____2026年6月26日
修学旅行3日目
朝目覚めると玲音も中村も支度済みで、
俺は少し出遅れた。
起こしてくれればいいのに。
先に行っててと声をかけ、俺は急いで支度をして朝御飯の会場へ移動した。
今日は皆バラバラに座って、空いてるとこに座って食べる形式だった。
陸と涼はすでに食べ始めてるようだった、
丁度入口で会った直人と一緒に席に座り、朝御飯を食べる。
昨日同様先生のアナウンスがあり、
皆それぞれ帰りの支度をして、玄関へ移動して行く。
あっという間だった。
最終日は沖縄修学旅行の定番、
ひめゆりの塔行ってから国際通りでお土産買って帰路。
国際通り行くまではクラス行動。
今度は玲音と2人きりで沖縄来たい。
そしたらもっと一緒に居れるもんな。
移動後クラスで列になり、ひめゆりの塔の入口に並ぶ。
授業で聞いた事ある様な歴史の説明を受けつつ、一つ一つ案内される。
正直苦手だ。
昔から死者が集まる場所は苦手。
特に思いの強い人が入ればいるほど、
感情が分からなくなる。
お化け屋敷とかと違う怖さ。
昔広島の原爆ドームに行った時も、途中でパニックになり気を失いかけたことがあった。
また、なったら…。
そんな俺とは真逆のテンションの先生から説明を受ける。
「皆さん、これで最後です。この後は資料館に入ります。しっかり見て勉強して、身につけて帰りましょう!中はそんなに広いわけじゃないので班のメンバーを2分割して進みます。少し時間をあけながら入ってもらって進路に沿って進んでください。私語は最低限!んじゃ前にいる人達からどんどん入りますよー」
流石に陸も大人しくなり、
流れで昨日の部屋割り通りで進んでいく。
玲音と中村と固まり、
順番を待つ。
「高野くん…?顔色悪くない?」
中村が心配そうにこちらを見てくる。
「大丈夫大丈夫!別に怖くねぇし!」
「えっ怖いの?高野くん意外と臆病?」
「ちっ、違ぇよ!大丈夫だって、ほら行くぞ!」
中村とも大分距離縮まってきたし、
このまま玲音と学校でも話せるようになりたいな。
中に入ると空気の密度が明らかに変わった。
一つ、また一つと展示を通り過ぎる度、過去の絶影が肺にまで押し寄せ、息が苦しくなる。
「……っ、は、っ」
展示室の薄暗い照明が、隣を歩く玲音の横顔を照らす。けれど、その輪郭は絶えずノイズのように揺れ、時折、骨の形が透けて見えるような気がした。
生と死の狭間に立ち尽くしているようで、今見てきたものをもう一度目に入れたら俺はここで死んでしまうんじゃないかと、後ろを振り返ることができない。
何区画か分かれているようで、次の展示エリアに移ろうとしたが、体が固まって動けない。
詳細までは分からないがこの先に、白黒の遺影の様な写真が壁にズラっと飾ってある。
全員が俺を見ているかのように、死者の眼差しが俺の体を蝕んでいく。
「あっ……」
聞いた事のない悲鳴が耳の奥の響き、見たことの無いおぞましい光景が脳内にフラッシュバックする。
とてつもなく重い重量に上から押され、足を動かしたくても、足に釘を打たれているかの様に、一切動かない。
一歩踏み出そうとする度に、骨が軋むような痛みを感じる。
生と死。
俺の本能が本物の死を拒み、拒否反応を起こしている。
「…野くん?高野くん?、立ち止まってどうしたの?」
サイレンのような幻聴に混じり、後ろから中村の声がする。
飾られた遺影の一枚と目が合った瞬間、頭の中に鋭い音が響いた。
「……れ…お」
「れお?櫻井の事?」
中村が俺の肩を強く掴み、その感覚が俺を現実に引き留めようとする。
「うっ…俺ダメだぁ…れっ、玲音は!?あいつどこ!!」
溢れ出した涙で視界が歪み、呼吸も落ち着かないまま、中村の肩を両手で掴み玲音が何処にいるか問う。
「なぁ!玲音は!?俺あいつ居ないと歩けない!動けない!死んじゃう!!」
ほぼ逆ギレに近い状態で俺は中村を責めた、
だが中村の顔は妙に青白く、憐れみと恐怖の顔で俺を見つめる。
「高野くん何言ってるの…?櫻井は、もう、居ないよ?」
中村の表情に恐怖を感じる。
「なっ何言ってんだよ!さっきまで後ろにいただろ!玲音が居なきゃ俺動けねぇんだよ!」
両手で力強く中村の肩を揺らすが、一向に前に進めはしない。
「れお!どこ…?……れお?」
「高野くん!落ち着いて!」
何度叫んでも玲音が現れない。
「嘘だ!いるんだろ!」
声を出す度に喉の奥から鉄の味に染まる。
ついに膝の力が抜け、俺はコンクリートの床に崩れ落ち、尻もちをつくように床に座り込んで立ち上がれなくなってしまった。
溢れ出る涙のボヤけた視界の先に、
陽炎の様に揺れている玲音が見えた。
「おい!玲音……!頼む!……こっちに来て!!!」
玲音は薄く透けて見え、何回手を伸ばして掴んでも指の間を通り過ぎてしまう。
玲音と目が合った。
いつもの優しい太陽のような笑顔はそこになく、
