「あなたはだあれ?
わたしはミツミネカイ」
蜘蛛の巣の標本にされた青葉を助けた翌日。アラームのけたたましい音で意識が浮かび上がり、左手のひらの微かな痛みで夢から抜け出す。
三峰先輩の静かな声で、自然と目が開かれた。
先輩は言ってた。
あなたはだあれ? って。
洗面台の鏡に映る自分に向かって、一言呟いていた。
あなたはだあれ?
(そんなの、決まってるじゃないか。あんたは三峰魁で、おれの【先輩】ってことになってて、最低の魔法使い)
*
昼休み、教室の机を向かい合わせて、僕は青葉とお昼を食べていた。
「いやー、まいったわ。二時間目休みに先生に呼び出されてさあ」
青葉は焼きそばパンをちぎり、口に運んだ。飲み込んでからまた言葉を続ける。
「音楽室の掃除してたら寝落ちしてたみたいでさ。今週はフィールドワークで夜遅くまで外出てたし、寝ちゃうのも無理ないんだけどさ」
すらすら喋る青葉の言葉をBGMに、僕は眠気覚まし用のコーヒー牛乳を吸い上げた。
青葉は、自分が標本になっていたことさえ知らない。昨日のSHRで先生が「標本になりました」というお知らせをしていたことも、いつの間にか改ざんされていた。
これは、三峰先輩の認識阻害によるものなのだろうか。それとも――。
「浪川?」
「……っえ」
羽室に肩をたたかれて、僕は我に返った。先生からプリントを配るように言われて、ちょうど職員室から戻ってきたらしい。
「どうしたんだよ、ぼーっとして。青葉の話聞いてた?」
「ああ……ごめん、昨日あんまり寝てなくて」
「大丈夫か? 睡眠は大事だぞ」
と言った青葉が、僕にくるみパンを差し出した。羽室もまた、僕に眠気覚ましのガムを一枚くれる。
「ありがとう、ふたりとも……」
「いいってことよ」
「今度アイスおごれよ」
「覚えててくれたのかよ、青葉」
昨夜の決死の救助で僕が口走ってたけど、青葉はそれを知らない。でも、記憶の深いところには大切にしまわれているんだろうと思えた。
でも、その笑顔が守られた深い事情を知ってるのは、僕の他には、あの最低の魔法使いだけなのだ。
「そりゃ覚えてるよ、浪川。大会で良い成績出せたら祝勝会しようって言ってたじゃん」
「成績がふるわなくても、お疲れ様会くらいいくらでもやろうよ」
他愛ない会話が、今は愛おしい。
だけれど、僕の心の中には、黒い霧が覆われていた。
――旧校舎三階、白銀の蝶を目撃した生徒は、蜘蛛の巣に捕まり顔と記憶を奪われる。
最後は巨大な蜘蛛の餌として、少しずつ体を食いちぎられていく。
いつの間にかこの学校にそんな噂が漂っていた。
おまけにただの噂ではなく事実で、僕の目の前で焼きそばパンをもそもそ食べてる青葉がその餌食になりかけていたのだ。
しかもその噂を、学校は許容しているらしいし、それを恐怖だとも思っていない。
でも僕にとって不気味に思えたのは、蜘蛛の餌食になることではない。
「浪川君」
ちょうど、教室のドアから僕に呼びかけた先輩――三峰魁が、この学校全体に魔法をかけていることの方が、恐ろしかった。
わたしはミツミネカイ」
蜘蛛の巣の標本にされた青葉を助けた翌日。アラームのけたたましい音で意識が浮かび上がり、左手のひらの微かな痛みで夢から抜け出す。
三峰先輩の静かな声で、自然と目が開かれた。
先輩は言ってた。
あなたはだあれ? って。
洗面台の鏡に映る自分に向かって、一言呟いていた。
あなたはだあれ?
(そんなの、決まってるじゃないか。あんたは三峰魁で、おれの【先輩】ってことになってて、最低の魔法使い)
*
昼休み、教室の机を向かい合わせて、僕は青葉とお昼を食べていた。
「いやー、まいったわ。二時間目休みに先生に呼び出されてさあ」
青葉は焼きそばパンをちぎり、口に運んだ。飲み込んでからまた言葉を続ける。
「音楽室の掃除してたら寝落ちしてたみたいでさ。今週はフィールドワークで夜遅くまで外出てたし、寝ちゃうのも無理ないんだけどさ」
すらすら喋る青葉の言葉をBGMに、僕は眠気覚まし用のコーヒー牛乳を吸い上げた。
青葉は、自分が標本になっていたことさえ知らない。昨日のSHRで先生が「標本になりました」というお知らせをしていたことも、いつの間にか改ざんされていた。
これは、三峰先輩の認識阻害によるものなのだろうか。それとも――。
「浪川?」
「……っえ」
羽室に肩をたたかれて、僕は我に返った。先生からプリントを配るように言われて、ちょうど職員室から戻ってきたらしい。
「どうしたんだよ、ぼーっとして。青葉の話聞いてた?」
「ああ……ごめん、昨日あんまり寝てなくて」
「大丈夫か? 睡眠は大事だぞ」
と言った青葉が、僕にくるみパンを差し出した。羽室もまた、僕に眠気覚ましのガムを一枚くれる。
「ありがとう、ふたりとも……」
「いいってことよ」
「今度アイスおごれよ」
「覚えててくれたのかよ、青葉」
昨夜の決死の救助で僕が口走ってたけど、青葉はそれを知らない。でも、記憶の深いところには大切にしまわれているんだろうと思えた。
でも、その笑顔が守られた深い事情を知ってるのは、僕の他には、あの最低の魔法使いだけなのだ。
「そりゃ覚えてるよ、浪川。大会で良い成績出せたら祝勝会しようって言ってたじゃん」
「成績がふるわなくても、お疲れ様会くらいいくらでもやろうよ」
他愛ない会話が、今は愛おしい。
だけれど、僕の心の中には、黒い霧が覆われていた。
――旧校舎三階、白銀の蝶を目撃した生徒は、蜘蛛の巣に捕まり顔と記憶を奪われる。
最後は巨大な蜘蛛の餌として、少しずつ体を食いちぎられていく。
いつの間にかこの学校にそんな噂が漂っていた。
おまけにただの噂ではなく事実で、僕の目の前で焼きそばパンをもそもそ食べてる青葉がその餌食になりかけていたのだ。
しかもその噂を、学校は許容しているらしいし、それを恐怖だとも思っていない。
でも僕にとって不気味に思えたのは、蜘蛛の餌食になることではない。
「浪川君」
ちょうど、教室のドアから僕に呼びかけた先輩――三峰魁が、この学校全体に魔法をかけていることの方が、恐ろしかった。
