____2023年7月22日
何年ぶりに話しただろうか。
家の前で傷だらけの恭汰を助け、手当をした。
数年前、家で二人で遊んでたら
親に急に自分の部屋に閉じ込められ、
気づいたら恭汰は家から居なくなってて、それから会うことを許されなくなった。
最初は俺に本気で勉強させる為の冗談かと思ったのに、
マジで二人きりで会えなくなった。
たった50センチ先に恭汰はいるはずなのに、
何光年も先にいるかのように、俺の中から遠ざかってしまった。
壁一枚隔てた隣の部屋から、恭汰の笑い声や、椅子を引く音、鈍い物音が聞こえる度、俺の心臓はチリチリと焼けるように痛んだ。
関わるなという親の命令は、俺にとって世界の理だった。
でも俺の身体は、あいつが放つわずかな生活音の体温を、飢えた獣みたいに求めていた。
俺ら以外の人間であれば、仲のいい友達が急に転校してしまった感覚だったと思う。
でも俺らは学校に行けば姿は見る訳で、
帰り道で俺の先に恭汰歩いてる時があったり、
コンビニで買い物をしてるのを見かけたり。
【喋れない】って思えば思うほど、
俺は恭汰と話したいし、一緒に居たいって思うようになってた。
親に何か言われ、ヒステリックを起こされたら対処出来ないのが分かってたから、今まで真面目に言うことを聞いていた。
でも流石に怪我人を放置するほど廃れてない。
俺の家にいる恭汰を久々に見て、
俺の目を見て話す恭汰を久々に見た。
俺の背中に乗る恭汰は昔より大きくも小さくも感じた。
体は大きくなってても、恭汰の中にある何かは小さくなって成長してない気がする。
中学に入ってからグレはじめた恭汰は見た目は大人びてるが、今俺の前にいる恭汰は小学生のまま時が止まってる。
俺に大人しく手当てされてる恭汰を可愛いと思ってしまう。
恭汰に触れる俺の手はペンだこだらけで固くなってる、あいつの肌に指先が触れた瞬間指の腹から恭汰の熱が熱く流れ込んできて、脳がしびれた。傷だらけで、泥に塗れて、それでも肌は柔らかくて、白くて、ずっと触れていたい。
____久々に話して、触れたからと言って中々自分でも気持ち悪いとは思った。
でも、この気持ち悪さだけが、俺を『人間』だと思わせてくれる。
幼なじみなのに、友達なのに、目の前にいる恭汰が可愛くて仕方ない。
照れ隠しで俺と恭汰は月と太陽って言ったが、
本心は俺がいないとダメだと思わせたい。
そう願う俺自身が、恭汰という酸素がないと窒息しそうになっていることに、この時の俺は気づかないフリをしていた。
俺は一生こいつを離したくない。
何があっても。
この日から俺は恭汰と距離が開かないように、ルールを設けた。
窓の鍵は常に開けて、カーテンも薄いのにするか、常に横に縛っておく。
昔は持ってなかったスマホで連絡先を交換して、いつでも話せるように。
カーテンが無いだけで俺の部屋からは恭汰がいるのがはっきり分かる。
窓を開ければ会話だってできる。
壁側の窓だから今まで光は当たらなかったのに、
不思議に光が差し込んでる気がする。
____2023年7月27日 21:00
毎週木曜日は両親ともに夜勤。
家には自分しかいない。
塾から帰宅するとダイニングテーブルの上にはラップのかかったハンバーグとサラダ。
部屋の中にはハンバーグソースの匂いが残っている。
レンジで温め一口食べる。
二口、三口と箸を進めるが昔より味を感じない気がする。
子供の頃から何回も食べてる母親のハンバーグ。
同じ味のはずなのに感じない。
年々何を食べても味が薄く感じる。
最低限の時間で食事と入浴をすませ、自室に入り机に今日はどの参考書を解くか並べる。