はじめて見る冷酷な影のような顔。
「高野くん!俺の顔を見て!!」
中村が俺の前に座り、目線を強制的に合わす。
中村の体が大きな壁となり、俺と玲音は断裂した。
その瞬間俺と玲音の間に大きな黒い影が生まれ、
真っ暗で音もない空間で、月食が起こり俺の意識は無くなった。
光を失った世界、冷たい沈黙と反射ができないただの石になりうる____。
***
【中村side】
____2025年4月7日
桜が散り始めた快晴の入学式。
中学の時常に学年1位だった俺は、高校になっても学年1位は当たり前に取れるだろうと考えてた。
でも入学生代表の挨拶が俺じゃないってことは、絶対に俺より上のやつがいる。
どんなやつか気になってこの日を迎えた。
入学式がはじまり、入学生代表として壇上に上がったのが櫻井玲音だった。
はじめは凄い綺麗な顔をしているやつだなって思った。
俺の周りの勉強してるヤツらは言い方悪くすればモテないガリ勉野郎の集まり。まぁ俺もその部類だが。
こんな奴が頭いいなんて神様は理不尽だと思いながら入学式を終えた。
クラスはさっきの櫻井と一緒、なんなら出席番号も俺の1つ前。席も1つ前。
クラスの席に座り、入学初日特有の全員が探り探りで話している妙な空気に包まれる。
担任が来るはずだが、なかなか来ない。
早く終わらせて家に帰りたい。
そんな事を考えてたら目の前に座る櫻井からくるっとこっちを向いた。
「えーっと俺櫻井、よろしく」
作ったような笑顔で挨拶をされた。
「あっ、俺中村、よろしく」
「中村ね、サクライからナカムラまで一人もいないのウケんな」
「ははっ確かに、このクラス佐藤も鈴木も田中も居ない」
「そんな事あるんだな、…まぁ俺そんな濃く関わるタイプじゃないけど、当たり障り無い程度に仲良くしよう」
自分の事こんなハッキリ言うやつ居るんだ…。
まぁ、付き合い面倒よりサッパリしてそうでいいか。
「おう、俺も結構人と関わるの苦手だし、基本勉強しかして無いから」
「まじ?俺も」
「だって代表で出てたもんね、あれ成績トップって事でしょ?」
「あっ、あれそうなの?なんか俺が通ってた中学とツテでもあるのかと思ってたわ」
「…嫌味かよ」
「違う違う、まじ知らなかったって、てか中村志望大は?俺暁成《ぎょうせい》大学の医学部なんだけど」
「まじ?俺は暁成の理工」
「一緒じゃん!んじゃ俺らは切磋琢磨コンビという事でよろしく」
ある意味意気投合した俺らはすぐ連絡先を交換して、
時間があれば一緒に勉強していた。
高校はじめての中間テストは1位櫻井、2位俺、という予想通りの結果を迎え、櫻井にはお前めっちゃ頭いいじゃんと少し弄られた。
そんな櫻井は周りからみたらクールで真面目な秀才くんだが、俺から見ると結構子供っぽい所もあって、なんで勉強出来るのか謎な程。
意外と社会的な常識が無いというか。
流行りはもちろん、芸能界の話なんて恐らく全く分かってないと思う。
____2025年8月29日
夏休みから同じ進学塾に通い始め、夏期講習を毎日一緒に受けた。
暑くて溶けそうな日も、こいつは涼しい顔で毎日塾に来ては勉強をしていた。
「なぁ、俺が言うのもなんなんだけど、櫻井って高一から詰めすぎじゃない?」
櫻井は俺より取ってる授業数多いし、俺は平日だけだけど、櫻井は土日も毎日通ってる。
多分家でも生活最低限の時間意外勉強していそう。
「そうか?俺でもゲームとか漫画読んだりする時間はあるよ」
「そうなの?」
「まぁ、毎日じゃないけど、週1くらいはそーゆー時間作ってるよ」
「意外だ」
「そっかぁ?そーでもしなきゃ死ぬって、そういうお前は?お前こそ趣味的な時間なさそうだけど」
「家だとあんま勉強しないからなぁ、ずっとTiktokみてるよ」
「はっ?中村が?Tiktok??ウケるんだが」
「俺だってTiktokくらいみるし!」
櫻井はツボに入ったようで、しばらく笑っていて、こいつこんなに笑うんだなと初めて知った。
出会ってから今まで、勉強の話をしている時は、プログラムされたロボットみたいに淀みがないのに、ふとした瞬間に魂が抜けたような顔をする。
涼しい顔立ちで、遠くを見つめ虚無の顔。
勉強する事は大事かも知らないけど、無理はしないでとずっと思ってた。
この時にもっと早く気づいていれば良かったのかもしれない。
____2025年12月22日
結果はセオリー通りの期末テストを終え、一気に冬休みモード。
この時期にもなればクラス内でもグループが明確になり、俺は櫻井と一緒に行動する事が増えた。
丁度期末テスト辺りから櫻井の様子が少しおかしいなと感じていたが、そこまで深く突っ込む間柄ではないので、そのままにしてたけど終業式の後、真剣な趣でお昼ご飯に誘われ、学校からひと駅離れたファミレスに来た。
ランチセットを頼み、ドリンクバーに飲み物を取りに行く。櫻井はあまり来ないのか、なれない手つきでちょっと目をキラキラさせてコーラをコップいっぱいに入れてる。
