異世界で監禁された僕は助けてくれた公爵さまからこの上ない寵愛を受けています

おそらく部屋の前で待機していたのだろう。
クラウスとロジェリオがすぐに部屋に入ってきた。

寝室の扉は私が入った時に開けっぱなしになっている。
人影が見えてすぐに声を張り上げた。

「ロジェリオ、入れ! すぐにトキを診てくれ!」

私の声にロジェリオが部屋に飛び込んでくる。
そして私の腕の中でぐったりとしているトキを見て、茫然とした表情を見せた。

「やはり、フィリグラン、だったのですね……」

ロジェリオにはフィリグランを保護したことは話していない。
だが、あのアルトゥンの花が咲く池の水を口にした者がいると話をした時から、その可能性を頭に浮かべていたようだ。それでも実際にフィリグランを目にすると動けなくなってしまう。それほど、この漆黒の髪をもつトキに魅了されるのだ。

「ロジェリオ。トキの意識がない。すぐになんとかしてくれ」

その声にハッと我に返ったロジェリオは、持ってきた鞄から小さな瓶を取り出した。

「旦那様。この薬をすぐに飲ませてください」

「これは?」

「アルトゥンの花の蜜が持つ力を全て消し去る薬です。おそらく、トキ様は池の水だけでなく花の蜜そのものを口にしたのではありませんか?」

花の蜜を口に……

「確かに。トキは髪を金色に染めるために花の蜜を髪の全てに塗り込まれていた。その時に口に入ったのかもしれない。いや、皮膚からも吸収されたのかもしれない。その可能性はゼロではない」

「おそらく幻覚症状を起こしたのはそのためです。詳しい説明は後でいたします。すぐに薬を」

その声にさっとクラウスが水の入ったグラスを差し出した。

失神しているトキに薬を飲ませるには口移しで飲ませるしかない。
私は薬と水を口に含み、トキの唇に重ね合わせてゆっくりと飲ませた。
トキの喉がゴクリと薬を飲み込み安堵する。

「これで良いのか?」

「は、はい。旦那様。不躾ながら薬をお飲ませになるのがお上手ですね」

「ああ。もう何度も飲ませているからな」

それこそ、トキをあの地下室から救出したあの時から。

「それで、トキはいつごろ目が覚めるのだ?」

「おそらく一時間はお目覚めにならないかと存じます」

「わかった。その間に、説明をしてくれ」

そうして、ロジェリオはトキが幻覚症状をみた理由を説明してくれた。

「アルトゥンの花は、その花の蜜を口にしたものがそれ以外の甘味を感じられないようにするのです。そして甘味を欲するたびに花の蜜を舐めるようになる。最後には蜜なしでは生きていけなくなるほどの中毒症状を起こすと言われています」

「なんと……っ、そのような力が……」

アルトゥンの花が咲く池の水が毒になることは知っていたが、まさか花本体にも毒があったとは……

「それで幻覚症状を?」

「おそらくあのフルーツソースが引き金になったと思われます。甘味のあるものを摂取したために起こったのでしょう」

「では、私がすぐに口から取り出してうがいをさせたことは?」

「応急処置としてこれ以上ない選択でございます。ただ少し口内に残っていたのだと思われます。幻覚はその人にとって一番恐怖を感じたものが現れると言われています。その恐怖から逃げるために――」
「花の蜜を欲するというわけか……」

「はい。その通りでございます」

とすると、あの時あれほどトキが怖がったのは、あの男の幻覚を見たからか。
トキはあの男が、もうこの世にいないことを知らないから余計に恐ろしかっただろう。

「先ほどの薬を飲んだら、もう幻覚を見ることはないか?」

「おそらくそうだと思いますが、もうしばらくは様子を見たほうがよろしいかと存じます」

「そうか……。わかった。ロジェリオ、トキのことはまだ誰にも話すな。特に陛下の耳に入ることがないように気をつけてくれ。そうでないと。トキの心が持たないだろう」

「もちろんでございます。フィリグランの繊細さは私もよく存じております。トキ様の御快復が最優先でございます」

「そう言ってくれると助かる」

「何かございましたらすぐにお呼びください」

そう言ってロジェリオはクラウスと共に部屋を出ていった。
今頃、ロドリゴとトキの食事についてしっかりと話をしてくれていることだろう。

それにしても奴の幻覚を見たとは……

この小さな身体から発せられたとは思えない叫び声だった。
それほど恐ろしかったのだろう。

ああ、なんて可哀想なんだ。
私が代わってあげられたら良いのに。

私はまだ意識が戻らないトキの身体を抱きしめ、ゆっくりと身体を横たえた。