「巨大な蜘蛛の正体は、魔法使いの眷属か、あるいは魔物の一種だろう」
教室棟の四階をカツカツと歩く三峰先輩のあとを、僕はただついて行く。先輩は僕の歩幅に合わせる気もないようで、こちらを振り向くことは一度もなかった。ただ、僕の左手首を掴んで逃げられないようにしてくる。
行き先は図書室だ。僕らは、蜘蛛に張りついていた【顔】について調べることにした。
「僕の魔法を受けたんだ。傷の治療でしばらくは行動を制限されると考えられる。今のうちに情報集めておくぞ」
「わかりました、わかりましたけど……」
「けど、何か?」
三峰先輩が、ぴたりと止まる。ようやく僕の方を振り向いてくれた。その青紫の目は鋭いオーラを放ってて、僕の心を容赦なく突き刺してくる。
この人が、この学校では【王子様】だなんて呼ばれてるんだって。
(どこが王子様だ。こんな、最低なヤツ)
生徒や先生の前では人当たりの良いさわやか好青年って感じで猫被ってるけど、僕の前でだけはのっぺらぼうで人形みたいに、感情を消して本性をあらわしてくる。こんなひとのどこが王子様だ。
僕は心の声を飲み込んだ。
「手、離してくれませんか」
僕の左手には、鍵で突き刺した傷があった。もう治った。三峰先輩が舐めたから。
でも、ふいに先輩に触れられたり、魔法の声で命令されたりすると、血が流れていたころの痛みがじわじわとよみがえってくる。幻の痛みなのに、皮膚はしっかりと感じ取る。
「きみは僕の近くにいるべきだ。考えなしに危険な場所へ突っ込んで、その貴重な目を失われては困る」
三峰先輩はまた歩き出した。
「べつに、考えなしなわけじゃ……」
「高位の魔法使いでも苦戦するような巨大蜘蛛のテリトリーに身を投じて、餌を奪おうとするに等しい行動をとったのは、考えがあってやったことだと?」
そう言われるとなにも答えられない。でも、考えなしじゃない。
「おれは……青葉を助けたくて……蜘蛛に顔を奪われるなんて、いやだったから」
「随分と青葉鷹斗に肩入れするんだね。彼はきみに命と尊厳を救われた自覚がない。いくらきみが青葉鷹斗を思っていても、その思いは報われない」
「報われるとか報われないとかで、いちいち友達助けることをためらったりしないだろ」
先輩の手が、僕の左手を握りつぶしてくる。骨が折れそう。
先輩は僕の肩を掴み、壁にやんわりたたきつける。のっぺらぼうの表情が、僕の鼻先に迫っていた。
「きみは僕の【目】だ。僕を煩わせないでくれるかな」
僕にまっすぐ突き刺さる声は、王子様でもなんでもない。のっぺらぼうの声。地面に這いずって、僕の足を掴もうとしてくる。
「な、なにも煩わせてないでしょ……」
「僕以外の人間に、必要以上に目を向けるな。きみが僕ではない別の生徒と笑い合っているのを一瞥しただけで魔力に砂嵐が走る」
「……砂嵐?」
「きみが僕に意地の悪い魔法をかけたのだろう。その責任は取ってもらわないと困る」
「おれ何もしてないんですけど!」
悪い魔法もなにも、僕は魔法とかそういうのとはまるっきり無縁だ。先輩に魔法をかけるなんて、できるわけもない。
先輩は一瞬だけ、青紫の目を見開いた。そしてすぐに冷ややかな表情に戻る。
「……話を脱線したことは謝罪する。気を取り直して、図書室だ」
先輩は僕を解放して、再び歩き出す。
左手は、まだ捕まったままだった。
教室棟の四階をカツカツと歩く三峰先輩のあとを、僕はただついて行く。先輩は僕の歩幅に合わせる気もないようで、こちらを振り向くことは一度もなかった。ただ、僕の左手首を掴んで逃げられないようにしてくる。
行き先は図書室だ。僕らは、蜘蛛に張りついていた【顔】について調べることにした。
「僕の魔法を受けたんだ。傷の治療でしばらくは行動を制限されると考えられる。今のうちに情報集めておくぞ」
「わかりました、わかりましたけど……」
「けど、何か?」
三峰先輩が、ぴたりと止まる。ようやく僕の方を振り向いてくれた。その青紫の目は鋭いオーラを放ってて、僕の心を容赦なく突き刺してくる。
この人が、この学校では【王子様】だなんて呼ばれてるんだって。
(どこが王子様だ。こんな、最低なヤツ)
生徒や先生の前では人当たりの良いさわやか好青年って感じで猫被ってるけど、僕の前でだけはのっぺらぼうで人形みたいに、感情を消して本性をあらわしてくる。こんなひとのどこが王子様だ。
僕は心の声を飲み込んだ。
「手、離してくれませんか」
僕の左手には、鍵で突き刺した傷があった。もう治った。三峰先輩が舐めたから。
でも、ふいに先輩に触れられたり、魔法の声で命令されたりすると、血が流れていたころの痛みがじわじわとよみがえってくる。幻の痛みなのに、皮膚はしっかりと感じ取る。
「きみは僕の近くにいるべきだ。考えなしに危険な場所へ突っ込んで、その貴重な目を失われては困る」
三峰先輩はまた歩き出した。
「べつに、考えなしなわけじゃ……」
「高位の魔法使いでも苦戦するような巨大蜘蛛のテリトリーに身を投じて、餌を奪おうとするに等しい行動をとったのは、考えがあってやったことだと?」
そう言われるとなにも答えられない。でも、考えなしじゃない。
「おれは……青葉を助けたくて……蜘蛛に顔を奪われるなんて、いやだったから」
「随分と青葉鷹斗に肩入れするんだね。彼はきみに命と尊厳を救われた自覚がない。いくらきみが青葉鷹斗を思っていても、その思いは報われない」
「報われるとか報われないとかで、いちいち友達助けることをためらったりしないだろ」
先輩の手が、僕の左手を握りつぶしてくる。骨が折れそう。
先輩は僕の肩を掴み、壁にやんわりたたきつける。のっぺらぼうの表情が、僕の鼻先に迫っていた。
「きみは僕の【目】だ。僕を煩わせないでくれるかな」
僕にまっすぐ突き刺さる声は、王子様でもなんでもない。のっぺらぼうの声。地面に這いずって、僕の足を掴もうとしてくる。
「な、なにも煩わせてないでしょ……」
「僕以外の人間に、必要以上に目を向けるな。きみが僕ではない別の生徒と笑い合っているのを一瞥しただけで魔力に砂嵐が走る」
「……砂嵐?」
「きみが僕に意地の悪い魔法をかけたのだろう。その責任は取ってもらわないと困る」
「おれ何もしてないんですけど!」
悪い魔法もなにも、僕は魔法とかそういうのとはまるっきり無縁だ。先輩に魔法をかけるなんて、できるわけもない。
先輩は一瞬だけ、青紫の目を見開いた。そしてすぐに冷ややかな表情に戻る。
「……話を脱線したことは謝罪する。気を取り直して、図書室だ」
先輩は僕を解放して、再び歩き出す。
左手は、まだ捕まったままだった。
