カイナのことは、ミカにしか見抜けない

 学校図書室は、階一つまるまる占めるほどの巨大な空間だ。これは三峰先輩の認識阻害による影響関係なく、最初からこの広さを誇っている。
今は昼休み始まったばかりのころで生徒も昼食に集中している。足を踏み入れた巨大図書室には、僕と三峰先輩を除いてはだれもいなかった。
 一学年一クラスしかないくらい、生徒の数は少ないのに、反比例するように設備は大きい。
天文部のためのプラネタリウムしかり、奥庭の大きな池しかり、部室棟しかり、この図書室しかり。
 図書室には娯楽用の本もあれば、学習用の事典やら図鑑やらもある。それだけでなく、学校で発刊している文集、アルバムなんかも保存されている。
 古いものは職員部屋にしまわれるらしいが、図書委員と教員は司書先生の許可を得れば入れるんだとか。
「図書室には、在校生徒のアルバムが保管されているのだろう? 写真を確認して、【蜘蛛の顔の少年】を見つける」
「まだ、この学校の生徒だと決まったわけじゃなくないですか?」
「それも含めて確認する」
「表に出てるアルバムは見れますけど、過去のはどうするんですか。司書先生いるし、図書委員か先生でもなければ入るのは……」
 僕は言葉を止めた。三峰先輩は僕をアルバムのフロアに連れ込んですぐに踵を返す。かつかつとカウンターの方へ向かうたった十歩の間に、日本史の古市先生に変身した。後ろ姿しかわからないけど、焦げ茶のスーツと、少し長い後ろ髪と、体の中に針金でも入ってるんじゃないかってくらいキビキビした動きはまさに古市先生そのものだ。
「失礼」
 と、司書先生に話しかける動作はよどみがない。職員部屋へ入りたいと話していると、記録帳へ名前を書くようお願いされていた。司書の先生は三峰先輩の変身にまるで気づかない。
(本物の古市先生にバレやしないんだろうか)
 少しの不安が頭をよぎったが、僕の右手がひとりでに、アルバムを一冊取り出す。三峰先輩の魔法がそうさせている。
 考えている暇があるなら、探せと言われているのだろうか。僕はため息をついて、最新のアルバムのページをめくった。
 蜘蛛の顔の少年を見たのは一時間もなかったけれど、あの強烈な出遭いがあるせいか、記憶の中にずいぶんと強くこびりついている。今思い出してみると、あの顔は、おとなしいような寂しいような、何だか奇妙な気持ちがした。あの時は、それどころじゃなかったけど。
 アルバムは、学校行事を撮影した写真でいっぱいだ。入学式に体育祭に、音楽祭に、文化祭に、部活動での練習や大会……。写真に写った生徒たちは、みんなキラキラしてて、見てるこっちが眩しくなるくらい、学校生活を楽しんでいた。
「浪川君」
 僕ははっとして顔を上げる。古市先生に成りすました三峰先輩が、古市先生の仏頂面をこちらに向けている。眼鏡の奥の目の色までそっくりそのまま古市先生なのに、僕は目の前の先生が三峰魁だとわかってしまう。
 三峰先輩からは、お香の焦げたような香りがした。
「もうすぐ昼休みが終わる。早く教室に戻りたまえ」
「え? ……あ、もうこんな時間」
 アルバムの最後のページをめくると同時に、図書室の時計を見上げる。昼休みはあと五分で終了だった。思ったより集中していたらしい。
「先生の頼みに付き合わせて申し訳ない。私はまだ調べ物をしなければならないから、貴方だけで戻るように」
 古市先生の調べものに僕は付き合っていた。ということにしたいらしい。まあ、その方が違和感ないかも。
「昼休み明け五限は、私の日本史だったね。恐縮だが、貴方のクラスは自習と伝えて欲しい」
「へ? いや、でも」
 僕が反論しようとすると、先生は僕の胸ポケットから生徒手帳を取りだして、メモ欄に何かを走り書きした。左手に握ったペンは、黒くつやつやしてて高級感溢れていて、どうにも目を惹かれる。
「貴方の学年は、授業の進みが早い。一日自習でも問題はないだろう」
 と言って、古市先生に変身した三峰先輩が、僕に生徒手帳を返した。
「使い走りのような扱いで申し訳ない。それでは」
 言うと、三峰先輩は再び、職員部屋へ消えていった。僕も教室へと戻る。その道中、生徒手帳を確認した。
『クラスメートと会話しろ。蜘蛛の顔の少年につながる手掛かりを聞きだせ』
 筆跡は、古市先生のものだった。