カイナのことは、ミカにしか見抜けない

「ん、んんっ!!」
 三峰先輩の唇を通して、僕の喉奥へと、どろりとした空気が流れ込んでくる。花の蜜のような、ジャムのような、空気なのにねっとりしている。飲み込む動作をしなくても、それは勝手に食道から肺へ、心臓へ、胃腸へと染み渡ろうとする。
 すると、僕の全身に異変が走った。爪先からつむじまでを、電流が駆け巡る。目の中に火花が散ったように視界が明滅して、手がうまくうごかせない。全身に張り巡らされた血管に異物が流れ込んで、体の中から僕の細胞をこねくり回しているような感じがする。
 体の奥が熱くて、甘い感じがして、しびれてしびれて、指先がびくびくする。
 唇が離れると、目の前にはのっぺらぼうのような微笑の三峰先輩が、視界いっぱいに広がった。でもそれどころじゃなかった。
「あ、あ、ぐ……っ、ううぅ……!」
 体の中で、異物が蠢いている。胸を掻きむしって引きずり出したいのに、両手は三峰先輩に押さえつけられて何もできなかった。苦しいと気持ちいいが同時に襲ってくる。そして、嫌だという本能だけが脳を支配する。自分が、自分じゃなくなるみたいで、恐怖と危機感しか浮かんでこない。
「あ、やだ、いや、なにこれ、いやだ、やだやだやだやだ」
 体の中の熱が急激に上がっていく。このまま煮えたぎって、そのまま溶けてしまいそうだった。体が跳ね上がるのを、三峰先輩の冷たい手で押さえつけられていなければ、部屋じゅうを壊していただろう。
「う、あ、あああぁ!」
 熱が最高潮に達した時、僕の体に侵食した異物は完全に癒着した。一瞬の激痛と熱に、体が無意識にのけぞる。
 体にくすぶっていた熱も、痛みも、血管内を駆け巡る違和感もすべてがパッと消える。マラソンを終えたあとに似た解放感が体中に漂って、僕は気力も失っていたようだ。
 自分がみっともなくもがいていた姿を、三峰魁の凍てついた眼差しが、すべて目撃していた。その眼差しが僕の輪郭をなぞっていると思うと、気味の悪さが脳髄を這いまわる。
 三峰先輩は僕の目じりをなめとる。そしてすぐに唇を無造作に拭った。
「これで、きみは僕のモノだ」
 息を整えるので精いっぱいの僕には、それに抗う声さえ出せなかった。
「きみの体内に、僕の魔力を流し込んだ。うんうん、ちゃんと定着したね」
 三峰先輩が、僕の心臓に耳をあてる。
「一時的ではあるが、きみの命は僕が握った。きみは僕の命令に絶対服従となり、僕の目的のために尽くさなければならない」
「はぁ……はぁ……なんで……」
「その疑問への回答は無意味だな。さて、さっそくだ。きみの【目】を存分に活かしてもらう」
 三峰先輩は僕から離れ、開かなかったドアを簡単に開く。
「旧校舎へ行くよ。蜘蛛の巣を探して、首謀者を暴く。きみも来い」
 青紫の目が、僕の目を射抜く。頭ではいやだと言っているのに、相反するように僕の体はぐったりと起き上がる。
 ふらふらとした足取りで、先輩の後について行こうとする。
 ――これは、現実だ。三峰魁に従う体に作り替えられてしまった。
 これが夢なら、早く覚めて欲しい。
「いこうか、僕だけの便利な目(パートナー)
 三峰魁という異物の存在に、僕の体は従っていった。