とりあえず、新宿にもどり、おれのアパートに避難することにした。さすがにおれの住居までは特定されていなかったようで、周辺は静かなものだった。
 すでに朝5時を過ぎていて、空が白みはじめている。昨日から一睡もしていなかったが、神経が張り詰めているせいか、睡魔は訪れそうになかった。
「おれの携帯、持ってる?」
 部屋に入るなり、宥人はいった。ネクタイをはずし、鞄に入れる。宥人のスマホはおれが持ったままだった。ポケットから取り出すと、いつの間にか電源が切れていた。通知が多すぎてバッテリーを酷使していたのかもしれない。
「充電器、貸して」
 液晶ディスプレイの黒を確認して、宥人がいう。
「実家と職場にも嫌がらせがあるかもしれないから、念のため連絡しておかないと」
「朝の5時だよ」
 冷静に見えるが、やはり動揺が鎮まっていないのだろう。宥人は動作しないスマホを握りしめ、硬い表情だった。立ったまま、キッチンの前でうろついている。
「SNSも確認しないと。善くんの動画も上げられちゃってるかもしれないし、ちゃんと訂正しないと、変に誤解されて巻き込むことに……」
「ちょっと待って」
 おれは宥人の手からスマホを奪い取った。
「訂正とか巻き込むとかってなに?」
 キッチン台の上にスマホを置き、宥人の腕をつかむ。それほどつよい力ではなかったが、宥人の体が小さく振動するのがわかった。
「おれら、付き合わねえの?」
「それは……」
「勝手にあんなこといったのは悪かったけどさ、訂正なんかしなくていいじゃん。事実にしちゃおうよ」
 戸惑う宥人に畳みかけるようにいった。
「でも善くんに迷惑がかかる……」
「迷惑とか思うわけない」
 宥人の両腕をつかみ、凍える体をあたためるかのように上下に擦った。もっと早くこうしておけばよかったと思った。
「おれ、中途半端な気持ちでいってないよ。宥人さんがひとりで背負ってるいろんなもの全部分け合いたい。宥人さんの全部知りたいし、受け容れたい」
 宥人は黙っている。おれを見る瞳が揺れている。
 どんな言葉が必要なのか、どんな言葉なら気持ちを伝えられるのか、わからなかった。だれかに気持ちを伝えたいと思ったことははじめてで、おれはひどく焦っていたし、恐怖も感じていた。このひとに拒絶されたらと考えると、怖くてたまらなかった。だれかを好きになると、まともではいられなくなるものだと、はじめて知った。自分が自分でなくなったかのようだった。
「なあ、宥人さん」
 半歩足を進めるだけで、鼻先が触れあいそうなほど距離が縮まった。宥人の息づかいを感じる。眼鏡を取る。宥人は拒まない。スマホの隣に眼鏡を置いた。
「おれ、馬鹿だし、宥人さんから見たらガキで頼りないかもしれないけど、宥人さんがしんどいときに支えられるような男になるからさ」
 宥人は両手をおれの胸に張ったが、圧し返すほどの力はなかった。おれは腕をつかんでいた手を腰に回し、宥人の体を引き寄せた。拒まれていないと思うとどうしようもないほど胸が高鳴った。
「だからさ、宥人さん。付き合おうよ、おれたち」
「善くん……」
「おれ、宥人さんの彼氏になりたい」
 唇がちかづきすぎていて、しゃべる動きで皮膚同士が擦れた。
「いい?」
 返答を待たず、唇を触れさせた。
「だめ?」
 表面だけを軽く圧しつけると、宥人が背中に手を回してきた。その動作が合図だったかのように、おれはキスを深いものにし、差し出された舌を吸った。掌を臀に這わせ、やわらかい肉に指先を食いこませた。
 腕に力を込めると、宥人の爪先が浮いた。両脚を抱え、ベッドに連れて行った。連れて行くといっても1ルームの部屋だ。移動距離は短い。折り重なるようにベッドに倒れこんだ。
