「クラウス。彼が目覚めた」
そう告げると安堵の表情を見せた。しかし、あのひきつけを起こした彼を見ているからだろう。心配そうに尋ねてきた。
「ご様子はいかがですか?」
「私が近づくと怖がっていた。だが私自身に怯えているというよりは、恐ろしい経験のせいで身体が反応してしまっているようだな」
「お可哀想に……」
クラウスも、彼があの狭く小さな檻に物のように入れられていたのを見ているから、余計に辛く感じるのだろう。
「あの医師が処方した薬を飲ませて休ませたい。吸飲みを出してくれ」
その指示でその理由はすぐに理解してくれただろう。
「それから、ロジェリオを呼んでくれ。相談したいことがあると私が言っているといえばすぐに来てくれるだろう」
ロジェリオは我がランチェスター家に代々仕える専属医師。
年齢が近いこともあり、よく私の相談相手になってくれている。
「承知いたしました。すぐにお呼びいたします」
クラウスから吸飲みを受け取り、私は彼がいる特別室に戻った。
もしかしたら眠ってしまっているかもしれない。
そっと寝室に入ると、布団がかすかに揺れているのがわかる。
「うっ、うっ……」
かすかに泣き声のようなものが耳に入ってくる。
あまりにも辛すぎる体験をしたのだ。泣いてしまうのも無理はない。
だが、一人で泣かせてしまうなんて…‥
繊細で壊れやすい心を持つフィリグランを一人にしてしまったことを後悔した。
静かに彼のもとに近づくと、私が来たことに気づいたようで慌てて布団で顔を隠していた。
「泣きたい時は我慢しないで泣いたほうがいい。苦しい気持ちを吐き出したほうが少しは楽になる」
こんな言葉だけでは彼の苦しみを理解するなんて無理だろうが、一人ではないということだけはわかっていてほしい。
クラウスから受け取ってきた吸飲みに液体薬を入れてそっと彼に近づいた。
私との距離にやはり身体をびくつかせるがそれは仕方がない。
「この薬を飲んで休めば今より身体は楽になるはずだ」
できるだけあまりに近づかないように腕だけ伸ばして、彼の口元に吸飲みの先を持っていく。彼は布団からそっと顔を出して、口を開けた。
漆黒の瞳にはさっきまで泣いていた痕跡がありありと感じられた。
潤んだ瞳、真っ白な肌は目と鼻だけほのかに赤い。
だがその表情すら愛おしいと思ってしまうのは、彼がフィリグランだということだけではないような気がした。
なんとかゆっくりと薬を飲ませることができ、しばらくすると彼は眠りについたようだ。
まだしばらくはベッドから起き上がることはできないだろうが、薬を飲んで眠るたびにきっと身体はよくなっていくだろう。あとは、彼が受けた心の傷をどうやって癒していくか。
まずは少しずつ、だな……
完全に彼が深い眠りに落ちたのを確認して、私は寝室を出た。
特別室の扉を開けるとすぐにクラウスがやってきた。
「旦那様。ロジェリオ様を応接室にお通ししてございます」
「早かったな。すぐに行こう」
クラウスには、彼のいる部屋にしばらく使用人たちを近づかせるなと指示を出し、私はロジェリオが待つ部屋に向かった。
「待たせたな」
「いいえ。先ほど到着したばかりです。それより火急のお話とはいったい何事でございましょう?」
「まずここで聞くことはそなただけの中に留めておいてほしい。良いか?」
ロジェリオはただならぬ雰囲気に息を呑みながらも素直に了承した。
「ではそなたに尋ねたいことがある。アルトゥンの花が咲く池の毒性を聞いたことがあるか?」
「もちろん、存じております。ですが我が国にはもうその毒はないかと……」
確かに我が国ではその毒は百年も前に完全に消滅したとされている。
だが、エヴァンス子爵のいたあの国ではその限りではない。
何もかも金色に染めるあのアルトゥンの花は、外敵から蜜を守るために毒を作り出す。
その毒が茎や根を伝って池の中に溜まっていく。
その毒は声帯に炎症を起こし言葉を奪う。
だからアルトゥンの花が咲いている池の水を飲んではいけないとされている。
だが、彼はこことは異なる世界からやってきて、あの森に迷い込んだ。
そしてエヴァン子爵にアルトゥンの花の蜜で髪を染められた時に誤ってあの池の水を口にしたのだろう。
「今はまだ可能性でしかないが、その毒を口にした者がいる。どうしたらいい?」
「えっ? それならば早く解毒薬を飲ませなければ! 口にして一週間経てば、もう解毒薬を飲んでも言葉が戻ることはないでしょう」
「一週間か……」
彼が口にしてからの期間はわからない。
だが、取り戻せる可能性があるのなら試してみる価値はあるだろう。
「ロジェリオ。その解毒薬は手に入るか?」
「我が家の貯蔵庫に残っていたかと……すぐにお持ちしましょう」
ロジェリオは誰が飲んだのか、どういう状態なのか、何も尋ねることもせずすぐに自宅に薬をとりに行ってくれた。
これで間に合えばいいが……
あとは神のみぞ知るというところか。