目を通してもやる気がおきず、
目線を窓に向けると丁度部屋に入ってきた恭汰の影が見えた。
考えるより身体が動いて俺は窓に乗り上げ、自分だけが見えてる橋を渡り恭汰の部屋に入る。
「おぉ、んだよ急にびっくりしたー」
風呂上がりで濡れた髪に肩にタオルをかける恭汰は目を大きくして驚いた。
「丁度見えたから来ちゃった」
「来ちゃった、じゃねぇよ。…てか親は?バレたらやばいんじゃね?」
「今日は夜勤でいないから」
「そっか…なんかする?ゲームとか…」
「そーだなー、恭汰と遊ぶの久しぶりだなー」
久々に気持ちがワクワクして生きてる事を実感する。
「まぁその前に恭汰の髪乾かすか」
「んー?別にそのうち乾くからいいって」
「いいから、ほらドライヤーは?」
恭汰はえー?っといいながら面倒くさそうに洗面所からドライヤーを持ってくる。
「ほら、座って」
俺はベッドに座り、床に座るように手を指す。
「自分でやるからいいって」
「いいから、やらせろって」
俺が折れない事を知ってる恭汰は大人しくコンセントをさし、俺の足の間に座る。
ドライヤーの轟音が、世界から余計な雑音を消し去ってくれる。
俺の手のひらの中で、恭汰の髪の毛が生き物みたいに跳ね、熱を帯びていく。
この瞬間、恭汰は俺の所有物で、俺だけの時間だ。
一秒でも長くこの音が続いてほしい。この温かい風の中に、二人だけで閉じ込められてしまいたい。
____幸せってこういう事なんだ。
「…ほら、乾いたぞ」
消したくないスイッチを切り、静寂が戻るたび、俺は少しだけ絶望した。
「ん、ありがと」
「さぁー何しようかなー!」
「と言っても最近家に居ないこと多かったからゲームもあんまねぇんだよなー」
「んー、…勉強すっか」
「はぁ?お前いつも勉強しかして無いんじゃねぇの??」
「俺のじゃなくて、お前のな」
「俺の?なんで?」
「高校。一緒のとこ行くために」
「んな無理だろ!今更やったっておせーよ」
「誰が教えると思ってんだ、毎週木曜日21:00から!よし、力試しすっか」
はじめて勉強に対してワクワクした。
俺は1度家に帰り、簡単な参考書を取って戻る。
恭汰の実力を知るために、一通り解いてもらい、採点をする。
恭汰が悩んだり閃いたりしながら解いている横顔を見ていると、このまま時間が止まればいいのにと思う。こいつが俺の教える解法で問題を解くたび、恭汰の脳の一部が俺に書き換えられていくようで、たまらなく満たされる。
それから毎週木曜日は恭汰の部屋で勉強を教えた。
俺とは違う塾にも通い始め、本格的に志望校を俺と同じ高校へ合わせた。
薄々気づいていたけど、恭汰はやればできる子。
成績もどんどん上がってきている。
それに比例するかのように、俺は息をするのが上手くなっていく気がする。
テーブルの上に置いてあるご飯も段々美味しいと思えるようになってきた。
関わることはもちろん増えたが、
家の外では変わらず関わらない日々。
地元の学校だから、どこから話が漏れるか分からない。
同じクラスじゃないのも相まって、
学校では一切話さないし、目も合わない。
でもテストの度に廊下に張り出される上位30位の順位表に名前が乗り、段々順位が上がっていくことに誇らしさを感じる。
1位の俺まであと少しだぞ。
中学3年生の2学期中間テストではついに
1位 櫻井玲音
2位 高野恭汰 で名前を並べることができた。
大げさかもしれないが、あの時、順位表に並んだ俺たちの名前は、まるで婚姻届けか何かの誓約書みたいに見えた。
普段は学校でスマホなんて使わないのに、はじめてこの日写真を撮って記録に残した。
