翌朝、三峰先輩は静かに眠っていた。身じろぎ一つしないから、もしかしたら息してないんじゃないかって思った。呼吸はしてた。
「行ってきます」
僕は鞄を背負って、部屋を出た。
体調を崩している先輩を、無理矢理学校に通わせるわけにはいかない。今日は、僕ひとりで噂のことを調べなければ。
教室に行くと、いつもと変わらない日常が広がっていた。先生が来るまでのあいだ、青葉と何てことのないおしゃべりをして、羽室に部活の予定表をもらって……。
本当に、何も変わらない。羽室の冗談も、青葉の笑顔も。
この学校が歪にねじ曲げられて、理不尽に化け物に食われているというのに。
拍子抜けするくらい、平和。
「席につきなさい」
入ってきたのは松前先生だ。僕らの担任は標本になったから、その代理としてしばらく松前先生が僕らのクラスのSHRを引き受けてくれた。二年の担任でもあるし、世界史の先生でもあるのに。なんだか申し訳ないな。
「今日は一つお知らせがあります。
竹岡君が、近いうちに戻ってきます」
その言葉を耳にした僕の全身が、あっという間に凍りついた。
竹岡君って、竹岡翼……?
「マジ?」
「先生、いつ!? 近いうちっていつだよ〜!」
「皆でお祝いしないと!」
僕の気持ちとうってかわって、クラス中大盛り上がりだ。
これも、認識阻害の力なのだろうか。いや、三峰先輩の仕組んだことではないのかもしれない。
何が幻で、何が現実なのかわからない。
「しばらく登校できなかったため、授業についていくのも大変です。皆さんもよろしくご協力ください」
先生の目線が、教室真ん中に注がれる。
誰も座っていない机が、ぽつんと置かれていた。
昨日までは、空いた席なんてなかった。
標本にされた生徒の席の分は、夕方には片づけられちゃうから。
「浪川君」
「は、はいっ」
急に呼ばれて、心臓が飛び上がった。松前先生の静かなまなざしが突き刺さる。
「クラスで特に交流の多かったきみの力が、なんとしても必要です。毎日とは言いませんが、ぜひに」
「……は、ぃ」
有無を言わせない力が働いている気がする。
そんなの知らない! と、声高に上げるのを僕は恐れている。
ここで違和感を唱えたら、異物と認定されて排除されてしまうような恐怖が背中にまとわりついてきた。
先生の話もそこそこに、SHRは終わり、授業が始まる。一限目が始まる前、みんな竹岡が戻ってくることについてずっと話していた。僕は会話に参加する気にもなれず、でも青葉を通じて話を聞くしかできない。
「楽しみだよなぁ。体が弱いから、体育のときとかいつも見学だったし」
「うん……」
「クラスで歓迎会するか〜幹事はお前な」
「おれに務まるかな……。竹岡君のお眼鏡にかなうか… …」
「なーにいってんの。しかも竹岡君だなんて。いつも翼って呼んでたじゃん。他人行儀はよくないぞ」
やっぱり、竹岡翼だったか。同姓の別人という可能性もあったけど、このクラスに戻ってくる生徒は竹岡翼で間違いないようだ。同姓同名というのも捨てきれないけど。
「はーい、皆さん席ついてー」
先生がやってきた。僕らは席に戻って、英語の教科書を開いた。
「行ってきます」
僕は鞄を背負って、部屋を出た。
体調を崩している先輩を、無理矢理学校に通わせるわけにはいかない。今日は、僕ひとりで噂のことを調べなければ。
教室に行くと、いつもと変わらない日常が広がっていた。先生が来るまでのあいだ、青葉と何てことのないおしゃべりをして、羽室に部活の予定表をもらって……。
本当に、何も変わらない。羽室の冗談も、青葉の笑顔も。
この学校が歪にねじ曲げられて、理不尽に化け物に食われているというのに。
拍子抜けするくらい、平和。
「席につきなさい」
入ってきたのは松前先生だ。僕らの担任は標本になったから、その代理としてしばらく松前先生が僕らのクラスのSHRを引き受けてくれた。二年の担任でもあるし、世界史の先生でもあるのに。なんだか申し訳ないな。
「今日は一つお知らせがあります。
竹岡君が、近いうちに戻ってきます」
その言葉を耳にした僕の全身が、あっという間に凍りついた。
竹岡君って、竹岡翼……?
「マジ?」
「先生、いつ!? 近いうちっていつだよ〜!」
「皆でお祝いしないと!」
僕の気持ちとうってかわって、クラス中大盛り上がりだ。
これも、認識阻害の力なのだろうか。いや、三峰先輩の仕組んだことではないのかもしれない。
何が幻で、何が現実なのかわからない。
「しばらく登校できなかったため、授業についていくのも大変です。皆さんもよろしくご協力ください」
先生の目線が、教室真ん中に注がれる。
誰も座っていない机が、ぽつんと置かれていた。
昨日までは、空いた席なんてなかった。
標本にされた生徒の席の分は、夕方には片づけられちゃうから。
「浪川君」
「は、はいっ」
急に呼ばれて、心臓が飛び上がった。松前先生の静かなまなざしが突き刺さる。
「クラスで特に交流の多かったきみの力が、なんとしても必要です。毎日とは言いませんが、ぜひに」
「……は、ぃ」
有無を言わせない力が働いている気がする。
そんなの知らない! と、声高に上げるのを僕は恐れている。
ここで違和感を唱えたら、異物と認定されて排除されてしまうような恐怖が背中にまとわりついてきた。
先生の話もそこそこに、SHRは終わり、授業が始まる。一限目が始まる前、みんな竹岡が戻ってくることについてずっと話していた。僕は会話に参加する気にもなれず、でも青葉を通じて話を聞くしかできない。
「楽しみだよなぁ。体が弱いから、体育のときとかいつも見学だったし」
「うん……」
「クラスで歓迎会するか〜幹事はお前な」
「おれに務まるかな……。竹岡君のお眼鏡にかなうか… …」
「なーにいってんの。しかも竹岡君だなんて。いつも翼って呼んでたじゃん。他人行儀はよくないぞ」
やっぱり、竹岡翼だったか。同姓の別人という可能性もあったけど、このクラスに戻ってくる生徒は竹岡翼で間違いないようだ。同姓同名というのも捨てきれないけど。
「はーい、皆さん席ついてー」
先生がやってきた。僕らは席に戻って、英語の教科書を開いた。