 興奮を抑えられそうになかった。宥人の唇を貪りながら、シャツの裾を引き上げ、肌に直接触れた。細い腰がおれの下でびくっと跳ねる。
「ちょ、ちょっと待って、善くん……」
 首に唇を這わせると、宥人が声を震わせた。
「だめだって……」
「なんで?」
 おれの声も掠れて息が混じっている。唇を合わせると息が混じりあった。
「男同士だし……」
「だからそれはもう関係ないって」
「年齢もちがうし……」
「本気でいってんの?」
 舌先で鎖骨をなぞりながらいう。
「気にするわけないじゃん、そんなの」
「待って待って、ほんとに……」
 シャツのボタンに手をかけると、宥人が大きく反応を見せた。
「嫌?」
「嫌じゃないけど……」
 わずかに体を起こすと、薄いカーテンごしに朝日が差しこみ、宥人の腹部に散った産毛がきらきらと輝いた。
「服脱いでしたことないからちょっと驚いただけ」
 宥人の返答は思いがけないもので、おれは戸惑い、直後、宥人がこれまでの男にされてきたことを考え、腹立たしくなった。
「男の裸見たらさすがに引くと思うし……」
 おれは黙ってシャツのボタンをすべてはずした。宥人は不安に瞳を揺らしながらおれを見つめていた。
 隠れていた肌が露になる。宥人は体を丸めて視線を避けようとしたが、おれが肩にくちづけると、おずおずと体をひらいた。
 シャツを肩から滑らせ、腕を引き抜く。その間も首や胸に小さなキスをつづけた。突起の周辺に舌先を掠らせると、宥人はおれの首に手を回して大きく息を吐いた。熱い吐息がこめかみをくすぐり、おれの興奮をますます煽った。
 キスしながら下腹部を密着させる。小さく腰を動かすと、屹立したものが宥人の腹部の肉を圧し上げた。
 至近距離で視線が衝突する。宥人は驚いたような表情だった。裸の背中を撫でながら微笑んで見せる。
 上半身を起こして、おれもシャツを脱いだ。宥人は掌で口もとを覆っていたが、おれを見上げる視線には熱が籠もっていた。
「なに?」
「……腹筋、すごいなって」
 宥人の視線を追って自分の腹を見下ろした。腹部に手を触れてみる。醜く肥えているわけではないが、アスリート並みといえるほどでもない。
「筋肉好きなの?」
「ちがう……善くんのだから……」
 思わず呻いた。まだ一言も好きだといわれていないという事実を忘れてしまいそうになる。
「触る?」
 囁くと、宥人は頷いた。ゆっくりと手を伸ばし、おれの腹部に触れた。筋肉のすじに沿って指先を這わせ、感触を確かめるように掌でそっと圧迫する。おれの呼吸に合わせて筋肉が振動し、宥人の掌を圧し返した。
 宥人はおれの腹に顔を近づけ、実験動物を観察する研究者のようにじっと見つめていたが、そのうちに両手で撫で回し、頬擦りし、唇を圧しつけ、舐めはじめた。はじめは遠慮がちだったがすぐに夢中になって舌を這わせる。
 熱中している宥人を見下ろしながら、おれはベルトをはずし、前を寛げた。宥人は誘われるように顔を下降させた。ボクサーパンツの布ごしにおれの性器に触れ、腹筋にしたのとおなじようにした。器用に性器を引き出し、躊躇なく口に含む。湿った粘膜に包みこまれ、おれは小さく呻いた。
 さっきまでの戸惑いが嘘のように巧みな舌づかいと手の動きだった。触られることにはあれほど不慣れだったのに、奉仕の側に立ったらまるで娼婦のような技巧を見せる。ギャップに煽られるいっぽうで、宥人を教育したであろう過去の男たちへの苛立ちが甦った。
 性器を頬張り、顔を前後させる宥人を見下ろし、唇を噛んだ。せり上がってくる感覚。予感していたよりも早い。