「ファミレスきたの何年振りだろ!コーラたまにしか飲めないからテンションあがるわ〜」
「…そんな事ある?このご時世に?」
「そんな事あんだよ!」
テンションが高かった櫻井は席に着くとまた真剣な顔をして口を開き始めた。
「中村さぁ…隣のクラスの高野って知ってる…?」
「高野くん…ってちょっと目立ってる人だよね…?」
うちの学校は進学校だから、不真面目といってもちょっと制服を着崩すくらいの部類。
他校の様な喫煙・飲酒とかTHE高校生のヤンキーみたいな人達はいない。
高野くんは言ったら櫻井とは真逆で不真面目のイケメンってイメージ。でも人当たりは良さそうだし悪い人ではない印象。
「そうそう、悪い奴じゃ無いんだけどね、見た目派手だからそう見えがちなんだよ」
「?知り合いなの?」
「んー、中学一緒なんだよね」
「そうだったんだ!…でも話してるとこ見たことないけど…?」
「俺と高野が話してたらみんなびっくりだろ、そんなめちゃくちゃ仲良い訳じゃないし」
「まぁ、二人正反対な気がするし…仲良くしてたらびっくりするかも」
「だろ?……あいつは俺が捨てたものを全部持ってるんだよな。馬鹿だけど、努力してるし…優しいやつだし…」
櫻井は高野くんの話をする時、どことなく悲しい顔をして遠くを見ている。
「…それで、高野くんがどうかしたの?」
「あいつになんかあったらよろしく頼む」
「えっ?どういうこと?」
急によく分からないお願いをされた所で丁度頼んでたハンバーグ定食が届き、櫻井に話をそらされた。
深い意味がありそうなのに、これ以上突っ込まれたくなさそうな雰囲気。
また別の機会に聞こうと考え、この時はこれ以上話を掘り下げなかった。
____2026年2月8日
東京には珍しく雪が降った。
いつもより暗い空から大粒の雪が降り注ぎ、みるみると地面に積もっていく。
今日は外に出れそうにもない。
勉強する気も起きないし、サブスクで久しぶりに映画でも見ようかと考え、おすすめ欄から探していく。
一つ目に止まった作品のあらすじを読むと、
毒親に強制され勉強している青年とヤンキー青年の物語を見つける。
なんか既視感あるな…。と思いつつ何となく気になって再生ボタンを押す。
内容は心身共に疲労しながら勉強に耐えるAくんと、
それを見ながら改心するBくんの恋物語。
男同士の恋愛モノをはじめてみたが、意外とすんなり見れた。
これをみて、櫻井と高野くんが浮かびもしかしたら二人もこういう関係なのかと考える。
話の中で二人の恋仲は二人だけの秘密になっていて、そこを踏まえると現実の二人も同じじゃないかと思ってしまう。
映画の結末はAくんが鬱になり自殺して、Bくんも追いかけるように死んでしまうバットエンド。
途中まで幸せだったのに最後でちょっと胸糞悪くなってしまった。
_____櫻井は大丈夫だよな。
重ねるように考えてしまったが、これはあくまでフィクション。
現実は違う。
でも、もし櫻井がAくんと同じ立場だとしたら、高野くんはBくんになってしまうんだろうか。
なんておかしな事を考えるのはやめて、気分転換に勉強をはじめた。
____2026年3月9日
学年末テストの結果が廊下に提示された。
セオリー通りかと思いきや、
1位には俺の名前。
櫻井の名前は10位以内になかった。
隣で張り出された結果をみる櫻井の顔は、
土偶のような色で生気が全くなかった。
なんて言葉をかけていいかも分からず、周りの雑音と止まった視界の中、櫻井は無言で教室に向かった。
教室に戻り、各個人に成績表が配布され、櫻井は自分の順位の詳細を見たのか、さっきとは違い真っ白になり、今にも何か吐き出しそうな顔をしている。
チャイムがなったあと、そのまま声をかけられずにいると、櫻井から声をかけてきた。
「…俺やばいわ」
「……めずらしいよね…、どうかしたの…?」
「いや…特に何も無いんだけど、家帰れねぇ」
櫻井はテストの紙がシワになるほど、指先が白く強張っていた。
「親か…。うちくる?」
「ははっ、お前ん家言っても解決しねぇわ、ありがとう。自分で何とかする」
無理矢理に笑った顔が脳裏にこびりつく。
それくらい違和感のある笑顔だった。
俺には何もしてやれない。
誰かこいつを支えてくれる人はいないのか。
俺と櫻井は友達でもあるが、ライバルの要素もある。
そのせいか薄い壁がずっとある。
深くは関われない。……ごめん櫻井。
____2026年3月31日
なんとなく気まずいまま春休みになってしまい。
塾で顔を合わしても櫻井はより勉強モードに入ってしまい、声をかけづらくなってしまった。
今日も朝から自習室で勉強している櫻井。
目の下には前までなかった大きなクマがある。
綺麗なイケメンも闇堕ちした主人公のような顔になってしまっている。
