松前先生は、冷めた目つきで床に這いつくばる僕をチラ見しただけだった。まるで興味がないとでも言いたげだ。
僕を通り過ぎて、ツカツカと翼の方へと近寄る。ぴたりと翼の前に止まったかと思ったら、いきなり翼の頬をひっぱたいた。翼は椅子ごと倒れこむ。
「……!」
僕は息をのんだ。何が起きてる?
「記憶注入の時間は、誰にも見せるなと言っただろう、翼」
「……おとうさん」
やっぱり、松前先生が翼の父親だったのか。
翼の、先生を見上げる眼差しは、愛する親に向けての目ではない気がした。松前先生の、翼を見下ろす目も同じだ。
父親と息子であると知ったのに、とても親子には見えない。
「お前の記憶はまだ不完全だ。注入施術をむやみに他人に見せることで、注ぐべき記憶が歪んだらすべてが水泡に帰すぞ」
「ごめんなさい……でも、」
「言い訳はやめなさい」
先生が強引に、翼を引きずり起こす。
翼の首をぐっと掴んで、力を込めていた。
「やめろ!」
と叫んだ僕の言葉は届かない。翼は、息を奪われていながら、それでも【言い訳】を続けた。
「言い訳じゃなくて……ぼくの記憶の杭として、彼をよびました。浪川君が、僕の記憶の中枢にいるのだから、施術中に彼と触れることで、記憶も定着すると、おもって……」
僕はダシにされたのだ。利用されたことに苛立ちを覚えるが、そんな僕を先生が見下ろす。
「なるほど」
先生はどうやら、納得したようだった。
「先生……」
「浪川君。やはり君は計画を狂わせるジョーカーだったようだな」
手足を蜘蛛の糸で絡めとられて格好つかないが、聞きたいことは全部聞いてやる。
もしかしたら、先生の話すことに、魁無を助けるヒントが隠されているかもしれない。
「僕、ここで死ぬんですか」
「そんな物騒なことはしない。ここにいてもらうだけだ、永遠に」
「竹岡翼の記憶を定着させるために?」
「その通りだ。物わかりが早くて助かる」
「じゃあ、その前に聞かせてください。
この学校に蔓延してる噂……白銀の蝶を見たら、蜘蛛に捕まって標本にされるって、広げたのは先生ですか」
僕は努めて冷静に訊ねる。
「その通りだよ、魔法を見抜く浪川君」
僕の目のことを知っているようだ。
「なんのためにですか? 蜘蛛の巣に捕まった生徒と先生はどうしてあんな……木偶の棒みたいに……」
「彼らそのものに用はない。重要なのは、彼らの持つ記憶だ」
「記憶?」
「学校で過ごした記憶を頂戴しただけだよ。本人にとって、幸福な記憶をね。得た記憶は私の手元で加工し、こうして翼の器に注入する。そのために、彼らには尊い協力者となってもらった」
「何が協力だ! あんなふうに、人の命を奪っておいて!」
「それは少し違う。記憶を返却すれば息を吹き返す。返却日は永遠に来ないがね」
「殺してると同じじゃないか……!」
「何の問題が? 彼らの記憶は私の翼のために活用される。一生木偶の棒のままでも、名誉なことではないか」
「まるで魔法使いみたい。おれの価値観と、全然ちがう」
「まさしく、私は魔法使いなのでね。教師としてこの学校に来てから、魔法を持たぬ人間に合わせるのには苦労した」
松前先生――もう、先生とか敬称つけるのもダルい。松前は大げさにため息をついたり肩をすくめる。
「巨大蜘蛛は、翼なんですか」
「そんなわけないだろう。……はじめのうちは、あの蜘蛛に記憶をたくわえさせ、いずれ翼の姿にすることを考えていた。だが、途中から計画を変えたのだ」
「計画?」
「君に覆い被さる蜘蛛は、我が門下の忠実なるしもべである。生徒から記憶を吸い取り、体内で記憶を変換する。竹岡翼としての記憶を作り出す。しかし、それよりももっと効率的なものを見つけた。
それが三峰魁だ」
三峰先輩の名前が出て、僕はどきっとする。
「この学校に、ある時から私とは別の魔法使いがもぐりこんだことは察知していた。同業である私を見つけることが目的であろうが、計画に大きな支障は出ないと判断し、放置していた。
だが……その魔法使いが三峰魁であると気づき、私は考えたのだ。
三峰魁に、翼の器となってもらうことを」
僕を通り過ぎて、ツカツカと翼の方へと近寄る。ぴたりと翼の前に止まったかと思ったら、いきなり翼の頬をひっぱたいた。翼は椅子ごと倒れこむ。
「……!」
僕は息をのんだ。何が起きてる?
