「質問は以上かね。私は忙しいんだ」
「っ、僕が三峰先輩の――翼の杭になるってどういうことだ!」
苦し紛れの悲鳴だ。松前の種明かしの説明が、僕の余裕をどんどん奪う。
その最たる一つだ。
「息子は君を求めた。どういうことかわかるかね? 翼の記憶は、まだ固着までたどり着いてない。息子自身が、翼としての記憶になじんでいないからだ。それは海にただようクラゲのように、重石がなければたちまち息子の体から記憶は抜け出てしまうだろう」
「重石?」
「そうだ。ここにいる私の息子は、翼として生きる記憶を学習している最中だ。完全な翼となるために、膨大な記憶の注入と、記憶を固定するための杭の両方が必要となる。
おわかりかね? 君には息子の杭として、ここに固定しなければならない。永遠に」
僕は大声で叫び出そうとした。しかし、喉の内側から何かが締めつけたような気がして、何も発せない。
松前は椅子に座っている翼の頭に手を置くと、呪文めいたよくわからない言葉を吐き出した。日本語でも英語でも、ほかの外国語でもない。人間の言葉じゃないみたいだ。
でも、その言葉が恐ろしくて、とてつもなく危ないものであると、本能が告げている。
「うう……っ、ぐ、ううぅ……あ、ぁぁぁぁ……」
椅子に縛られた翼が、ぎゅっと瞼を閉めて苦しそうにうめいている。父親の手から何が発せられているのだろうか? 痛みと恐怖が、翼の中に流れ込んでいる?
「やめ、」
叫ぼうとしても、僕の喉はまるで声を絞り出すことさえできない。
翼が危ない。魁無が危ない。
僕が何とかしなきゃ。僕が……。
「おとう、さ……くる、し……」
「耐えろ」
冷徹な教師は、息子の懇願を一言で切り捨てた。松前の手と、足下からはしゅうしゅうと白い蜘蛛の糸が無限に湧き出てくる。あれは、翼の記憶なのだろうか。
「それが……息子に対する……父親の姿勢かよ……!」
「幸福な記憶で満たすことこそ、親としての務めだ」
「そんなの、うそっぱちのくせに……」
僕は目にした。竹岡翼のノートを。
あのノートに書かれた日記は、僕らに見せられている、純真無垢に作られた完璧な翼のものではなかった。
両親の仲に悩み、自分にできることを探す、等身大で不完全な少年そのものだ。
松前の態度でわかった。あのノートと写真は、竹岡翼本人が置いたものだ。自分は、松前の思い描く理想の息子ではないことを誰かに知ってもらうために。
「子を持たない君にはわかるまい。息子は魔法をまともに使いこなせない。生物を使役する力が弱く、虫一匹従わせるために体の魔力のほとんどを使わなければならないほどの半人前だ。息子はその事実に葛藤した。ならば新しい記憶を注ぎ、その記憶を抱いて生きていくのがよほど幸福だ。
子の不幸を取り除くのは、親の務めなのだよ」
そのために、君にも協力してもらうのだ。松前はそういった。
僕は奥歯を食い締めた。
僕には、魔法が視える。三峰先輩の変身も、学校全体に広がっている認識阻害の魔法も、竹岡翼の記憶が三峰先輩に注入されているのも全部わかる。
誰もが認識を歪まされて、それがあたかも日常であると錯覚している。
それらはすべて、竹岡翼を幸せな形で蘇らせるため。
(おれの……せい……)
三峰先輩と一緒にいたから。魔法が視えるから。
この世界がおかしいとわかったから。
僕が、何も視えないただの人間だったら、三峰先輩と出会うこともなかっただろう。
三峰先輩が僕に執着することもなかったし、翼が僕を頼ろうとすることもなかった。
僕が中途半端に魔法を見抜けてしまうから……翼も、魁無もこんな目に遭ってしまった。
「く、そ……」
魔法が視えるだけで、僕自身に魔法は使えない。
僕は、翼も魁無も救えない?