流石に声をかけようと思ったが、イヤホンをして世界と遮断しているようだ。
この時、無理にでもイヤホンを外させていれば、あんなことにはならなかったのかもしれない。
俺は何も出来ない。無力だ。
____2026年4月7日
また桜が散り始めた春。
入学式とは違い今日は静かに雨が降っている。
結局春休み中は櫻井とは連絡も取らず、あの日以降塾でも合わなかった。
学校の玄関口に張り出されたクラス表をみる。
……。
何回みても櫻井の名前が無い。
どこをどう見ても無い。
俺は急いで職員室へ行き、一年の時の担任を探し声をかける。
「先生!櫻井の名前がクラス分けに無いんですけど…今日もまだ見かけてないし、どういう事ですか…?」
「えっ…中村くん聞いてないの…?」
「何をです…か?」
「…落ち着いて聞いてね」
先生は神妙な顔で話し始めようとする。
言葉が詰まっているのと、空気が変わったのを感じ、
なんとなく察してしまった自分が嫌だ。
「櫻井くん…亡くなったのよ…」
先生の言葉を聞いた瞬間、俺の頭の中にあった「自転」が止まった。
4月に新しいクラス名簿を見た時、あいつの名前がない空白の行を見て、俺は初めて、あいつが本当に「消えた」ことを理解した。
あいつは、太陽として燃え尽きることを選んだ。
そして、その光を一番近くで浴びていた高野くんという月を、闇の中に置き去りにしたんだ。
耳の奥に蓋をされたように、その後の話が入ってこない。
「中村くん?大丈夫?聞いてる?」
「…あっ…すみません…。びっくりしてしまって…」
「無理ないわよ…急に自殺だなんて…とにかく他の生徒に知られたくないという親御さんの意思があるから貴方だけの心に閉まっておいて。酷かもしれないけど」
自分だけが櫻井の死という黒いインクを飲み込まされたような気分で、ただでさえ雨で暗い部屋がより一層暗くかんじる。
「…わかりました。…ちっちなみに葬儀とかって…」
「明日ご家族のみでされるそうよ、それとなくお墓の場所聞いとくから、分かったら教えるわね」
先生は目が赤くなりながら話してくれた。
本当は俺にも言っては行けないことだったんだろう。
俺はそばにいながら何も出来なかった。
いや、最初からあいつは俺がそばにいるって思ってなかったのかな。
流石に耐えれなくなり、俺は先生に許可を貰いそのまま家に帰った。
悲しい気持ち、悔しい気持ち、色々混じってるけど、俺が悩んでも何も変わらないのは分かってる。
ちゃんと勉強して、大学に行くことが俺なりの弔辞になるかもしれない。
そうスイッチを入れ替えて、俺は自分の回転をはじめた。
____2026年6月26日
目の前で高野くんが壊れた。
前に櫻井が言ってた高野くんをよろしくにはじめて繋がった。
やっぱ櫻井と高野くんは…。
気を失った高野くんを担いで先生の所へ行き、医務室で目が覚めるのを待つ。
ベッドで涙の後を残したまま眠る高野くんの横で、
少し震える自分の手を見つめ握り締める。
この手であの時櫻井のイヤホンを無理矢理にでもとって話していれば…。
俺が二人の間にもっと入っていれば、
何か変わったかもしれない。
俺が櫻井の事をもっと考えてたらこんな事にならなかった。
自分を責めても責めても、何も変わらない。
時計の音だけが白い医務室に響く。
俺に今出来ることは目覚めた高野くんを支える事。
先生に許可をとって俺が目覚めるまで付き添う事になった。
本当は有り得ないんだろうけど、他の生徒達の事もあって先生も皆も先に次の場所へ移動してもらって、医務室には二人だけ残った。
ベッドで涙の跡を残したまま眠る高野くん。
時折、彼が寝言で「玲音、髪乾かして」と呟くのを聞くたび、俺の胸は締め付けられる。
時間が進むのがゆっくりで、今までの事を思い返していた。
4月同じクラスになった高野くんとは話す機会が全然なかった、いつものメンバーと仲良くしてる高野くんはいつも明るくて、どこか大人びてて、でも皆からはいじられてて、憎めない人なんだろうと思ってた。
櫻井に高野くんをよろしくって言われてたけど、
特に変わりなさそうだったからあまり気にしてなかった。
ただ、時折やけに視線を感じ高野くんを見ると、俺の横をずっと見つめて、優しい視線を送っていた。
今考えれば櫻井の事を見ていたんだと思う。
この修学旅行中も高野くんにはずっと櫻井が近くにいたのかもしれない。
そう考えた方が今までの違和感の辻褄が合う。
高野くんは…知らないのかな…。
俺が思っている間柄であれば、
この後俺から告げて良いのだろうか。
一気に肩が重くなる。
でも、ここで逃げたらまた…。
高野くんの指先が、微かに動いた。
俺は大海原に身一つで出るような恐怖を抑え込み、彼が目を開けるのを待った。
これから俺が口にする言葉は、彼を生かすための薬になるのか、それともトドメを刺す毒になるのか。
俺はもう目は逸らさない、自分で動くんだ。