はじめて学校で隣になれた記念日。
____2024年3月14日
受験の合格発表の日、流石に知ってる人はいないだろうと思い、高校の最寄りで待ち合わせをして俺らは一緒に結果を見に行った。
オンラインで見ることもできたけど、折角なら一緒に見たい。
「あー!緊張する〜、玲音は絶対受かってるだろ?……俺行けたかなー」
「大丈夫だって、自己採点も問題なかったし、ほら、数字みるぞ」
二人で掲示された紙を端からみて、自分たちの受験番号を探す。
周りにバレないように、こっそり手を繋いで。
「……玲音?……あった!俺受かってる!!!」
「うん、俺も」
二人で目を合わして笑いあった。
「あー、これで一安心だなー、親父にも連絡しなくちゃ」
恭汰は親父さんに電話で結果を伝えている。
俺は業務報告のように、両親にメッセージを送る。
すぐ既読はついたが、帰ってきたのはお疲れ様とかかれたスタンプだけだった。
おめでとうとかじゃなくて、お疲れ様なんだな。
今更期待もしてないが、ニコニコ笑いながら電話する恭汰を少し羨ましいと思ってしまった。
「ごめん玲音、待たせたな」
「ううん、大丈夫」
「……なぁ、この後折角だしどっか行かね?お祝い的な感じで」
おねだりする犬のような瞳の恭汰に吸い込まれ、俺は無言で頷く。
「おっし、どこ行くか〜、カラオケっつても俺歌わないし……ボーリングとかカフェ行くとかでもねぇしな〜」
「……海だろ」
「ん?海?」
「こういう時は海だろ!」
「おぉ、どういう時かは分からんが、海いいな!よし、行くか」
俺らは近場の海、と言ってもピンと来るところがなくて、都内にある臨海公園に向かった。
駅から公園の中を二人で歩いて海まで向かう。
段々潮風が強くなって、 二人で黒い髪をオールバックにしながら歩いていく。
海までかかる大きい橋を二人でゆっくり歩いていく、潮風の匂いに交じりとなりで歩く恭汰の匂い。
「おお、海だ…」
恭汰がつぶやくと大きく風が吹き、海にオレンジの太陽が沈み始めた。
歩きづらい砂浜を二人で蛇行しながら海へ進んでいく。
波打ち際までくると白い波の跡が俺らと海の境界線を作ってくれる。
「なあ恭汰…、俺とずっと一緒で嫌になったりしないか?」
横にいる恭汰を見ず、まっすぐ太陽に向かって話す。
「なんだよ急に、別に嫌じゃねえよ。嫌だったらここまで頑張ってお前と一緒の高校行こうとしねぇし」
「…そっか、無理やりさせてたら悪かったと思って」
「ははっ、今更過ぎるだろ、俺はお前の隣にいつもいるよ。隣に居れない時だって、いつでもいるよ」
恭汰のその言葉は、救いであると同時に、俺をこの世界に縛り付ける呪いでもあった。
波打ち際が、俺たちの足跡を白く塗りつぶしていく。
「恭汰…、ありがとな」
大好き。という言葉は飲み込み、海に流した。
まだ日の入りが早い時期。
太陽が沈み、オレンジ色が深い紫に飲み込まれていく空を見ながら、俺は思った。
もし、この光が完全に消えてしまったら。
その時俺は恭汰を道連れにするだろうか。それとも俺一人で夜の底に落ちるのだろうか。
「玲音、帰ろ」
差し出された恭汰の手は、夕闇の中でも、それだけが発光しているみたいに温かかった。
俺は頷き、恭汰の手を取り、歩いてきた道を走って戻った。
幸せのピークはここだった。
高校に入ると親の期待という重圧は、俺の喉元を真綿で締め付けるように強くなっていった。
どれだけ問題を解いても、どれだけ順位を維持しても、家に戻れば冷めたご飯と「お疲れ様」という冷たい文字が画面に光るだけ。
俺の心は徐々に味覚を失うように、色彩を失っていった。
