トキが目を覚ますまでに全てを終えなければ。
私は決して感情的にならぬよう、心を落ち着かせて地下室に向かった。
地下室への階段を下りる私の耳に、何かがぶつかる音がひっきりなしに聞こえてくる。おそらく王子が檻に体当たりしているのだろう。
「王子、お静かに願います」
表情を変えぬまま、努めて冷静に声をかける。
檻の中の王子は、動きを止め髪を振り乱したまま、私に視線を向けた。
私が殴りつけたからだろう。
王子の顔の左半分は見る影もなく腫れ上がっている。
ロジェリオが応急処置をしたようだが、血の跡が痛々しく残っていた。
王子からは、そんな状態にさせられたことに対する怒りを向けられる。
「エリアス・ランチェスター! お前、私に手をあげるだけで飽き足らず、このような檻に入れるなどもってのほか。自分のやっていることがわかっているのか?」
「よく存じております。私は屋敷に侵入した賊から、彼を守るために最善を尽くしたまででございます」
「はっ。よくいうな。お前はフィリグランに魅了されているに過ぎない。いいか。よくきけ! あのフィリグランは私のものだ! お前如きに渡してたまるか!」
王子はまだトキが自分のものになると信じているのだろう。
だが、その未来はすでに絶たれている。
「いいえ。彼は決してあなたのものにはなりません」
「なんだと? なぜそんなことが言える! フィリグランは王家の、そして私のものだ!」
これまでの慣例が王子にそう思わせているのだろうが、トキをフィリグランという存在でしか見られない王子には絶対に渡すことなどできない。
「あなたはあの時、彼の叫び声を聞かなかったのですか? 彼があなたを見て怯えた、それが全てです。あなたが恐怖を与えた時点で、あなたは彼の世界から排除された。それは覆りません」
「なっ……そんなこと、許されてたまるか! エリアス・ランチェスター! すぐに私をここから出せ! もう一度、あのフィリグランの前に出れば、私とお前のどちらがフィリグランをそばに置くのが相応しいかわかるはずだ!」
絶対に自分が選ばれると息巻いているが、王子をトキの目に触れさせるなどもう二度とさせるはずがない。これ以上繊細なトキの心を傷つけるわけにはいかない。
「いいえ。その必要はありません。彼が目を覚ました時、あなたの存在を思い出す必要すらないようにしておきますから。あとは陛下に全てをお任せしましょう。陛下ならば、あなたが彼にしたことの罪の重さを、きっと理解してくださるはずです」
私はそれだけを告げ、踵を返した。
王子が喚いていたが、振り返る必要はない。
「クラウス、陛下に連絡を入れてくれ。王子の行為と、私が取った措置の全容を伝えるのだ。すぐに動け!」
クラウスは静かに頷き、階段を駆け上がっていく。
その背を見送り、私はトキのもとに向かった。
トキの眠る部屋の扉を開ける前に、深呼吸をひとつ。
そしてゆっくりと扉を開けた。
トキはまだ薬の効果で眠っていた。
起こさないようにベッドに入り、トキの隣に身を横たえる。
小さな身体を抱き寄せると、トキは無意識に私の胸に顔を擦りつけた。
その柔らかさに心がじんわりと温かくなる。
トキを守れて良かった。
その思いが胸の奥から溢れた。
そっと頬に唇を寄せる。
トキを起こさないように気を配りながらも、寝ているトキに安心を与えたかった。
しばらくして、トキの瞼がゆっくりと開く。
半分ぼんやりした目で私を見上げ、微かな声が漏れた。
「え、りあす、さん……?」
私は微笑みながら頷く。
トキの小さな手が私の腕に絡みつき、自然と安心を求めているのがわかる。
「大丈夫。もう怖くないよ」
トキをそっと抱きしめると、彼は安心したように小さく息を吐いた。
まだ少し怯えているようだったが、目の奥には安心の光が宿っているのが見える。
「怖かった……でも、エリアスさんが来てくれたから……」
私はそっと唇を髪に押し当てた。
「私がずっとトキを守るよ」
その言葉にトキは心から安堵の表情を見せた。
ああ、何て愛おしいんだろう……
私はトキの唇にそっと自分のそれを当てた。