修学旅行3日目
朝目覚めると玲音も中村も支度済みで、
俺は少し出遅れた。
起こしてくれればいいのに。
先に行っててと声をかけ、俺は急いで支度をして朝御飯の会場へ移動した。
今日は皆バラバラに座って、空いてるとこに座って食べる形式だった。
陸と涼はすでに食べ始めてるようだった、
丁度入口で会った直人と一緒に席に座り、朝御飯を食べる。
昨日同様先生のアナウンスがあり、
皆それぞれ帰りの支度をして、玄関へ移動して行く。
あっという間だった。
最終日は沖縄修学旅行の定番、
ひめゆりの塔行ってから国際通りでお土産買って帰路。
国際通り行くまではクラス行動。
今度は玲音と2人きりで沖縄来たい。
そしたらもっと一緒に居れるもんな。
移動後クラスで列になり、ひめゆりの塔の入口に並ぶ。
授業で聞いた事ある様な歴史の説明を受けつつ、一つ一つ案内される。
正直苦手だ。
昔から死者が集まる場所は苦手。
特に思いの強い人が入ればいるほど、
感情が分からなくなる。
お化け屋敷とかと違う怖さ。
昔広島の原爆ドームに行った時も、途中でパニックになり気を失いかけたことがあった。
また、なったら…。
そんな俺とは真逆のテンションの先生から説明を受ける。
「皆さん、これで最後です。この後は資料館に入ります。しっかり見て勉強して、身につけて帰りましょう!中はそんなに広いわけじゃないので班のメンバーを2分割して進みます。少し時間をあけながら入ってもらって進路に沿って進んでください。私語は最低限!んじゃ前にいる人達からどんどん入りますよー」
流石に陸も大人しくなり、
流れで昨日の部屋割り通りで進んでいく。
玲音と中村と固まり、
順番を待つ。
「高野くん…?顔色悪くない?」
中村が心配そうにこちらを見てくる。
「大丈夫大丈夫!別に怖くねぇし!」
「えっ怖いの?高野くん意外と臆病?」
「ちっ、違ぇよ!大丈夫だって、ほら行くぞ!」
中村とも大分距離縮まってきたし、
このまま玲音と学校でも話せるようになりたいな。
中に入ると空気の密度が明らかに変わった。
一つ、また一つと展示を通り過ぎる度、過去の絶影が肺にまで押し寄せ、息が苦しくなる。
「……っ、は、っ」
展示室の薄暗い照明が、隣を歩く玲音の横顔を照らす。けれど、その輪郭は絶えずノイズのように揺れ、時折、骨の形が透けて見えるような気がした。
生と死の狭間に立ち尽くしているようで、今見てきたものをもう一度目に入れたら俺はここで死んでしまうんじゃないかと、後ろを振り返ることができない。
何区画か分かれているようで、次の展示エリアに移ろうとしたが、体が固まって動けない。
詳細までは分からないがこの先に、白黒の遺影の様な写真が壁にズラっと飾ってある。
全員が俺を見ているかのように、死者の眼差しが俺の体を蝕んでいく。
「あっ……」
聞いた事のない悲鳴が耳の奥の響き、見たことの無いおぞましい光景が脳内にフラッシュバックする。
とてつもなく重い重量に上から押され、足を動かしたくても、足に釘を打たれているかの様に、一切動かない。
一歩踏み出そうとする度に、骨が軋むような痛みを感じる。
生と死。
俺の本能が本物の死を拒み、拒否反応を起こしている。
「…野くん?高野くん?、立ち止まってどうしたの?」
サイレンのような幻聴に混じり、後ろから中村の声がする。
飾られた遺影の一枚と目が合った瞬間、頭の中に鋭い音が響いた。
「……れ…お」
「れお?櫻井の事?」
中村が俺の肩を強く掴み、その感覚が俺を現実に引き留めようとする。
「うっ…俺ダメだぁ…れっ、玲音は!?あいつどこ!!」
溢れ出した涙で視界が歪み、呼吸も落ち着かないまま、中村の肩を両手で掴み玲音が何処にいるか問う。
「なぁ!玲音は!?俺あいつ居ないと歩けない!動けない!死んじゃう!!」
ほぼ逆ギレに近い状態で俺は中村を責めた、
だが中村の顔は妙に青白く、憐れみと恐怖の顔で俺を見つめる。
「高野くん何言ってるの…?櫻井は、もう、居ないよ?」
中村の表情に恐怖を感じる。
「なっ何言ってんだよ!さっきまで後ろにいただろ!玲音が居なきゃ俺動けねぇんだよ!」
両手で力強く中村の肩を揺らすが、一向に前に進めはしない。
「れお!どこ…?……れお?」
「高野くん!落ち着いて!」
何度叫んでも玲音が現れない。
「嘘だ!いるんだろ!」
声を出す度に喉の奥から鉄の味に染まる。
ついに膝の力が抜け、俺はコンクリートの床に崩れ落ち、尻もちをつくように床に座り込んで立ち上がれなくなってしまった。
溢れ出る涙のボヤけた視界の先に、
陽炎の様に揺れている玲音が見えた。
「おい!玲音……!頼む!……こっちに来て!!!」
玲音は薄く透けて見え、何回手を伸ばして掴んでも指の間を通り過ぎてしまう。
玲音と目が合った。
いつもの優しい太陽のような笑顔はそこになく、
はじめて見る冷酷な影のような顔。