何年ぶりに話しただろうか。
家の前で傷だらけの恭汰を助け、手当をした。
数年前、家で二人で遊んでたら
親に急に自分の部屋に閉じ込められ、
気づいたら恭汰は家から居なくなってて、それから会うことを許されなくなった。
最初は俺に本気で勉強させる為の冗談かと思ったのに、
マジで二人きりで会えなくなった。
たった50センチ先に恭汰はいるはずなのに、
何光年も先にいるかのように、俺の中から遠ざかってしまった。
壁一枚隔てた隣の部屋から、恭汰の笑い声や、椅子を引く音、鈍い物音が聞こえる度、俺の心臓はチリチリと焼けるように痛んだ。
関わるなという親の命令は、俺にとって世界の理だった。
でも俺の身体は、あいつが放つわずかな生活音の体温を、飢えた獣みたいに求めていた。
俺ら以外の人間であれば、仲のいい友達が急に転校してしまった感覚だったと思う。
でも俺らは学校に行けば姿は見る訳で、
帰り道で俺の先に恭汰歩いてる時があったり、
コンビニで買い物をしてるのを見かけたり。
【喋れない】って思えば思うほど、
俺は恭汰と話したいし、一緒に居たいって思うようになってた。
親に何か言われ、ヒステリックを起こされたら対処出来ないのが分かってたから、今まで真面目に言うことを聞いていた。
でも流石に怪我人を放置するほど廃れてない。
俺の家にいる恭汰を久々に見て、
俺の目を見て話す恭汰を久々に見た。
俺の背中に乗る恭汰は昔より大きくも小さくも感じた。
体は大きくなってても、恭汰の中にある何かは小さくなって成長してない気がする。
中学に入ってからグレはじめた恭汰は見た目は大人びてるが、今俺の前にいる恭汰は小学生のまま時が止まってる。
俺に大人しく手当てされてる恭汰を可愛いと思ってしまう。
恭汰に触れる俺の手はペンだこだらけで固くなってる、あいつの肌に指先が触れた瞬間指の腹から恭汰の熱が熱く流れ込んできて、脳がしびれた。傷だらけで、泥に塗れて、それでも肌は柔らかくて、白くて、ずっと触れていたい。
____久々に話して、触れたからと言って中々自分でも気持ち悪いとは思った。
でも、この気持ち悪さだけが、俺を『人間』だと思わせてくれる。
幼なじみなのに、友達なのに、目の前にいる恭汰が可愛くて仕方ない。
照れ隠しで俺と恭汰は月と太陽って言ったが、
本心は俺がいないとダメだと思わせたい。
そう願う俺自身が、恭汰という酸素がないと窒息しそうになっていることに、この時の俺は気づかないフリをしていた。
俺は一生こいつを離したくない。
何があっても。
この日から俺は恭汰と距離が開かないように、ルールを設けた。
窓の鍵は常に開けて、カーテンも薄いのにするか、常に横に縛っておく。
昔は持ってなかったスマホで連絡先を交換して、いつでも話せるように。
カーテンが無いだけで俺の部屋からは恭汰がいるのがはっきり分かる。
窓を開ければ会話だってできる。
壁側の窓だから今まで光は当たらなかったのに、
不思議に光が差し込んでる気がする。
____2023年7月27日 21:00
毎週木曜日は両親ともに夜勤。
家には自分しかいない。
塾から帰宅するとダイニングテーブルの上にはラップのかかったハンバーグとサラダ。
部屋の中にはハンバーグソースの匂いが残っている。
レンジで温め一口食べる。
二口、三口と箸を進めるが昔より味を感じない気がする。
子供の頃から何回も食べてる母親のハンバーグ。
同じ味のはずなのに感じない。
年々何を食べても味が薄く感じる。
最低限の時間で食事と入浴をすませ、自室に入り机に今日はどの参考書を解くか並べる。
