*
僕の頬に、冷たい雫がぽたっと落ちた。
先輩の輪郭が、歪むことなく、一本の線にはっきりした。
――僕はやっぱり、間違っていたのだろう。
三峰魁は、学校に蔓延る蝶と蜘蛛の噂を調べに来た魔法使いで、誰にでも変身できるすごいひとで。
学校にうまくとけこむために、王子様の仮面もかぶれる優秀なひとで。
そのくせ、自分がなんなのか、そんなこともわからないくらい危なっかしいひとで。
僕のファーストキスを簡単に奪って、従わせて、友達を見捨てさせるようなひどいひとで。
今は、僕とおなじ、16歳の少年だ。
いくつもの顔を持っているけど、それは彼が息をしやすいために必死になって手に入れたものでしかない。
今、僕を組み敷いて、自分勝手なことを言って、涙を流している姿が、「彼」の本当の姿なのだ。
その姿は、目で見抜こうとしなくても、わかる。
僕に喜んでもらいたいくせに、自分自身の姿で行動できない臆病者なんだ。
居丈高に振る舞って強がっているくせに、僕に拒絶されたらすらすら喋ることもできないんだ。
「……三峰先輩」
僕は、先輩の頬へ触れた。ぽろぽろこぼれる涙を、指で拭ってみる。
「話してくれて、ありがとう」
「……え」
「先輩が、なんでいきなり姉になったのか、ぜんぜんわかんなくて……話してくれて、やっとわかったから」
落ち着かせるように、先輩を抱き寄せる。体格は、僕と同じくらいなのぜんぜん気づかなかった。
「おれに感謝してたってのがわかったから……その感謝の気持ちは、先輩自身の姿で伝えてもらえたらうれしい」
「でも……きみは、ぼくが」
「嫌いじゃないですよ。嫌いだったけど、今は……ちょっと好きかも」
これは嘘じゃない。
「先輩、ばかだよ。誰かに喜んでもらいたかったら、自分自身の姿で、その人の喜ぶことをすればいいんだから」
「……僕はばかじゃない」
「ばかですよ、先輩は」
先輩の背中を撫でる。
「おれは、ありがとうって言ってもらえたら、それだけでうれしい。先輩が夏菜姉ちゃんでなくてもいいんです。先輩のこと、もう嫌いじゃないから……王子様でもなんでもない三峰魁先輩として、ありがとうって言ってくれれば、おれは充分」
先輩から手を離す。少しぽかんとしてる先輩が、まっすぐ僕を見て、「ありがとう」と消え入りそうな声で話してくれた。
「……ん。いま、すっごいうれしい」
僕は微笑みかけた。泣いていた先輩が、微笑み返してくれる。
「よかった……」
ほっと胸をなで下ろした先輩は、僕の背中に腕を絡めて離さない。蜘蛛の糸でぐるぐる巻きにされるような居心地の悪さはなく、彼自身が確かに抱きしめてくれている感覚がして、僕の方が温かくなった。
「先輩……提案なんですけど」
「うん……?」
「部屋……掃除したいっす」
僕の頬に、冷たい雫がぽたっと落ちた。
先輩の輪郭が、歪むことなく、一本の線にはっきりした。
――僕はやっぱり、間違っていたのだろう。
三峰魁は、学校に蔓延る蝶と蜘蛛の噂を調べに来た魔法使いで、誰にでも変身できるすごいひとで。
学校にうまくとけこむために、王子様の仮面もかぶれる優秀なひとで。
そのくせ、自分がなんなのか、そんなこともわからないくらい危なっかしいひとで。
僕のファーストキスを簡単に奪って、従わせて、友達を見捨てさせるようなひどいひとで。
今は、僕とおなじ、16歳の少年だ。
いくつもの顔を持っているけど、それは彼が息をしやすいために必死になって手に入れたものでしかない。
今、僕を組み敷いて、自分勝手なことを言って、涙を流している姿が、「彼」の本当の姿なのだ。
その姿は、目で見抜こうとしなくても、わかる。
僕に喜んでもらいたいくせに、自分自身の姿で行動できない臆病者なんだ。
居丈高に振る舞って強がっているくせに、僕に拒絶されたらすらすら喋ることもできないんだ。
「……三峰先輩」
僕は、先輩の頬へ触れた。ぽろぽろこぼれる涙を、指で拭ってみる。
「話してくれて、ありがとう」
「……え」
「先輩が、なんでいきなり姉になったのか、ぜんぜんわかんなくて……話してくれて、やっとわかったから」
落ち着かせるように、先輩を抱き寄せる。体格は、僕と同じくらいなのぜんぜん気づかなかった。
「おれに感謝してたってのがわかったから……その感謝の気持ちは、先輩自身の姿で伝えてもらえたらうれしい」
「でも……きみは、ぼくが」
「嫌いじゃないですよ。嫌いだったけど、今は……ちょっと好きかも」
これは嘘じゃない。
「先輩、ばかだよ。誰かに喜んでもらいたかったら、自分自身の姿で、その人の喜ぶことをすればいいんだから」
「……僕はばかじゃない」
「ばかですよ、先輩は」
先輩の背中を撫でる。
「おれは、ありがとうって言ってもらえたら、それだけでうれしい。先輩が夏菜姉ちゃんでなくてもいいんです。先輩のこと、もう嫌いじゃないから……王子様でもなんでもない三峰魁先輩として、ありがとうって言ってくれれば、おれは充分」
先輩から手を離す。少しぽかんとしてる先輩が、まっすぐ僕を見て、「ありがとう」と消え入りそうな声で話してくれた。
「……ん。いま、すっごいうれしい」
僕は微笑みかけた。泣いていた先輩が、微笑み返してくれる。
「よかった……」
ほっと胸をなで下ろした先輩は、僕の背中に腕を絡めて離さない。蜘蛛の糸でぐるぐる巻きにされるような居心地の悪さはなく、彼自身が確かに抱きしめてくれている感覚がして、僕の方が温かくなった。
「先輩……提案なんですけど」
「うん……?」
「部屋……掃除したいっす」