「高野くん!俺の顔を見て!!」
中村が俺の前に座り、目線を強制的に合わす。
中村の体が大きな壁となり、俺と玲音は断裂した。
その瞬間俺と玲音の間に大きな黒い影が生まれ、
真っ暗で音もない空間で、月食が起こり俺の意識は無くなった。
光を失った世界、冷たい沈黙と反射ができないただの石になりうる____。
***
【中村side】
____2025年4月7日
桜が散り始めた快晴の入学式。
中学の時常に学年1位だった俺は、高校になっても学年1位は当たり前に取れるだろうと考えてた。
でも入学生代表の挨拶が俺じゃないってことは、絶対に俺より上のやつがいる。
どんなやつか気になってこの日を迎えた。
入学式がはじまり、入学生代表として壇上に上がったのが櫻井玲音だった。
はじめは凄い綺麗な顔をしているやつだなって思った。
俺の周りの勉強してるヤツらは言い方悪くすればモテないガリ勉野郎の集まり。まぁ俺もその部類だが。
こんな奴が頭いいなんて神様は理不尽だと思いながら入学式を終えた。
クラスはさっきの櫻井と一緒、なんなら出席番号も俺の1つ前。席も1つ前。
クラスの席に座り、入学初日特有の全員が探り探りで話している妙な空気に包まれる。
担任が来るはずだが、なかなか来ない。
早く終わらせて家に帰りたい。
そんな事を考えてたら目の前に座る櫻井からくるっとこっちを向いた。
「えーっと俺櫻井、よろしく」
作ったような笑顔で挨拶をされた。
「あっ、俺中村、よろしく」
「中村ね、サクライからナカムラまで一人もいないのウケんな」
「ははっ確かに、このクラス佐藤も鈴木も田中も居ない」
「そんな事あるんだな、…まぁ俺そんな濃く関わるタイプじゃないけど、当たり障り無い程度に仲良くしよう」
自分の事こんなハッキリ言うやつ居るんだ…。
まぁ、付き合い面倒よりサッパリしてそうでいいか。
「おう、俺も結構人と関わるの苦手だし、基本勉強しかして無いから」
「まじ?俺も」
「だって代表で出てたもんね、あれ成績トップって事でしょ?」
「あっ、あれそうなの?なんか俺が通ってた中学とツテでもあるのかと思ってたわ」
「…嫌味かよ」
「違う違う、まじ知らなかったって、てか中村志望大は?俺暁成《ぎょうせい》大学の医学部なんだけど」
「まじ?俺は暁成の理工」
「一緒じゃん!んじゃ俺らは切磋琢磨コンビという事でよろしく」
ある意味意気投合した俺らはすぐ連絡先を交換して、
時間があれば一緒に勉強していた。
高校はじめての中間テストは1位櫻井、2位俺、という予想通りの結果を迎え、櫻井にはお前めっちゃ頭いいじゃんと少し弄られた。
そんな櫻井は周りからみたらクールで真面目な秀才くんだが、俺から見ると結構子供っぽい所もあって、なんで勉強出来るのか謎な程。
意外と社会的な常識が無いというか。
流行りはもちろん、芸能界の話なんて恐らく全く分かってないと思う。
____2025年8月29日
夏休みから同じ進学塾に通い始め、夏期講習を毎日一緒に受けた。
暑くて溶けそうな日も、こいつは涼しい顔で毎日塾に来ては勉強をしていた。
「なぁ、俺が言うのもなんなんだけど、櫻井って高一から詰めすぎじゃない?」
櫻井は俺より取ってる授業数多いし、俺は平日だけだけど、櫻井は土日も毎日通ってる。
多分家でも生活最低限の時間意外勉強していそう。
「そうか?俺でもゲームとか漫画読んだりする時間はあるよ」
「そうなの?」
「まぁ、毎日じゃないけど、週1くらいはそーゆー時間作ってるよ」
「意外だ」
「そっかぁ?そーでもしなきゃ死ぬって、そういうお前は?お前こそ趣味的な時間なさそうだけど」
「家だとあんま勉強しないからなぁ、ずっとTiktokみてるよ」
「はっ?中村が?Tiktok??ウケるんだが」
「俺だってTiktokくらいみるし!」
櫻井はツボに入ったようで、しばらく笑っていて、こいつこんなに笑うんだなと初めて知った。
出会ってから今まで、勉強の話をしている時は、プログラムされたロボットみたいに淀みがないのに、ふとした瞬間に魂が抜けたような顔をする。
涼しい顔立ちで、遠くを見つめ虚無の顔。
勉強する事は大事かも知らないけど、無理はしないでとずっと思ってた。
この時にもっと早く気づいていれば良かったのかもしれない。
____2025年12月22日
結果はセオリー通りの期末テストを終え、一気に冬休みモード。
この時期にもなればクラス内でもグループが明確になり、俺は櫻井と一緒に行動する事が増えた。
丁度期末テスト辺りから櫻井の様子が少しおかしいなと感じていたが、そこまで深く突っ込む間柄ではないので、そのままにしてたけど終業式の後、真剣な趣でお昼ご飯に誘われ、学校からひと駅離れたファミレスに来た。
ランチセットを頼み、ドリンクバーに飲み物を取りに行く。櫻井はあまり来ないのか、なれない手つきでちょっと目をキラキラさせてコーラをコップいっぱいに入れてる。
