<sideエリアス>
トキの浅い呼吸が途切れていないことを確かめて、ようやく息を吐く。
その小さな身体は触れれば壊れてしまいそうなほど軽い。
また怖い思いをさせてしまったことへの後悔が頭をよぎる。
ただ同時に、トキを助け出せたことにも安堵する。
地下室にいる王子のことが頭をよぎり、途端に怒りが込み上げる。
自分でもどうしようもできないほど、感情が入り乱れている。
陛下にはもうすでに詳細が伝わっていることだろう。
さて、どんな判断を下すだろうか。
トキを腕に抱きながらそんなことを考えていると、寝室の扉の前で誰かが足を止めた気配がして、トキの呼吸がわずかに揺れた。この気配はクラウスか。トキを安心させるように優しく抱きしめる。
「陛下がお越しになりました。ただいま、ロジェリオ様がご対応くださっています」
ほんのわずかに扉が開く。簡潔な知らせに、私も返した。
「そうか。私はまだここを離れられん。何かあればまた声をかけてくれ」
「承知いたしました」
扉が静かに閉まる。
深く息を吐き、トキの小さな身体を抱きしめる。
陛下がこれほど早く我が家にお越しになった。それはすぐにでも対応してくださるという現れ。
王子の行動は決して許されるものではない。だが、陛下のこの行動は期待できる。
このフィオラード王国の国王として、賢明な判断を求めたいものだ。
<side国王>
しばらく考えて私はロジェリオに告げた。
「愚息に、会えるだろうか」
「陛下。ここは公爵家でございます。いくら陛下といえども、公爵様の許可をいただかぬうちは王子を地下牢から出すことはできませんが……」
「それは重々承知している、父として、己の息子がやったことを本人の口から聞きたい。それだけだ」
ロジェリオの話は全て真実だとわかっている。
だが、私は父としてワーレンの言葉を聞くべきなのだ。
「承知いたしました。それではご案内いたします」
案内された公爵家の地下は、王城のそれよりも簡素だった。
だが、冷えた空気と湿り気は、閉じ込められた者の心を映すには十分だろう。
階段を下りるたびに足音が響く。それが聞こえていたのだろう。
ワーレンは鉄格子を握り締め、こちらを見ていた。
私の姿を見て、ハッとした表情を見せる。
ランチェスター公爵は、よほど怒って殴りつけたのだろう。
顔は腫れ上がり、片目は塞がっていて普段の美しさなど見る影もない。
「……父上、私をここから助け出しにきてくれたのですね」
当然のようにここから出してもらえると思っているようだが、私にはそのような気持ちは毛頭ない。
「なぜ、許可なく主人のいない屋敷に侵入したのか」
怒鳴りつけてやりたい気持ちを抑えて、簡潔に問いかける。
ワーレンは嘲るように口角を上げた。
「決まっているでしょう? 私のフィリグランを迎えにいっただけです」
「迎えに、だと?」
「ええ。私の伴侶となるべきものを、自ら迎えにいってあげたんです」
その言葉の端々に、自分への過信が感じられる。
自分がどれほど愚かなことをしているのかも全く気づいていない。
「扉を蹴破ろうとし、医師を蹴り飛ばし、怯えて叫ぶ者に近づく。それがお前のいう『迎え』か?」
「父上。深く考えすぎです。あのフィリグランは驚いただけ。恐怖など一時のもの。私が王子と知れば、自分の立場をすぐに理解したはずです」
ああ……こいつは、ここまで愚かだったか……
「理解、とは何をだ?」
「自分が誰に選ばれるべき存在か、ですよ。決まっているでしょう?」
ワーレンの自信に満ちた顔を見ると、怒りが込み上げてくる。
だが、ワーレンは私の表情が変わったことにも気づかず、饒舌に話し続ける。
「フィリグランは王家のもの。誰にも渡さない、私のものだ」
その言葉で、私はワーレンへの一切の情が尽きた。
ここからは父と子ではない。国王として話をする。
「フィリグランは、ものではない。そして、王家の伴侶になるという決まりもない。全てはフィリグラン自身の意思が優先される。そして、あの者はお前を伴侶に選ぶことはない」
「何を仰るのです!」
「これほどのことをしでかした罪は重い。其方は王子である資格を失った」
「なっ――」
ワーレンは信じられないとでもいうように大きく目を見開いた。
「王位継承権の剥奪。そして、今後、フィリグラン……トキ殿に近づくことは、永久に禁ずる」
「ふ、ふざけるな! あれは、私の――!」
「黙れ! これは、王命だ。二度と私のものなどと口にするな!」
ピシャリと撥ね付け、踵を返した。
背後で奴の叫び声が上がったが、振り返ることはしない。
あれはもう、私の息子ではない。
地下室への扉を閉める。
もう息子との縁は切った。
次に会うべきは、トキ殿を任せるあの男だ。
「ランチェスター公爵と話がしたい」
その覚悟を決め、ロジェリオに告げた。