私は決して感情的にならぬよう、心を落ち着かせて地下室に向かった。
地下室への階段を下りる私の耳に、何かがぶつかる音がひっきりなしに聞こえてくる。おそらく王子が檻に体当たりしているのだろう。
「王子、お静かに願います」
表情を変えぬまま、努めて冷静に声をかける。
檻の中の王子は、動きを止め髪を振り乱したまま、私に視線を向けた。
私が殴りつけたからだろう。
王子の顔の左半分は見る影もなく腫れ上がっている。
ロジェリオが応急処置をしたようだが、血の跡が痛々しく残っていた。
王子からは、そんな状態にさせられたことに対する怒りを向けられる。
「エリアス・ランチェスター! お前、私に手をあげるだけで飽き足らず、このような檻に入れるなどもってのほか。自分のやっていることがわかっているのか?」
「よく存じております。私は屋敷に侵入した賊から、彼を守るために最善を尽くしたまででございます」
「はっ。よくいうな。お前はフィリグランに魅了されているに過ぎない。いいか。よくきけ! あのフィリグランは私のものだ! お前如きに渡してたまるか!」
王子はまだトキが自分のものになると信じているのだろう。
だが、その未来はすでに絶たれている。
「いいえ。彼は決してあなたのものにはなりません」
「なんだと? なぜそんなことが言える! フィリグランは王家の、そして私のものだ!」
これまでの慣例が王子にそう思わせているのだろうが、トキをフィリグランという存在でしか見られない王子には絶対に渡すことなどできない。
「あなたはあの時、彼の叫び声を聞かなかったのですか? 彼があなたを見て怯えた、それが全てです。あなたが恐怖を与えた時点で、あなたは彼の世界から排除された。それは覆りません」
「なっ……そんなこと、許されてたまるか! エリアス・ランチェスター! すぐに私をここから出せ! もう一度、あのフィリグランの前に出れば、私とお前のどちらがフィリグランをそばに置くのが相応しいかわかるはずだ!」
絶対に自分が選ばれると息巻いているが、王子をトキの目に触れさせるなどもう二度とさせるはずがない。これ以上繊細なトキの心を傷つけるわけにはいかない。
「いいえ。その必要はありません。彼が目を覚ました時、あなたの存在を思い出す必要すらないようにしておきますから。あとは陛下に全てをお任せしましょう。陛下ならば、あなたが彼にしたことの罪の重さを、きっと理解してくださるはずです」
私はそれだけを告げ、踵を返した。
王子が喚いていたが、振り返る必要はない。
「クラウス、陛下に連絡を入れてくれ。王子の行為と、私が取った措置の全容を伝えるのだ。すぐに動け!」
クラウスは静かに頷き、階段を駆け上がっていく。
その背を見送り、私はトキのもとに向かった。
トキの眠る部屋の扉を開ける前に、深呼吸をひとつ。
そしてゆっくりと扉を開けた。
トキはまだ薬の効果で眠っていた。
起こさないようにベッドに入り、トキの隣に身を横たえる。
小さな身体を抱き寄せると、トキは無意識に私の胸に顔を擦りつけた。
その柔らかさに心がじんわりと温かくなる。
トキを守れて良かった。
その思いが胸の奥から溢れた。
そっと頬に唇を寄せる。
トキを起こさないように気を配りながらも、寝ているトキに安心を与えたかった。
しばらくして、トキの瞼がゆっくりと開く。
半分ぼんやりした目で私を見上げ、微かな声が漏れた。
「え、りあす、さん……?」
私は微笑みながら頷く。
トキの小さな手が私の腕に絡みつき、自然と安心を求めているのがわかる。
「大丈夫。もう怖くないよ」
トキをそっと抱きしめると、彼は安心したように小さく息を吐いた。
まだ少し怯えているようだったが、目の奥には安心の光が宿っているのが見える。
「怖かった……でも、エリアスさんが来てくれたから……」
私はそっと唇を髪に押し当てた。
「私がずっとトキを守るよ」
その言葉にトキは心から安堵の表情を見せた。
ああ、何て愛おしいんだろう……
私はトキの唇にそっと自分のそれを当てた。