「ファミレスきたの何年振りだろ!コーラたまにしか飲めないからテンションあがるわ〜」
「…そんな事ある?このご時世に?」
「そんな事あんだよ!」
テンションが高かった櫻井は席に着くとまた真剣な顔をして口を開き始めた。
「中村さぁ…隣のクラスの高野って知ってる…?」
「高野くん…ってちょっと目立ってる人だよね…?」
うちの学校は進学校だから、不真面目といってもちょっと制服を着崩すくらいの部類。
他校の様な喫煙・飲酒とかTHE高校生のヤンキーみたいな人達はいない。
高野くんは言ったら櫻井とは真逆で不真面目のイケメンってイメージ。でも人当たりは良さそうだし悪い人ではない印象。
「そうそう、悪い奴じゃ無いんだけどね、見た目派手だからそう見えがちなんだよ」
「?知り合いなの?」
「んー、中学一緒なんだよね」
「そうだったんだ!…でも話してるとこ見たことないけど…?」
「俺と高野が話してたらみんなびっくりだろ、そんなめちゃくちゃ仲良い訳じゃないし」
「まぁ、二人正反対な気がするし…仲良くしてたらびっくりするかも」
「だろ?……あいつは俺が捨てたものを全部持ってるんだよな。馬鹿だけど、努力してるし…優しいやつだし…」
櫻井は高野くんの話をする時、どことなく悲しい顔をして遠くを見ている。
「…それで、高野くんがどうかしたの?」
「あいつになんかあったらよろしく頼む」
「えっ?どういうこと?」
急によく分からないお願いをされた所で丁度頼んでたハンバーグ定食が届き、櫻井に話をそらされた。
深い意味がありそうなのに、これ以上突っ込まれたくなさそうな雰囲気。
また別の機会に聞こうと考え、この時はこれ以上話を掘り下げなかった。
____2026年2月8日
東京には珍しく雪が降った。
いつもより暗い空から大粒の雪が降り注ぎ、みるみると地面に積もっていく。
今日は外に出れそうにもない。
勉強する気も起きないし、サブスクで久しぶりに映画でも見ようかと考え、おすすめ欄から探していく。
一つ目に止まった作品のあらすじを読むと、
毒親に強制され勉強している青年とヤンキー青年の物語を見つける。
なんか既視感あるな…。と思いつつ何となく気になって再生ボタンを押す。
内容は心身共に疲労しながら勉強に耐えるAくんと、
それを見ながら改心するBくんの恋物語。
男同士の恋愛モノをはじめてみたが、意外とすんなり見れた。
これをみて、櫻井と高野くんが浮かびもしかしたら二人もこういう関係なのかと考える。
話の中で二人の恋仲は二人だけの秘密になっていて、そこを踏まえると現実の二人も同じじゃないかと思ってしまう。
映画の結末はAくんが鬱になり自殺して、Bくんも追いかけるように死んでしまうバットエンド。
途中まで幸せだったのに最後でちょっと胸糞悪くなってしまった。
_____櫻井は大丈夫だよな。
重ねるように考えてしまったが、これはあくまでフィクション。
現実は違う。
でも、もし櫻井がAくんと同じ立場だとしたら、高野くんはBくんになってしまうんだろうか。
なんておかしな事を考えるのはやめて、気分転換に勉強をはじめた。
____2026年3月9日
学年末テストの結果が廊下に提示された。
セオリー通りかと思いきや、
1位には俺の名前。
櫻井の名前は10位以内になかった。
隣で張り出された結果をみる櫻井の顔は、
土偶のような色で生気が全くなかった。
なんて言葉をかけていいかも分からず、周りの雑音と止まった視界の中、櫻井は無言で教室に向かった。
教室に戻り、各個人に成績表が配布され、櫻井は自分の順位の詳細を見たのか、さっきとは違い真っ白になり、今にも何か吐き出しそうな顔をしている。
チャイムがなったあと、そのまま声をかけられずにいると、櫻井から声をかけてきた。
「…俺やばいわ」
「……めずらしいよね…、どうかしたの…?」
「いや…特に何も無いんだけど、家帰れねぇ」
櫻井はテストの紙がシワになるほど、指先が白く強張っていた。
「親か…。うちくる?」
「ははっ、お前ん家言っても解決しねぇわ、ありがとう。自分で何とかする」
無理矢理に笑った顔が脳裏にこびりつく。
それくらい違和感のある笑顔だった。
俺には何もしてやれない。
誰かこいつを支えてくれる人はいないのか。
俺と櫻井は友達でもあるが、ライバルの要素もある。
そのせいか薄い壁がずっとある。
深くは関われない。……ごめん櫻井。
____2026年3月31日
なんとなく気まずいまま春休みになってしまい。
塾で顔を合わしても櫻井はより勉強モードに入ってしまい、声をかけづらくなってしまった。
今日も朝から自習室で勉強している櫻井。
目の下には前までなかった大きなクマがある。
綺麗なイケメンも闇堕ちした主人公のような顔になってしまっている。