トキの浅い呼吸が途切れていないことを確かめて、ようやく息を吐く。
その小さな身体は触れれば壊れてしまいそうなほど軽い。
また怖い思いをさせてしまったことへの後悔が頭をよぎる。
ただ同時に、トキを助け出せたことにも安堵する。
地下室にいる王子のことが頭をよぎり、途端に怒りが込み上げる。
自分でもどうしようもできないほど、感情が入り乱れている。
陛下にはもうすでに詳細が伝わっていることだろう。
さて、どんな判断を下すだろうか。
トキを腕に抱きながらそんなことを考えていると、寝室の扉の前で誰かが足を止めた気配がして、トキの呼吸がわずかに揺れた。この気配はクラウスか。トキを安心させるように優しく抱きしめる。
「陛下がお越しになりました。ただいま、ロジェリオ様がご対応くださっています」
ほんのわずかに扉が開く。簡潔な知らせに、私も返した。
「そうか。私はまだここを離れられん。何かあればまた声をかけてくれ」
「承知いたしました」
扉が静かに閉まる。
深く息を吐き、トキの小さな身体を抱きしめる。
陛下がこれほど早く我が家にお越しになった。それはすぐにでも対応してくださるという現れ。
王子の行動は決して許されるものではない。だが、陛下のこの行動は期待できる。
このフィオラード王国の国王として、賢明な判断を求めたいものだ。
<side国王>
しばらく考えて私はロジェリオに告げた。
「愚息に、会えるだろうか」
「陛下。ここは公爵家でございます。いくら陛下といえども、公爵様の許可をいただかぬうちは王子を地下牢から出すことはできませんが……」
「それは重々承知している、父として、己の息子がやったことを本人の口から聞きたい。それだけだ」
ロジェリオの話は全て真実だとわかっている。
だが、私は父としてワーレンの言葉を聞くべきなのだ。
「承知いたしました。それではご案内いたします」
案内された公爵家の地下は、王城のそれよりも簡素だった。
だが、冷えた空気と湿り気は、閉じ込められた者の心を映すには十分だろう。
階段を下りるたびに足音が響く。それが聞こえていたのだろう。
ワーレンは鉄格子を握り締め、こちらを見ていた。
私の姿を見て、ハッとした表情を見せる。
ランチェスター公爵は、よほど怒って殴りつけたのだろう。
顔は腫れ上がり、片目は塞がっていて普段の美しさなど見る影もない。
「……父上、私をここから助け出しにきてくれたのですね」
当然のようにここから出してもらえると思っているようだが、私にはそのような気持ちは毛頭ない。
「なぜ、許可なく主人のいない屋敷に侵入したのか」
怒鳴りつけてやりたい気持ちを抑えて、簡潔に問いかける。
ワーレンは嘲るように口角を上げた。
「決まっているでしょう? 私のフィリグランを迎えにいっただけです」
「迎えに、だと?」
「ええ。私の伴侶となるべきものを、自ら迎えにいってあげたんです」
その言葉の端々に、自分への過信が感じられる。
自分がどれほど愚かなことをしているのかも全く気づいていない。
「扉を蹴破ろうとし、医師を蹴り飛ばし、怯えて叫ぶ者に近づく。それがお前のいう『迎え』か?」
「父上。深く考えすぎです。あのフィリグランは驚いただけ。恐怖など一時のもの。私が王子と知れば、自分の立場をすぐに理解したはずです」
ああ……こいつは、ここまで愚かだったか……
「理解、とは何をだ?」
「自分が誰に選ばれるべき存在か、ですよ。決まっているでしょう?」
ワーレンの自信に満ちた顔を見ると、怒りが込み上げてくる。
だが、ワーレンは私の表情が変わったことにも気づかず、饒舌に話し続ける。
「フィリグランは王家のもの。誰にも渡さない、私のものだ」
その言葉で、私はワーレンへの一切の情が尽きた。
ここからは父と子ではない。国王として話をする。
「フィリグランは、ものではない。そして、王家の伴侶になるという決まりもない。全てはフィリグラン自身の意思が優先される。そして、あの者はお前を伴侶に選ぶことはない」
「何を仰るのです!」
「これほどのことをしでかした罪は重い。其方は王子である資格を失った」
「なっ――」
ワーレンは信じられないとでもいうように大きく目を見開いた。
「王位継承権の剥奪。そして、今後、フィリグラン……トキ殿に近づくことは、永久に禁ずる」
「ふ、ふざけるな! あれは、私の――!」
「黙れ! これは、王命だ。二度と私のものなどと口にするな!」
ピシャリと撥ね付け、踵を返した。
背後で奴の叫び声が上がったが、振り返ることはしない。
あれはもう、私の息子ではない。
地下室への扉を閉める。
もう息子との縁は切った。
次に会うべきは、トキ殿を任せるあの男だ。
「ランチェスター公爵と話がしたい」
その覚悟を決め、ロジェリオに告げた。