目を通してもやる気がおきず、
目線を窓に向けると丁度部屋に入ってきた恭汰の影が見えた。
考えるより身体が動いて俺は窓に乗り上げ、自分だけが見えてる橋を渡り恭汰の部屋に入る。
「おぉ、んだよ急にびっくりしたー」
風呂上がりで濡れた髪に肩にタオルをかける恭汰は目を大きくして驚いた。
「丁度見えたから来ちゃった」
「来ちゃった、じゃねぇよ。…てか親は?バレたらやばいんじゃね?」
「今日は夜勤でいないから」
「そっか…なんかする?ゲームとか…」
「そーだなー、恭汰と遊ぶの久しぶりだなー」
久々に気持ちがワクワクして生きてる事を実感する。
「まぁその前に恭汰の髪乾かすか」
「んー?別にそのうち乾くからいいって」
「いいから、ほらドライヤーは?」
恭汰はえー?っといいながら面倒くさそうに洗面所からドライヤーを持ってくる。
「ほら、座って」
俺はベッドに座り、床に座るように手を指す。
「自分でやるからいいって」
「いいから、やらせろって」
俺が折れない事を知ってる恭汰は大人しくコンセントをさし、俺の足の間に座る。
ドライヤーの轟音が、世界から余計な雑音を消し去ってくれる。
俺の手のひらの中で、恭汰の髪の毛が生き物みたいに跳ね、熱を帯びていく。
この瞬間、恭汰は俺の所有物で、俺だけの時間だ。
一秒でも長くこの音が続いてほしい。この温かい風の中に、二人だけで閉じ込められてしまいたい。
____幸せってこういう事なんだ。
「…ほら、乾いたぞ」
消したくないスイッチを切り、静寂が戻るたび、俺は少しだけ絶望した。
「ん、ありがと」
「さぁー何しようかなー!」
「と言っても最近家に居ないこと多かったからゲームもあんまねぇんだよなー」
「んー、…勉強すっか」
「はぁ?お前いつも勉強しかして無いんじゃねぇの??」
「俺のじゃなくて、お前のな」
「俺の?なんで?」
「高校。一緒のとこ行くために」
「んな無理だろ!今更やったっておせーよ」
「誰が教えると思ってんだ、毎週木曜日21:00から!よし、力試しすっか」
はじめて勉強に対してワクワクした。
俺は1度家に帰り、簡単な参考書を取って戻る。
恭汰の実力を知るために、一通り解いてもらい、採点をする。
恭汰が悩んだり閃いたりしながら解いている横顔を見ていると、このまま時間が止まればいいのにと思う。こいつが俺の教える解法で問題を解くたび、恭汰の脳の一部が俺に書き換えられていくようで、たまらなく満たされる。
それから毎週木曜日は恭汰の部屋で勉強を教えた。
俺とは違う塾にも通い始め、本格的に志望校を俺と同じ高校へ合わせた。
薄々気づいていたけど、恭汰はやればできる子。
成績もどんどん上がってきている。
それに比例するかのように、俺は息をするのが上手くなっていく気がする。
テーブルの上に置いてあるご飯も段々美味しいと思えるようになってきた。
関わることはもちろん増えたが、
家の外では変わらず関わらない日々。
地元の学校だから、どこから話が漏れるか分からない。
同じクラスじゃないのも相まって、
学校では一切話さないし、目も合わない。
でもテストの度に廊下に張り出される上位30位の順位表に名前が乗り、段々順位が上がっていくことに誇らしさを感じる。
1位の俺まであと少しだぞ。
中学3年生の2学期中間テストではついに
1位 櫻井玲音
2位 高野恭汰 で名前を並べることができた。
大げさかもしれないが、あの時、順位表に並んだ俺たちの名前は、まるで婚姻届けか何かの誓約書みたいに見えた。
普段は学校でスマホなんて使わないのに、はじめてこの日写真を撮って記録に残した。
