カイナのことは、ミカにしか見抜けない

 旧校舎二階。西階段をのぼってすぐの突き当たり。
 とっておきの部屋――開かずの間は、西日さえ与えられず静かな暗い場所にぽつんと立っている。
 試しにと取っ手に手をかけてみたが、青葉の言ってた通り、鍵がかかってて開かない。
 変身を解いた三峰先輩が、静かに鍵を差し込む。カチリと開くと、こちらに目を向けてきた。もう一度試せと命令している。その命令には逆らえない。
 何かが引っかかって、すんなりではなかったものの、戸を開けた。
 教室から、寒いくらいの冷気が漏れ出してきた。今は六月なのに、この教室だけクリスマスになってるみたいだ。だというのに夏特有の生ぬるさも感じる。寒くて暑い感覚が気持ち悪かった。
 むせ返るような空気と共に、僕は開かずの間の異様な光景を目にしたのだ。
「……っ、なに、これ」
 僕の声は、自分でもわかるくらい震えている。
 真っ暗な部屋なのに、よくわかる。
 辺り一面、細くて薄い蜘蛛の糸だらけで、足の踏み場さえない。
 ギイギイと、何かが軋む音がすると思って見上げてみれば、白い糸にぐるぐる巻きにされた人たちが何人も吊るされている。
 糸の隙間から覗けた顔は、つるりとしたのっぺらぼうだ。みんな、顔がない。
 シューシューと気味の悪い吐息が降ってくる。じっとりと湿って肌にまとわりついてきた。
「……なるほど」
 先輩の低いつぶやきで、恐怖がいくばくか和らいだ。
 糸に全身を縛られたのっぺらぼうへと、あの巨大な蜘蛛が近づいていた。三峰先輩の放った魔法の傷はすっかり癒えている。
 蜘蛛の顔の少年の頬を、のっぺらぼうの顔に押しつける。
 頬と頬をくっつけ合って、親愛を示し合うスキンシップなのだろうか。これが巨大な蜘蛛とのっぺらぼうの人間でなければ、微笑ましく見つめていられたかもしれない。
 竦んだ足も、震える手も動かせなかった。あの異様なスキンシップを目にしたら、体が行動を拒むのだ。
 のっぺらぼうの体から、フィルムのようなものが引き抜かれている。映画のフィルムみたいで、一つ一つに温かな思い出が映っていた。
 そのフィルムは蜘蛛の顔の少年の口へと吸いこまれていき、思い出を吸われた生徒はのっぺらぼうを通り越して木偶の棒へと変化した。
 肌は木みたいにカピカピになって、顔のわずかな凹凸さえない。人間だったはずの生徒は、服を着た人形になり果ててしまった。
 ひとしきり思い出を吸い取った蜘蛛の顔の少年は、反対に頬をつやつやさせている。
 こいつ、人の思い出を食ってるのか……? 人間を白い蝶で誘い込んで、蜘蛛の巣に捕まえて、人形に――さらに言うならミイラになるまで思い出を奪っているっていうのか?
(これが、学校におかしな噂を流した正体だって言うのか……?)
 ずるずると、液体をすすり上げる音が聞こえて、耳が気持ち悪くなる。僕らも捕まったら、あんな風にゆっくりと食われていくのだろう。
 一思いに殺さず、生きたままゆっくりと。
 人形になった生徒が、カタンと軽い音を立てて床に落ちた。重さをまるで感じない。巨大な蜘蛛は落ちた人形に目もくれない。
(助けなきゃ)
 僕の足がようやく一歩踏み出そうとして、肩を強く掴まれた。振り向くと三峰先輩が首を横に振っていた。
「やめろ」