カイナのことは、ミカにしか見抜けない

 僕は黙って、キラキラした白い糸をたどる。
 糸はどこまでも続く。細くて今にも切れそうな糸は、やがて少しずつ数を増やしていった。
 枝分かれした白銀の糸は廊下の幅にまで達していたからか、追跡しやすい。糸が広くなるぶん、僕の心臓もうるささを増していく。
 慎重に進んでいると、突き当たりの教室につながっていた。たしか、ここは音楽室だったか。
 戸は白い糸に覆われている。無理やり千切れば開けることはできるだろうが、蜘蛛の糸に触れる不快感のせいで手が止まる。
 ちらりと三峰先輩を伺うと、のっぺらぼうのような笑みで僕に促す。無言の命令を聞いた以上、従う他ない。
 蜘蛛の糸は、ただの蜘蛛の糸。そう言い聞かせて戸に手をかける。糸特有の弾力が指先に伝わって、全身の細胞に気持ち悪さを訴えてくる。
 少し力を入れれば、戸はガタガタと唸りながらも動いてくれた。蜘蛛の巣のバリケードは思ったほど強くない。
「よ、っと……」
 ガタリと開き、音楽室の中に踏み入ろうとしたとき、僕はしばらく立ち尽くした。
「な、に……これ……」
 かろうじて、言葉が絞り出た。
 音楽室全体に白銀の細い糸がびっしりと埋め尽くされている。窓から差し込む星の光が反射して、無数の糸が輝いていた。
 教室の机も椅子も、音楽室のグランドピアノまで、蜘蛛の糸に包まれて天井にゆらゆらと吊るされている。まるで何かのオブジェみたいだ。
 足の裏の糸の感覚が、僕の背中へと伝わっていく。ふわふわで粘着質で、生理的な嫌悪感がこみ上げてくる。
 天井に吊るされているのは、机とかピアノだけじゃなかった。
 三人の生徒たちが、真っ白な糸に巻き付かれていた。
 そして暗闇の中から、巨大な蜘蛛が這い出てきた。情けない悲鳴を上げそうになった瞬間、三峰先輩の「黙っていろ」という命令のおかげで声を出さずに済んだ。
 八本足の爪を鋭く輝かせて、巨大蜘蛛は白い糸の巣を不自由なく歩いている。全身真っ黒でふさふさした毛並みがしっかりと見える。ごちゃごちゃした口のあたりを目にすると、言い表せない気持ち悪さが喉奥に詰まってきた。
 顔部分に、蜘蛛の目はない。代わりに貼り付いているのは、人間の顔だ。
 中学生か高校生くらいか、年齢はわからないが、どこか品のある男の子の顔が、まぶたを下ろして唇も閉じている。眠っている?
 蜘蛛は吊られた男子生徒の顔に近づく。すると、ズルズルとした、飲み物をストローで吸い上げる音が聞こえる。
 目の錯覚かもしれない。蜘蛛が生徒の顔を吸っている気がする。生徒は抵抗もせず手足をだらんとさせてるだけだ。
 映画のフィルムみたいに、いろんなシーンが生徒から蜘蛛へと吸い込まれている。
「記憶を吸収しているのか」
 そばにいる三峰先輩は、驚きも怖がりもしないし、生徒を助けようともしない。ただ蜘蛛の動向を見守り、なるほどと一人で納得している。
(助けるつもりもないのかよ……!)
 腹の底が煮えたぎるような怒りで、拳を握りしめたが、呆然と立ち尽くしている僕も同じようなものだ。
 じゅうじゅうと、最後の一滴まで搾り取った蜘蛛の顔……見知らぬ少年の顔が、ゆったりと豹変する。
 にんまりとした深い笑みは、僕に未知の恐怖を与える。
 ごちそうを食べて満足したような、にまりとした笑みだった。あの少年の顔にとっては、生徒の記憶が大好物なのだろう。
 あんな化物が学校に住み着いているなんて。三峰先輩の言ううわさの根源とやらはあれなのだろうか?
 記憶を吸いつくされた生徒が、蜘蛛の巣からズルリと落ちる。床に背中を打ち付けたその子の顔がのっぺりと失われている。時間差で、ひらひらと紙のような薄い何かが落ちた。にまりと微笑む生徒の顔だ。顔を失うってこういうことかよ!?