はじめて学校で隣になれた記念日。
____2024年3月14日
受験の合格発表の日、流石に知ってる人はいないだろうと思い、高校の最寄りで待ち合わせをして俺らは一緒に結果を見に行った。
オンラインで見ることもできたけど、折角なら一緒に見たい。
「あー!緊張する〜、玲音は絶対受かってるだろ?……俺行けたかなー」
「大丈夫だって、自己採点も問題なかったし、ほら、数字みるぞ」
二人で掲示された紙を端からみて、自分たちの受験番号を探す。
周りにバレないように、こっそり手を繋いで。
「……玲音?……あった!俺受かってる!!!」
「うん、俺も」
二人で目を合わして笑いあった。
「あー、これで一安心だなー、親父にも連絡しなくちゃ」
恭汰は親父さんに電話で結果を伝えている。
俺は業務報告のように、両親にメッセージを送る。
すぐ既読はついたが、帰ってきたのはお疲れ様とかかれたスタンプだけだった。
おめでとうとかじゃなくて、お疲れ様なんだな。
今更期待もしてないが、ニコニコ笑いながら電話する恭汰を少し羨ましいと思ってしまった。
「ごめん玲音、待たせたな」
「ううん、大丈夫」
「……なぁ、この後折角だしどっか行かね?お祝い的な感じで」
おねだりする犬のような瞳の恭汰に吸い込まれ、俺は無言で頷く。
「おっし、どこ行くか〜、カラオケっつても俺歌わないし……ボーリングとかカフェ行くとかでもねぇしな〜」
「……海だろ」
「ん?海?」
「こういう時は海だろ!」
「おぉ、どういう時かは分からんが、海いいな!よし、行くか」
俺らは近場の海、と言ってもピンと来るところがなくて、都内にある臨海公園に向かった。
駅から公園の中を二人で歩いて海まで向かう。
段々潮風が強くなって、 二人で黒い髪をオールバックにしながら歩いていく。
海までかかる大きい橋を二人でゆっくり歩いていく、潮風の匂いに交じりとなりで歩く恭汰の匂い。
「おお、海だ…」
恭汰がつぶやくと大きく風が吹き、海にオレンジの太陽が沈み始めた。
歩きづらい砂浜を二人で蛇行しながら海へ進んでいく。
波打ち際までくると白い波の跡が俺らと海の境界線を作ってくれる。
「なあ恭汰…、俺とずっと一緒で嫌になったりしないか?」
横にいる恭汰を見ず、まっすぐ太陽に向かって話す。
「なんだよ急に、別に嫌じゃねえよ。嫌だったらここまで頑張ってお前と一緒の高校行こうとしねぇし」
「…そっか、無理やりさせてたら悪かったと思って」
「ははっ、今更過ぎるだろ、俺はお前の隣にいつもいるよ。隣に居れない時だって、いつでもいるよ」
恭汰のその言葉は、救いであると同時に、俺をこの世界に縛り付ける呪いでもあった。
波打ち際が、俺たちの足跡を白く塗りつぶしていく。
「恭汰…、ありがとな」
大好き。という言葉は飲み込み、海に流した。
まだ日の入りが早い時期。
太陽が沈み、オレンジ色が深い紫に飲み込まれていく空を見ながら、俺は思った。
もし、この光が完全に消えてしまったら。
その時俺は恭汰を道連れにするだろうか。それとも俺一人で夜の底に落ちるのだろうか。
「玲音、帰ろ」
差し出された恭汰の手は、夕闇の中でも、それだけが発光しているみたいに温かかった。
俺は頷き、恭汰の手を取り、歩いてきた道を走って戻った。
幸せのピークはここだった。
高校に入ると親の期待という重圧は、俺の喉元を真綿で締め付けるように強くなっていった。
どれだけ問題を解いても、どれだけ順位を維持しても、家に戻れば冷めたご飯と「お疲れ様」という冷たい文字が画面に光るだけ。
俺の心は徐々に味覚を失うように、色彩を失っていった。