「記憶注入の時間は、誰にも見せるなと言っただろう、翼」
「……おとうさん」
やっぱり、松前先生が翼の父親だったのか。
翼の、先生を見上げる眼差しは、愛する親に向けての目ではない気がした。松前先生の、翼を見下ろす目も同じだ。
父親と息子であると知ったのに、とても親子には見えない。
「お前の記憶はまだ不完全だ。注入施術をむやみに他人に見せることで、注ぐべき記憶が歪んだらすべてが水泡に帰すぞ」
「ごめんなさい……でも、」
「言い訳はやめなさい」
先生が強引に、翼を引きずり起こす。
翼の首をぐっと掴んで、力を込めていた。
「やめろ!」
と叫んだ僕の言葉は届かない。翼は、息を奪われていながら、それでも【言い訳】を続けた。
「言い訳じゃなくて……ぼくの記憶の杭として、彼をよびました。浪川君が、僕の記憶の中枢にいるのだから、施術中に彼と触れることで、記憶も定着すると、おもって……」
僕はダシにされたのだ。利用されたことに苛立ちを覚えるが、そんな僕を先生が見下ろす。
「なるほど」
先生はどうやら、納得したようだった。
「先生……」
「浪川君。やはり君は計画を狂わせるジョーカーだったようだな」
手足を蜘蛛の糸で絡めとられて格好つかないが、聞きたいことは全部聞いてやる。
もしかしたら、先生の話すことに、魁無を助けるヒントが隠されているかもしれない。
「僕、ここで死ぬんですか」
「そんな物騒なことはしない。ここにいてもらうだけだ、永遠に」
「竹岡翼の記憶を定着させるために?」
「その通りだ。物わかりが早くて助かる」
「じゃあ、その前に聞かせてください。
この学校に蔓延してる噂……白銀の蝶を見たら、蜘蛛に捕まって標本にされるって、広げたのは先生ですか」
僕は努めて冷静に訊ねる。
「その通りだよ、魔法を見抜く浪川君」
僕の目のことを知っているようだ。
「なんのためにですか? 蜘蛛の巣に捕まった生徒と先生はどうしてあんな……木偶の棒みたいに……」
「彼らそのものに用はない。重要なのは、彼らの持つ記憶だ」
「記憶?」
「学校で過ごした記憶を頂戴しただけだよ。本人にとって、幸福な記憶をね。得た記憶は私の手元で加工し、こうして翼の器に注入する。そのために、彼らには尊い協力者となってもらった」
「何が協力だ! あんなふうに、人の命を奪っておいて!」
「それは少し違う。記憶を返却すれば息を吹き返す。返却日は永遠に来ないがね」
「殺してると同じじゃないか……!」
「何の問題が? 彼らの記憶は私の翼のために活用される。一生木偶の棒のままでも、名誉なことではないか」
「まるで魔法使いみたい。おれの価値観と、全然ちがう」
「まさしく、私は魔法使いなのでね。教師としてこの学校に来てから、魔法を持たぬ人間に合わせるのには苦労した」
松前先生――もう、先生とか敬称つけるのもダルい。松前は大げさにため息をついたり肩をすくめる。
「巨大蜘蛛は、翼なんですか」
「そんなわけないだろう。……はじめのうちは、あの蜘蛛に記憶をたくわえさせ、いずれ翼の姿にすることを考えていた。だが、途中から計画を変えたのだ」
「計画?」
「君に覆い被さる蜘蛛は、我が門下の忠実なるしもべである。生徒から記憶を吸い取り、体内で記憶を変換する。竹岡翼としての記憶を作り出す。しかし、それよりももっと効率的なものを見つけた。
それが三峰魁だ」
三峰先輩の名前が出て、僕はどきっとする。
「この学校に、ある時から私とは別の魔法使いがもぐりこんだことは察知していた。同業である私を見つけることが目的であろうが、計画に大きな支障は出ないと判断し、放置していた。
だが……その魔法使いが三峰魁であると気づき、私は考えたのだ。
三峰魁に、翼の器となってもらうことを」