失いたくない。魁無が、おれの魁無が松前に侵食されていくのを、ただ何もできず見ているしかできない。
どうしたら――。
「っ、僕が三峰先輩の――翼の杭になるってどういうことだ!」
苦し紛れの悲鳴だ。松前の種明かしの説明が、僕の余裕をどんどん奪う。
その最たる一つだ。
「息子は君を求めた。どういうことかわかるかね? 翼の記憶は、まだ固着までたどり着いてない。息子自身が、翼としての記憶になじんでいないからだ。それは海にただようクラゲのように、重石がなければたちまち息子の体から記憶は抜け出てしまうだろう」
「重石?」
「そうだ。ここにいる私の息子は、翼として生きる記憶を学習している最中だ。完全な翼となるために、膨大な記憶の注入と、記憶を固定するための杭の両方が必要となる。
おわかりかね? 君には息子の杭として、ここに固定しなければならない。永遠に」
僕は大声で叫び出そうとした。しかし、喉の内側から何かが締めつけたような気がして、何も発せない。
松前は椅子に座っている翼の頭に手を置くと、呪文めいたよくわからない言葉を吐き出した。日本語でも英語でも、ほかの外国語でもない。人間の言葉じゃないみたいだ。
でも、その言葉が恐ろしくて、とてつもなく危ないものであると、本能が告げている。
「うう……っ、ぐ、ううぅ……あ、ぁぁぁぁ……」
椅子に縛られた翼が、ぎゅっと瞼を閉めて苦しそうにうめいている。父親の手から何が発せられているのだろうか? 痛みと恐怖が、翼の中に流れ込んでいる?
「やめ、」
叫ぼうとしても、僕の喉はまるで声を絞り出すことさえできない。
翼が危ない。魁無が危ない。
僕が何とかしなきゃ。僕が……。
「おとう、さ……くる、し……」
「耐えろ」
冷徹な教師は、息子の懇願を一言で切り捨てた。松前の手と、足下からはしゅうしゅうと白い蜘蛛の糸が無限に湧き出てくる。あれは、翼の記憶なのだろうか。
「それが……息子に対する……父親の姿勢かよ……!」
「幸福な記憶で満たすことこそ、親としての務めだ」
「そんなの、うそっぱちのくせに……」
僕は目にした。竹岡翼のノートを。
あのノートに書かれた日記は、僕らに見せられている、純真無垢に作られた完璧な翼のものではなかった。
両親の仲に悩み、自分にできることを探す、等身大で不完全な少年そのものだ。
松前の態度でわかった。あのノートと写真は、竹岡翼本人が置いたものだ。自分は、松前の思い描く理想の息子ではないことを誰かに知ってもらうために。
「子を持たない君にはわかるまい。息子は魔法をまともに使いこなせない。生物を使役する力が弱く、虫一匹従わせるために体の魔力のほとんどを使わなければならないほどの半人前だ。息子はその事実に葛藤した。ならば新しい記憶を注ぎ、その記憶を抱いて生きていくのがよほど幸福だ。
子の不幸を取り除くのは、親の務めなのだよ」
そのために、君にも協力してもらうのだ。松前はそういった。
僕は奥歯を食い締めた。
僕には、魔法が視える。三峰先輩の変身も、学校全体に広がっている認識阻害の魔法も、竹岡翼の記憶が三峰先輩に注入されているのも全部わかる。
誰もが認識を歪まされて、それがあたかも日常であると錯覚している。
それらはすべて、竹岡翼を幸せな形で蘇らせるため。
(おれの……せい……)
三峰先輩と一緒にいたから。魔法が視えるから。
この世界がおかしいとわかったから。
僕が、何も視えないただの人間だったら、三峰先輩と出会うこともなかっただろう。
三峰先輩が僕に執着することもなかったし、翼が僕を頼ろうとすることもなかった。
僕が中途半端に魔法を見抜けてしまうから……翼も、魁無もこんな目に遭ってしまった。
「く、そ……」
魔法が視えるだけで、僕自身に魔法は使えない。
僕は、翼も魁無も救えない?
失いたくない。魁無が、おれの魁無が松前に侵食されていくのを、ただ何もできず見ているしかできない。
どうしたら――。
