カイナのことは、ミカにしか見抜けない

 松前はぎっと奥歯を噛みしめて、ダンッと床を踏みならした。彼の足下から、銀色の糸がひらひら舞う。
 松前の手から繰り出されたのは、今度は白い蝶だった。蝶はキラキラした鱗粉をまき散らしながら、巨大蜘蛛の周りを飛んでいる。蜘蛛の表面に白い粒子が舞いちると共に、蝶は砂のように崩れた。
「父親の言うことに従わないのなら、再教育しなければならない!」
 松前の声と共に、巨大蜘蛛がキインと咆哮を上げる。鼓膜を破る勢いでつんざく音に怯んでいると、僕の目の前にはいつの間にかあの鋭い爪が迫っていた。
 ひゅっと喉を鳴らす。爪は僕の鼻先でぴたりと止まった。
「危ない」
 と、カイナが僕を後ろへ引き下げる。僕と蜘蛛の間には、シャボン玉みたいに虹色に輝く壁があるようだった。
「た、助かった」
「僕の後ろへ。今度こそ蜘蛛を焼き払う」
 カイナが頼もしいことを言う。その右人差し指から、魔法の弾を次々と放つ。
 巨大蜘蛛の爪と顔に命中するが、火花を散らして魔法が弾かれる。カイナの魔法は、蜘蛛にしっかり狙いを定めている。しかし、そのどれもが決定打にはなり得ない。
「ミカは僕の後ろから出るな! 魔法壁の維持と魔法弾の同時使用は神経を使う」
「っ、わ、わかった……」
 カイナの言うとおり、僕はカイナの背後から一歩も動かないように、自分の足に命じた。
 巨大蜘蛛は教室じゅうを、縦横無尽に飛び回る。壁を爪で駆け上り、天井に張りついて魔法をやり過ごしたり、跳ね返したり。
 その鋭い爪を、まっすぐにカイナへ繰り出してくる。カイナの魔法壁がなければ、カイナも僕も仲良く一緒に貫かれているだろう。
「いつまでも蜘蛛の爪から逃れられると思うな!」
 松前の憎らしい声だ。蜘蛛に戦わせて、自分は後ろに控えている。蜘蛛をなんとかしないと、松前にはたどり着けない。
「カイナ……! 僕のことはいい、あんたは蜘蛛に集中を……!」
「きみは黙ってそこにいろ! 今だけはお得意の考えなしを引っ込めてくれ!!」
 カイナは僕へと振り向く余裕もなさそうだ。今回ばかりは、カイナが正しい。
 でも、何もせずにカイナの後ろに隠れているなんてできない。
 僕を守りながら、カイナに戦わせるのはいやだ。
 僕には何ができる……?
 せめて何かあるはずと言い聞かせて、教室全体を見回す。
 真っ暗闇の教室には、真っ白な糸が漂う。巨大蜘蛛の爪が魔法壁を壊そうと突っ込んでくれる。
(なんだか、蜘蛛の動きが変だ)
 縦横無尽に暴れ回るのは、それだけ強いということなのだろうか。でも蜘蛛の脚はむりやり動かされているように見える。まるで、操り人形みたいに、上から糸で動いているような。
 ……人形? 糸?
 僕はぱっと、教室の天井へと目を向けた。わずかに、虹色のキラキラした糸が垂れている。蛍光灯にくくりつけられた糸をたどると、目の前の巨大蜘蛛に繋がっていた。
 虹色の糸に視線を向けながら蜘蛛の動きも注目する。
 思った通り、糸が蜘蛛を操っているんだ。
 なら、それを断ち切れば良い。
「天井だ!!」