そのロクデモナイことからそらすように、「そういえば、蜘蛛の顔の少年の正体わかりました?」ってごまかしてみた。
「正体にまではたどり着けていない。だが、今回の高尚なご趣味のおかげで、ヒントはもらえた。たどり着くのも時間の問題だ。
そんなことよりも」
「そんなことって!」
「口答えしない」
と、冷たい指先で唇をつつかれる。強い力で押さえつけられたわけじゃないのに、僕の唇は自然と引き結ばれる。
「きみはずいぶん、青葉鷹斗と会話を重ねるのだね」
「……」
「きみがあの生徒と親交を深くしていたのは把握している。でも……彼にこの現実は視えていない。きみの見ている世界を真に理解していない。わかるかい?
きみの苦しみを理解できるのは、僕だけだと」
彼は無遠慮に、僕に両腕を絡ませる。抱きしめているつもりなのだろうが、蜘蛛の糸に絡めとられているのとあまり違わない。僕にとっては。
お香の、焦げつくような香りが強くなる。やんわり引き離そうと先輩の肩を掴むと、彼の輪郭が歪んだ。
名残惜しそうに離れた三峰先輩の輪郭が、ぐらぐらと歪む。意地悪な三峰先輩の、ふわふわした白い髪が、堂上先生の角張った黒髪に変化する。顔も一瞬だけ先生になり、体格さえ先生のものになったが、それは数秒で消えた。堂上先生と、青葉と、御紀先生の姿を言ったりきたりした。
焦げる匂いは強くなるし、何種類もある焦げた香りがごちゃ混ぜになって鼻がおかしくなりそうだ。
輪郭が先輩に固定されて、僕は思わず先輩の頬に手を伸ばした。指先がふれると、氷のように冷たかった。あれだけ多くの顔に変わり続けてた輪郭が、はっきりと三峰魁に固定される。
「先輩……大丈夫ですか」
「何が」
食い気味に言う。
「先輩から、お香の焦げる匂いがしてて、どんどん強くなってる。無理して魔法を使ってないですか?」
「多少は。だが、これくらい乗り越えなくてはね」
先輩の微笑みが、強がりのように映る。
「乗り越える乗り越えないは勝手ですけど、無理ばっかりしたら、倒れちゃうんじゃないですか。そういうの……よくないですよ」
頬に触れていた手が、先輩に囚われた。
「魔法使いの心配よりも、きみはその目で現実を見通しなさい。きみには理解できないだろうが、僕は自分を多少壊してでも自我を固着させなければならない」
三峰先輩の声は、冷え切っていた。そして震えている。
「この程度……そう……自我を……固定させなければ……」
まるでうわごとを繰り返すように呟く。僕にではなく、自分に言い聞かせているみたい。 今の、限られた昼休みの時間だけ、僕は三峰先輩を怖いと思わなくなった。多少の無茶をしてでも、叶えたい願いがあるのはわかる。
そんなに思い詰めるような声を絞り出して、いつもの王子様スマイルも保てなくなって、自分の輪郭さえぐらぐらさせて。
(なんだ……この人は、本当は、怖くないんじゃないか?)
変身もできて、学校全体に魔法をかぶせて、巨大蜘蛛を追い払って、僕の世界ではとうてい考えられないような、強い存在なんだと思ってた。
だからなのだろうか、この人が怖くて、得体が知れなくて、こっちの常識が通じないことに、確かな距離が心にあった。
でも、本当は違うんじゃないだろうか。
三峰魁は、魔法を使えるだけの、ただの16歳の少年なんだ。
僕と同じ。苦しみもするし悲しみもするし、失敗だってする。ただ、その形が僕と違うだけで。
そう思うと、急にこの人が近くなった。
だけど、その感傷もすぐに終わる。
ゴーンゴーンと、荘厳なチャイムが、昼休みの終わりを告げた。
生徒たちのにぎやかな声と足音が、だんだん静かになっていく。
「先輩、戻らないと」
三峰先輩は、僕に絡みついて離れない。
「午後の授業は、休む。きみも休め」
「でも……」
「今日は、このまま……放課になるまで……」
【とっておきの部屋】……開かずの間に行くまで、僕らはくっついて英気を養った。
この時間、世界は僕ら二人だけだった。
「正体にまではたどり着けていない。だが、今回の高尚なご趣味のおかげで、ヒントはもらえた。たどり着くのも時間の問題だ。
そんなことよりも」
「そんなことって!」
「口答えしない」
と、冷たい指先で唇をつつかれる。強い力で押さえつけられたわけじゃないのに、僕の唇は自然と引き結ばれる。
「きみはずいぶん、青葉鷹斗と会話を重ねるのだね」
「……」
「きみがあの生徒と親交を深くしていたのは把握している。でも……彼にこの現実は視えていない。きみの見ている世界を真に理解していない。わかるかい?