流石に声をかけようと思ったが、イヤホンをして世界と遮断しているようだ。
この時、無理にでもイヤホンを外させていれば、あんなことにはならなかったのかもしれない。
俺は何も出来ない。無力だ。
____2026年4月7日
また桜が散り始めた春。
入学式とは違い今日は静かに雨が降っている。
結局春休み中は櫻井とは連絡も取らず、あの日以降塾でも合わなかった。
学校の玄関口に張り出されたクラス表をみる。
……。
何回みても櫻井の名前が無い。
どこをどう見ても無い。
俺は急いで職員室へ行き、一年の時の担任を探し声をかける。
「先生!櫻井の名前がクラス分けに無いんですけど…今日もまだ見かけてないし、どういう事ですか…?」
「えっ…中村くん聞いてないの…?」
「何をです…か?」
「…落ち着いて聞いてね」
先生は神妙な顔で話し始めようとする。
言葉が詰まっているのと、空気が変わったのを感じ、
なんとなく察してしまった自分が嫌だ。
「櫻井くん…亡くなったのよ…」
先生の言葉を聞いた瞬間、俺の頭の中にあった「自転」が止まった。
4月に新しいクラス名簿を見た時、あいつの名前がない空白の行を見て、俺は初めて、あいつが本当に「消えた」ことを理解した。
あいつは、太陽として燃え尽きることを選んだ。
そして、その光を一番近くで浴びていた高野くんという月を、闇の中に置き去りにしたんだ。
耳の奥に蓋をされたように、その後の話が入ってこない。
「中村くん?大丈夫?聞いてる?」
「…あっ…すみません…。びっくりしてしまって…」
「無理ないわよ…急に自殺だなんて…とにかく他の生徒に知られたくないという親御さんの意思があるから貴方だけの心に閉まっておいて。酷かもしれないけど」
自分だけが櫻井の死という黒いインクを飲み込まされたような気分で、ただでさえ雨で暗い部屋がより一層暗くかんじる。
「…わかりました。…ちっちなみに葬儀とかって…」
「明日ご家族のみでされるそうよ、それとなくお墓の場所聞いとくから、分かったら教えるわね」
先生は目が赤くなりながら話してくれた。
本当は俺にも言っては行けないことだったんだろう。
俺はそばにいながら何も出来なかった。
いや、最初からあいつは俺がそばにいるって思ってなかったのかな。
流石に耐えれなくなり、俺は先生に許可を貰いそのまま家に帰った。
悲しい気持ち、悔しい気持ち、色々混じってるけど、俺が悩んでも何も変わらないのは分かってる。
ちゃんと勉強して、大学に行くことが俺なりの弔辞になるかもしれない。
そうスイッチを入れ替えて、俺は自分の回転をはじめた。
____2026年6月26日
目の前で高野くんが壊れた。
前に櫻井が言ってた高野くんをよろしくにはじめて繋がった。
やっぱ櫻井と高野くんは…。
気を失った高野くんを担いで先生の所へ行き、医務室で目が覚めるのを待つ。
ベッドで涙の後を残したまま眠る高野くんの横で、
少し震える自分の手を見つめ握り締める。
この手であの時櫻井のイヤホンを無理矢理にでもとって話していれば…。
俺が二人の間にもっと入っていれば、
何か変わったかもしれない。
俺が櫻井の事をもっと考えてたらこんな事にならなかった。
自分を責めても責めても、何も変わらない。
時計の音だけが白い医務室に響く。
俺に今出来ることは目覚めた高野くんを支える事。
先生に許可をとって俺が目覚めるまで付き添う事になった。
本当は有り得ないんだろうけど、他の生徒達の事もあって先生も皆も先に次の場所へ移動してもらって、医務室には二人だけ残った。
ベッドで涙の跡を残したまま眠る高野くん。
時折、彼が寝言で「玲音、髪乾かして」と呟くのを聞くたび、俺の胸は締め付けられる。
時間が進むのがゆっくりで、今までの事を思い返していた。
4月同じクラスになった高野くんとは話す機会が全然なかった、いつものメンバーと仲良くしてる高野くんはいつも明るくて、どこか大人びてて、でも皆からはいじられてて、憎めない人なんだろうと思ってた。
櫻井に高野くんをよろしくって言われてたけど、
特に変わりなさそうだったからあまり気にしてなかった。
ただ、時折やけに視線を感じ高野くんを見ると、俺の横をずっと見つめて、優しい視線を送っていた。
今考えれば櫻井の事を見ていたんだと思う。
この修学旅行中も高野くんにはずっと櫻井が近くにいたのかもしれない。
そう考えた方が今までの違和感の辻褄が合う。
高野くんは…知らないのかな…。
俺が思っている間柄であれば、
この後俺から告げて良いのだろうか。
一気に肩が重くなる。
でも、ここで逃げたらまた…。
高野くんの指先が、微かに動いた。
俺は大海原に身一つで出るような恐怖を抑え込み、彼が目を開けるのを待った。
これから俺が口にする言葉は、彼を生かすための薬になるのか、それともトドメを刺す毒になるのか。
俺はもう目は逸らさない、自分で動くんだ。
