カイナのことは、ミカにしか見抜けない

 昼休み。僕は先輩にメッセージを打つ。
『具合はどうですか? 何か持ってきましょうか?』
『良くなった。コーヒー牛乳がいい』
『買ってきますね』
 僕は寮に戻る途中、自販機でコーヒー牛乳を二つ買った。
 寮へと戻る足取りはどこか軽い。先輩の魔法によるものなのだろうか?
 なんだか、先輩に会うのを楽しみにしてしまう自分がいる。何でだろう。
 考え事をしながら歩いてたら、もう部屋に着いちゃった。
「三峰先輩、おれです」
 ノックして、そっと扉を開く。
 目の前に、“三峰先輩”が立っている。
 ――いや、ちがう。
 くるりと振り向いたその人は。
「おかえり、愁」
 その声は、その笑顔は。
「夏菜……姉、ちゃ……?」
「授業、お疲れさま。おかげで具合良くなったよ、ありがと」
 僕の時間が止まる。思考が凍って、まばたきもできない。
 いるはずのない姉がその場に立っていて、僕は何も考えられなくなっていた。
「お昼、何食べたい? お米とパンがあるけど、今はどっちの気分?」
 ご飯のリクエストを聞くのも、姉ちゃんらしい言葉だ。
 高校時代のジャージも、お守り代わりのミサンガも、さらさらの長い茶髪も、僕を安心させてくれる明るい笑顔も、全部夏菜姉ちゃんそのものだ。
 でも僕の目には、それが偽物だとわかる。
 その姿は夏菜姉ちゃんで、中身は――三峰魁だ。
「愁? どしたの?」
 僕を覗き込むように首を傾げるしぐさも、姉ちゃんそのものだ。
「具合悪い? 熱があるのかな。おでこかして」
 細くてあかぎれだらけの指が、僕に近づく。
 しぐさも声も、僕を案じる心もすべてがすべて姉だ。
 でも、ちがう。
 僕にとっての姉は、かけがえのない夏菜姉ちゃんだ。
 目の前のこのひとは、ちがう。
「愁、」
「ふざけんな!!」
 僕はその手を、思い切り振り払った。
   *
 僕と先輩の部屋が、しんと静まった。
 目の前の、姉に変身した三峰先輩は、笑顔をひきつらせ、やがて驚愕に表情を染める。
 振り払われた手を動かさず、ただじっと、僕を見つめている。
 三峰先輩が驚いてるの、初めて見たかも。
 見るな。見ないでくれ。
「どうして……?」
 三峰先輩の声で、こぼれた。姉の姿がザザっと歪んで、先輩へと変わる。
「どうして……だって、きみは浪川夏菜を愛しているって……浪川夏菜もまた、きみを大切な弟だと思っているって……記憶に、あったのに、」
 先輩の声は、震えている。
 うわごとのように、言い訳なのか理由なのかを、説明している。
 でも、そんなものを聞ける余裕が、僕にはなかった。
「……どうしてわかんないんだよ」
「きみも姉も、お互いを大切に思ってるから、君は姉が好きだから……僕のことを嫌っているから……。
 僕に感謝されるより、姉に感謝された方が、きっと喜ぶと思って……思って、た、のに、」
 三峰魁から、甘ったるい蜜の香りが漂う。三峰魁の全身が陽炎みたいに歪んで、姉になったり青葉になったり、僕にとって親しい間柄の姿に揺らめく。
 どうしてわかんないんだよ。おれの【目】の価値を理解してるのに、なんで……。
 どうして、は、おれの台詞だ。
 手に握っていたコーヒー牛乳を、握りつぶしそうになる。
「きみの大切な人になれば、きみは喜んでくれるはずだと、おもった、か、ら」
「おれはっ、姉ちゃんの姿だから姉ちゃんが好きなんじゃない!!
 姉ちゃんの心がなきゃ、そんなものは偽物だ!!」
 頭に血が上っている。体中が熱い。冷静にものごとを考えられない。
 目の前の三峰魁を、ちゃんと見られない。
「お前なんかに……! お前なんかに!!
 姉ちゃんの何が分かるんだよ!!!」