「ごめん。ちょっと……やばいかも」
 髪に指を差し入れ、頭を撫でると、宥人が視線を上げる。かなり扇情的な光景だった。おれは喉を動かし、口のなかに溜まった唾液を飲みこんだ。
 おれの反応に呼応するかのように、宥人の頭が烈しく動く。なるべく無理を強いることのないように注意しながら、おれは宥人の頭を揺すった。
 絶頂はすぐに訪れた。両手で宥人の頭をつかみ、口のなかに放った。宥人は当然のように受け止め、最後の一滴まで零すまいとするように唇を窄めて吸い上げた。勢いを失った先端を舌の表面で舐め回す。
「宥人さん、もういいよ」
 頭を撫でると、不安げな顔で見上げてくる。
「よくなかった?」
「すっげえよかった」
 最大限に強調していうと、宥人は安堵したように表情を綻ばせた。笑顔はいかにも純真で、数秒前の姿からは想像もできない。
「おれにもやらして」
 宥人の体を裏返し、ベッドの上に膝をつかせる。下まですべて脱がせ、自分も全裸になる。女にやるようにすればいいのだろうが、すくなからず緊張していた。宥人と較べて無知で経験がない。不安はあったが、悟られないように宥人の背中にキスした。そのまま舌を下降させ、臀の割れ目に到達する。
 宥人の臀部は滑らかで傷ひとつないうえ、ほとんど無毛だった。脚もそうだからおそらく処理しているのだろう。考えてみれば、泊まっていくときも剃刀やシェーバーをつかっているところを見たことがない。髭も脱毛しているのかもしれない。
 実際に見て触れてみると、髪も肌も張りがあってしなやかだ。体質だけが理由ではないはずだ。毎日欠かさずケアしていないとこうはならない。宥人が実年齢よりかなり若く見える要因だろう。
 ひとによっては女々しいと思われるかもしれないが、内面だけでなく外見も磨こうとひたむきに努力する姿がおれには好ましく思えた。
「そこはいいから……」
 臀部に舌を這わせるおれに、俯せの姿勢で宥人が懇願するようにいう。
「汚いし……」
「汚くないよ」
 両側の肉を圧し広げ、露になった部分を眺めながら、おれはいった。
「宥人さんの体、全部きれい」
 宥人が体を震わせると、その部分も細かく収縮する。
「おれに触られたくてきれいにしてんのかなーつって」
 冗談めかしていうと、宥人が首まで赤くなった。おれの視線から逃れようと枕に顔を埋める。
「マジかよ。そんな反応されると調子乗っちゃうんだけど……」
 興奮を抑えながら、痛みのないよう慎重に唾液を塗りこみ、指先を差し入れる。
「ん……」
 一瞬圧し返すような反応を見せたが、宥人の呼吸に合わせて指を進めると、きゅっと飲みこまれる。当然だが、かなり狭い。
「痛い?」
 尋ねると、首を振った。あまり信用はできない。注意深く様子を見ながら、左手を前に回し、宥人の性器を握りこんだ。前と後ろを同時に刺激すると、宥人の声が濡れてきた。
「気持ちいい?」
「うん……今のとこがよかった」
「どこ?」
「上の……あ、そこ……そこがやば……」
 間接を曲げて壁の内側を指の腹で擦ると、宥人の腰が跳ねる。
「指増やすよ……」
 おれの声も上擦っていた。宥人の反応を見ているうちにまた興奮してきたようだ。
 2本の指を付け根まで圧しこむと、宥人が声を上げた。呼吸が荒くなり、指を締めつける間隔が短くなっている。
「だめ……善くん……」
「いきそう? いっていいよ」
 左手のなかの宥人自身が大きく脈打つのを感じた。同時に後ろの刺激を強くする。
 宥人が枕のなかで叫ぶように圧しころした声を上げ、腰が跳ね上がった。その瞬間、内壁をまさぐっていた指がきつく締めつけられた。
