引き結んだ香曜を見て、玄華は吹き出した。

「なるほど、そんなに言葉が欲しいか、──さて、どうしたものかな」

そうして香曜横並びに座っていた状態から、向き合うように態勢をずらして座り直す。
男性らしい節の目立つ長い指を香曜の髪に絡めてそっとなでた。

「知ってるか? イチジクコバチは、イチジクに開いた穴から侵入して受粉させる。しかしその穴は小さくてな、穴を通過する際に羽をもがれて──イチジクの中で息絶えるんだ」

香曜はゆっくりとうなずいた。皇后選定の儀が終わってからイチジクコバチについて調べたため、その行く末も知っていた。
潔い、といえばいいのだろうか。どこか残酷で──それなのに美しい最期だ。

「最高だと思わないか?」

嬉しくてたまらないというように、玄華は目を細めた。

「香曜は、薬だけでなく毒も作れるだろう。専属薬師になるということは、俺の命を握るのと同意だ。……俺は、香曜になら命を預けられるし、殺されても構わない。哀れな蜂のようにな。俺の好きという想いは、愛とはそういうものだ」

命を預けるとまで言われ、本当なら滅多なことを言わないでと批判すべきかもしれない。
けれど香曜の心には喜びが湧き上がっていた。

(これほど薬師として、また陛下が好きな私個人として幸せなことはないわ)

そこで、自分も精一杯の気持ちを伝えるため、玄華を見つめた。

「陛下は意地悪ですね。イチジクコバチの説明がそれだけでは、無理して体を壊していた陛下と同じではないですか」

苦笑いして口をつぐんだ香曜に、玄華は続きを急かすよう何度も髪をなでた。

「……イチジクコバチは、受粉させる代わりに卵をイチジクに産んで、どこよりも安全なイチジクの花嚢の中で子供を守らせるんです。だから私は、私のすべてをかけて、あなたを……玄華様を守ります」

(使命を果たして倒れたあなたを、優しく包み込めるように)

髪を撫でていた手が後頭部に回り、香曜は玄華に引き寄せられる。
二人揃って目を閉じると、どちらからともなく口付けた。

そうして、皇后兼皇帝の専属薬師となった香曜は末永く愛されたという。