カイナのことは、ミカにしか見抜けない

 朝目が覚めると、横に魁無はいなかつた。先に行ってしまったのだろうか。
 寝ぼけ眼をこすり、学校へ行く支度をする。
「……あれ」
 部屋がいつの間にか片づいていた。魁無がやってくれたのだろうか? だとしたらお礼を言わないと。
 下の段のベッドはシーツがぴしっと敷かれてて、ポカリやら水やら飲んでたコップは食器棚に戻されてる。生活感が削り取られたような違和感。
 竹岡翼のノートが消えていた。
 なのに、写真だけは机のうえに伏せられているというちぐはぐ。
 制服に着替えて、伏せられた写真立てを起こす。
 僕の眠気は、一瞬で吹き飛んだ。
 カバンの中に写真を突っ込んで、慌てて部屋を出る。
 ――竹岡翼の顔が、三峰魁にすり替わっていた。
   *
「おはよ〜、浪川」
「……お、はよう」
 走ってきたから、息がいつも以上に弾む。階段で青葉とのあいさつを交わして、二年の教室に突っ込む。
 目上の先輩の教室に単身突入なんて、怖いけど、いまはそれどころじゃない。
 戸の開いた教室全体をじっと見渡してみるが、あの白い髪も、紺藍の目も見当たらなかった。
「あら、一年生?」
 後から、女生徒に声をかけられた。
「誰かにご用? ……って、ああ、あなた浪川君」
 僕は目を丸くした。この人と面識はない。
「えっと、すみません……どうしておれのこと知ってるんですか?」
「ああ、ごめんね。びっくりしたよね。それはそうと有名だもの。天文部の名コンビ、浪川くんと竹岡君! 知らない人はいないよ」
 僕の頭から、血の気がさあっと引いていく。
「竹岡……?」
「そうそう! そっか、本人はあんまり実感わかないか。天文部期待の新入部員で、中間テスト明けで天文部主催プラネタリウムやって大成功を収めたって。大原さんも鼻が高いって褒めてたし」
「……大原?」
「もしかして、部長の名前まだおぼえてないの? ダメだぞ〜入部して三か月目なんだから」
 僕の頭の中はぐちゃぐちゃに混乱していた。
 大原ってだれだよ? 一時的とはいえ、天文部の部長は三峰魁だろ? おまけに、三峰魁が来る前の天文部部長は大原先輩でもなかったはずだ。
「あ、あの……! 三峰先輩は来てませんか?」
 嫌な予感がして、おそるおそる訊ねる。
 どうかただの思い過ごしであってくれ。ただの考えすぎだと、三峰先輩に――魁無に、笑い飛ばしてほしい。
 だが、その滑稽な心は簡単に砕かれた。
「ミツミネ……? って、だれ……?」
 その言葉を耳にした瞬間、僕の目の前が真っ暗になった。教室のざわめきも、先輩たちの和気あいあいとした姿も、遠い国のできごとのように思えて、僕だけが現実に飛び残された気がした。
「う、うそ……」
 ふらふらと教室に踏み入ろうとして、予鈴が鳴った。
「ほら、浪川くん。教室に戻りなさい」
 先輩に促されて、一年教室へ戻された。
(何がどうなってんだ……魁無はどこに……? いや、これも魁無のいたずら……?)
 そうであればいいのに。
 一年教室の真ん中に、ぽつんと置かれた無人の席。
 クラスメートたちの賑やかな談笑も、どこか遠くのざわめきになる。
 抜け殻のように席に着くと、教室がしんと静まり返った。
 ガラリと扉が開き、松前先生先生がやってくる。
「おはようございます。今日はお知らせがあります」
 先生が廊下の方に目くばせする。廊下で待機していたであろう男子生徒が、控えめな足取りで入ってきた。
 生徒の顔を目にした瞬間、僕は初めて、自分の目の真実性を疑った。
「お久しぶりです。竹岡翼です」
 にこやかに微笑み、ぺこっと頭を下げたのは――竹岡翼ではなく、三峰魁だった。