きみの苦しみを理解できるのは、僕だけだと」
彼は無遠慮に、僕に両腕を絡ませる。抱きしめているつもりなのだろうが、蜘蛛の糸に絡めとられているのとあまり違わない。僕にとっては。
お香の、焦げつくような香りが強くなる。やんわり引き離そうと先輩の肩を掴むと、彼の輪郭が歪んだ。
名残惜しそうに離れた三峰先輩の輪郭が、ぐらぐらと歪む。意地悪な三峰先輩の、ふわふわした白い髪が、堂上先生の角張った黒髪に変化する。顔も一瞬だけ先生になり、体格さえ先生のものになったが、それは数秒で消えた。堂上先生と、青葉と、御紀先生の姿を言ったりきたりした。
焦げる匂いは強くなるし、何種類もある焦げた香りがごちゃ混ぜになって鼻がおかしくなりそうだ。
輪郭が先輩に固定されて、僕は思わず先輩の頬に手を伸ばした。指先がふれると、氷のように冷たかった。あれだけ多くの顔に変わり続けてた輪郭が、はっきりと三峰魁に固定される。
「先輩……大丈夫ですか」
「何が」
食い気味に言う。
「先輩から、お香の焦げる匂いがしてて、どんどん強くなってる。無理して魔法を使ってないですか?」
「多少は。だが、これくらい乗り越えなくてはね」
先輩の微笑みが、強がりのように映る。
「乗り越える乗り越えないは勝手ですけど、無理ばっかりしたら、倒れちゃうんじゃないですか。そういうの……よくないですよ」
頬に触れていた手が、先輩に囚われた。
「魔法使いの心配よりも、きみはその目で現実を見通しなさい。きみには理解できないだろうが、僕は自分を多少壊してでも自我を固着させなければならない」
三峰先輩の声は、冷え切っていた。そして震えている。
「この程度……そう……自我を……固定させなければ……」
まるでうわごとを繰り返すように呟く。僕にではなく、自分に言い聞かせているみたい。 今の、限られた昼休みの時間だけ、僕は三峰先輩を怖いと思わなくなった。多少の無茶をしてでも、叶えたい願いがあるのはわかる。
そんなに思い詰めるような声を絞り出して、いつもの王子様スマイルも保てなくなって、自分の輪郭さえぐらぐらさせて。
(なんだ……この人は、本当は、怖くないんじゃないか?)
変身もできて、学校全体に魔法をかぶせて、巨大蜘蛛を追い払って、僕の世界ではとうてい考えられないような、強い存在なんだと思ってた。
だからなのだろうか、この人が怖くて、得体が知れなくて、こっちの常識が通じないことに、確かな距離が心にあった。
でも、本当は違うんじゃないだろうか。
三峰魁は、魔法を使えるだけの、ただの16歳の少年なんだ。
僕と同じ。苦しみもするし悲しみもするし、失敗だってする。ただ、その形が僕と違うだけで。
そう思うと、急にこの人が近くなった。
だけど、その感傷もすぐに終わる。
ゴーンゴーンと、荘厳なチャイムが、昼休みの終わりを告げた。
生徒たちのにぎやかな声と足音が、だんだん静かになっていく。
「先輩、戻らないと」
三峰先輩は、僕に絡みついて離れない。
「午後の授業は、休む。きみも休め」
「でも……」
「今日は、このまま……放課になるまで……」
【とっておきの部屋】……開かずの間に行くまで、僕らはくっついて英気を養った。
この時間、世界は僕ら二人だけだった。