「だいじょうぶ?」
 宥人の首の後ろにキスして、皮膚の熱さに驚いた。宥人は答えられずに背中を上下させて必死に呼吸している。
「宥人さん、ごめん。きつかった?」
「ちがう……」
 耳の裏側に唇をあてると、宥人が弱々しく振り返った。
「こんなことされたのはじめてで……」
 これまでの男は指や舌をつかうことなくいきなり挿入していたのだろうか。男同士の性行為については詳しくないが、本来の用途でない場所をそんなふうに乱暴に扱って体に支障はないのか。もしくは宥人が自分で準備をしていたのかもしれない。いずれにしても、身勝手すぎる。
 考えても無意味なことだと理解してはいたが、それでも、自分が宥人の最初の男になりたかったと臍を噛んだ。悔しさが表情に出ていたのだろう。宥人が訝しげに見つめてくる。
「善くん……」
「ごめん。おれもちょっとやばくなってきた」
 宥人の体液を掌で掬い取り、臀部に捻じこむ。汗と体液が混じりあって粘度の高い音を立てた。
「いれていい?」
「うん……」
 顎を持ち上げると、首を伸ばしておれのキスを受け容れる。宥人の手が首や頭を行き来して、さらに昂らせる。
「後ろからのほうが楽? 顔見ながらだと恥ずかしい?」
 キスしながら尋ねると、目を閉じていた宥人が躊躇いながら目を開けた。
「恥ずかしいけど、顔見ながらしたい」
「わかった」
 再び宥人を仰向けにする。腰の下にクッションを敷いて、臀を上げさせた。宥人は素直に協力し、自ら腿の裏に手をあてて脚を広げた。
 先端を圧しあて、ゆっくり体をすすめる。入口の部分はわずかに引っかかりがあったが、その先は予想したほどの抵抗なくスムーズにすすめた。とはいえ、相当に狭い。凄まじい圧迫感で引きちぎられそうだった。おれは思わず眉を寄せ、宥人の腰をつかむ手に力をこめた。
 どうにか根元までおさめると、互いに息をついた。唇を寄せると、宥人のほうから首に腕を回してしがみついてくる。
「痛くない?」
「うん」
「ほんと?」
「うん。うれしい」
 胸を上下させて呼吸しながら宥人がおれを見上げてくる。紅潮した顔は緩やかに微笑んでいて、おれをすべて包みこむかのようだった。
「善くんとできると思わなかったから、今夢見てるみたい」
「かわいいこというなって……」
 いいながら唇を吸う。今日だけで何度キスしているのだろう。
「動くから、痛かったらいって」
「うん」
 脚を持ち上げて角度を変え、深い部分まで体をすすめた。宥人の息が大きくなる。漏れそうになる声を抑えるように掌で口を覆う。
「声出してよ」
「だめ……聞こえちゃう」
 たしかに、築数十年のアパートの壁は薄い。宥人の声を聞けば、男同士で性行為に及んでいることがすぐにわかってしまうだろう。
「気にすんなよ」
「なるってば……ん……」
 おれが動作を烈しくすると、その動きに合わせて宥人が抑えた声を出す。その声がかわいくて、おれは夢中になった。ぎりぎりまで腰を引いて、最奥まで貫く。はじめは堪えていたが、次第に宥人の掌のなかから声が漏れてきた。
「宥人さん、キス……」
「あ……」
 宥人も夢中になっているようで、おれが顔を近づけていることに気づかなかった。促すと掌をはずし、おれの唇を受け止めた。砂漠で救助を待っていたかのように喉を鳴らしておれの唾液を啜った。キスしながら指先で乳首を刺激すると、口のなかで宥人の舌が震え、切ない声が響く。
「あー、やば。宥人さん、好き……超気持ちいい……」
「ん……おれも」
 あれ? 今のって「おれも好き」か「おれも気持ちいい」なのかどっちだ?