そう告げると安堵の表情を見せた。しかし、あのひきつけを起こした彼を見ているからだろう。心配そうに尋ねてきた。
「ご様子はいかがですか?」
「私が近づくと怖がっていた。だが私自身に怯えているというよりは、恐ろしい経験のせいで身体が反応してしまっているようだな」
「お可哀想に……」
クラウスも、彼があの狭く小さな檻に物のように入れられていたのを見ているから、余計に辛く感じるのだろう。
「あの医師が処方した薬を飲ませて休ませたい。吸飲みを出してくれ」
その指示でその理由はすぐに理解してくれただろう。
「それから、ロジェリオを呼んでくれ。相談したいことがあると私が言っているといえばすぐに来てくれるだろう」
ロジェリオは我がランチェスター家に代々仕える専属医師。
年齢が近いこともあり、よく私の相談相手になってくれている。
「承知いたしました。すぐにお呼びいたします」
クラウスから吸飲みを受け取り、私は彼がいる特別室に戻った。
もしかしたら眠ってしまっているかもしれない。
そっと寝室に入ると、布団がかすかに揺れているのがわかる。
「うっ、うっ……」
かすかに泣き声のようなものが耳に入ってくる。
あまりにも辛すぎる体験をしたのだ。泣いてしまうのも無理はない。
だが、一人で泣かせてしまうなんて…‥
繊細で壊れやすい心を持つフィリグランを一人にしてしまったことを後悔した。
静かに彼のもとに近づくと、私が来たことに気づいたようで慌てて布団で顔を隠していた。
「泣きたい時は我慢しないで泣いたほうがいい。苦しい気持ちを吐き出したほうが少しは楽になる」
こんな言葉だけでは彼の苦しみを理解するなんて無理だろうが、一人ではないということだけはわかっていてほしい。
クラウスから受け取ってきた吸飲みに液体薬を入れてそっと彼に近づいた。
私との距離にやはり身体をびくつかせるがそれは仕方がない。
「この薬を飲んで休めば今より身体は楽になるはずだ」
できるだけあまりに近づかないように腕だけ伸ばして、彼の口元に吸飲みの先を持っていく。彼は布団からそっと顔を出して、口を開けた。
漆黒の瞳にはさっきまで泣いていた痕跡がありありと感じられた。
潤んだ瞳、真っ白な肌は目と鼻だけほのかに赤い。
だがその表情すら愛おしいと思ってしまうのは、彼がフィリグランだということだけではないような気がした。
なんとかゆっくりと薬を飲ませることができ、しばらくすると彼は眠りについたようだ。
まだしばらくはベッドから起き上がることはできないだろうが、薬を飲んで眠るたびにきっと身体はよくなっていくだろう。あとは、彼が受けた心の傷をどうやって癒していくか。
まずは少しずつ、だな……
完全に彼が深い眠りに落ちたのを確認して、私は寝室を出た。
特別室の扉を開けるとすぐにクラウスがやってきた。
「旦那様。ロジェリオ様を応接室にお通ししてございます」
「早かったな。すぐに行こう」
クラウスには、彼のいる部屋にしばらく使用人たちを近づかせるなと指示を出し、私はロジェリオが待つ部屋に向かった。
「待たせたな」
「いいえ。先ほど到着したばかりです。それより火急のお話とはいったい何事でございましょう?」
「まずここで聞くことはそなただけの中に留めておいてほしい。良いか?」
ロジェリオはただならぬ雰囲気に息を呑みながらも素直に了承した。
「ではそなたに尋ねたいことがある。アルトゥンの花が咲く池の毒性を聞いたことがあるか?」
「もちろん、存じております。ですが我が国にはもうその毒はないかと……」
確かに我が国ではその毒は百年も前に完全に消滅したとされている。
だが、エヴァンス子爵のいたあの国ではその限りではない。
何もかも金色に染めるあのアルトゥンの花は、外敵から蜜を守るために毒を作り出す。
その毒が茎や根を伝って池の中に溜まっていく。
その毒は声帯に炎症を起こし言葉を奪う。
だからアルトゥンの花が咲いている池の水を飲んではいけないとされている。
だが、彼はこことは異なる世界からやってきて、あの森に迷い込んだ。
そしてエヴァン子爵にアルトゥンの花の蜜で髪を染められた時に誤ってあの池の水を口にしたのだろう。
「今はまだ可能性でしかないが、その毒を口にした者がいる。どうしたらいい?」
「えっ? それならば早く解毒薬を飲ませなければ! 口にして一週間経てば、もう解毒薬を飲んでも言葉が戻ることはないでしょう」
「一週間か……」
彼が口にしてからの期間はわからない。
だが、取り戻せる可能性があるのなら試してみる価値はあるだろう。
「ロジェリオ。その解毒薬は手に入るか?」
「我が家の貯蔵庫に残っていたかと……すぐにお持ちしましょう」
ロジェリオは誰が飲んだのか、どういう状態なのか、何も尋ねることもせずすぐに自宅に薬をとりに行ってくれた。
これで間に合えばいいが……
あとは神のみぞ知るというところか。