 違和感をおぼえつつも、再びせり上がってくる感覚のほうが勝り、おれは唇を離した。無意識にか、追いかけるように宥人が舌を突き出す。名残惜しさを感じて唇の端にキスしてから、上半身を持ち上げた。
 宥人の右脚を抱え上げ、肩に乗せる。これまで以上に大きく開脚させられて、宥人は恥ずかしそうに顔を背けた。
「この体勢、平気?」
「うん」
 これも体に触れてはじめてわかったことだが、柔軟性もあるようだ。角度が変わると当たる部分も変わるようで、宥人はさらに湿った声を出した。本人は我慢しているようだが、これでは両隣にはすくなくとも間違いなく聞こえてしまうだろう。
「宥人さん……やばい。気持ちいい……」
 もう宥人を気遣う余裕はなかった。おれは本能のままに体を打ちつけ、肉同士が衝突する音と荒い息づかいが響いた。
「おれも……またいっちゃいそう。だめだめやば……っ」
 宥人は上半身を反らせ、全身をのたうたせた。内壁が烈しく痙攣し、きつく締めつけてくる。おれも限界だった。
「宥人さん、もう出そう。どこに出したらいい?」
「善くんの……善くんの好きなとこに出して」
 酸素を求めて喘ぎながら、熱にうかされたように宥人が必死で答える。おれは宥人に包みこまれながら烈しく動き、限界のところで引き抜いた。
 宥人の脚を開かせ、白くなめらかな腹の上に大量の白濁をぶち撒けた。絶頂の余韻で大きく上下している腹部を白い液体が滑り、シーツに落ちていく。
 全身脱力して、おれは宥人の隣に寝転がった。
「すごかった……」
 素直にいって、重い体をどうにか持ち上げる。
「宥人さん、体平気?」
「うん……」
 ベッドの脇に置いてあるティッシュボックスをつかみ、宥人の下腹部をていねいに拭うと、まだ熱く上下に揺れている体を抱きしめた。キスしようと頬に手をあてて上を向かせ、言葉を失った。
「え、ちょっと……泣いてんの?」
 おれの胸に額を圧しつけ、肩を丸めて、宥人は啜り泣いていた。
「ごめん。痛かった?」
「ちがう。そうじゃなくて……」
 うまく言葉にならないようで、両手で顔を覆っている。この状況でなぜ泣くのかわからず、焦りながらも、おれは宥人が落ち着くのを待って小さい体を抱きしめた。その間も、宥人は肩をふるわせて泣き続けている。
「好き……」
 数秒たって、宥人が声を震わせいった。これほど密着していても判別できないほど小さな声だった。
「え、なに? なんていったの?」
 慌てて顔を引くおれに、宥人はもう一度、はっきり告げた。
「善くんが好き。最初に会ったときからずっと善くんのことが好き」
 そういって、宥人はおれの背中に腕を回し、おれの胸に頬を擦らせた。
「好きすぎて、どうにかなりそうで、こわい……ずっと隠そうと思ってたのに、もうできなくて……これ以上無理ってくらい好き」
「なんだよ、それ……」
 予想だにしなかったかたちで、もっともほしかった言葉を聞かされ、おれは完全に圧倒されてしまっていた。
「それって、おれのこと好きすぎて泣いちゃったってこと?」
 勘弁しろよ……
 口にしたかったが、意味を誤解されてしまいそうで、耐えた。
 悪意ある誹謗中傷をぶつけられても、筆舌に尽くしがたい重圧を与えられても、信頼を寄せていた相手に襲われても、人前で悪し様に罵られても、プライベートな部分を勝手に暴露され嘲笑を浴びせられても涙ひとつ見せなかったのに、おれを好きというだけで言葉も出ないほど大泣きしてしまうというのか。まったく勘弁してほしい。こんなのはありえない。愛おしさがあふれて、おれのほうがどうにかなりそうだ。
「善くん、好き……」
 おれの背中にしがみつきながら、宥人は独白のように呟いた。
「今まで生きてきて、今日が一番幸せ」
 その言葉を耳にした瞬間、自分自身の存在が肯定されているかのように感じ、おれも目頭が熱くなった。涙が出そうになるのを堪え、宥人の頭をしっかり抱えた。
「おれも幸せだし、宥人さんが大好き」
 宥人が顔を上げ、おれたちはまたキスした。