月と太陽

____2026年6月25日
修学旅行2日目
沖縄の朝日が部屋に差し込み、
俺は眩しさで目が覚める。
一緒に寝たはずの玲音はいつの間にか自室に戻ったようで、起きたら一人だった。
身支度を済ませ、朝御飯の会場に行き、皆と合流する前に、先生に回復の報告をした。
俺の姿をみると、「あら、大丈夫そうで良かったわ!」
と朝からいつもの声で言われ、借りた部屋の鍵を返し、皆と合流する。
「おおー!恭汰ー!心配してたぞぉ〜」
陸が朝からでかい声で迎えてくれる。
席こっち!と直人に手招きされ、
4人席に座って皆で朝食バイキング。
玲音はいつも通り中村と二人でいる。
俺、昨日玲音と…。
ご飯を食べながら夜の事を思い出し、
唇に手を触れる。
夢か?熱中症で可笑しくなっていたのか?
感覚が思い出せない。
でも確かに玲音の唇が俺に触れた記憶がある。
「恭汰まだ本調子じゃないの?ぼーっとして」
涼が心配そうな顔して言う。
「ごめんごめん!ちょっと考え事してた、体調はもう全然!」
みんなといる時に考えるのはやめよう。
意識を食事に戻し、皆が食べ終わりそうな時、先生が今日の流れを説明し始めた。
「今日は班で選んだコース毎に別れまーす。ダイビングコースはロビーに、水族館コースは外の駐車場に集まってくださーい!今日泊まるホテルは移動になるので、荷物忘れ物無いように!班長頼みますよー!」
俺らの班は水族館コース。
何故かって?俺がカナヅチだから。
陸は絶対ダイビング!と言い張っていたが、
陸以外は俺に賛成してくれた。
昨日別室だった俺は荷物を全部持ってきてたので、先に駐車場に行き、みんなを待つ。
ゾロゾロと人が集まり、水族館行きのバスに乗り込む。
バスの中は相変わらず皆寝て過ごしている。
通路を挟んで隣に玲音が座ってるが、
なんとなく恥ずかしくて顔を見れない。
目線のやり場に困りスマホに目を向けると1件の通知。
玲音からのメッセージと気づき横を見ると、スマホを指さされる。
「昨日のこと覚えてる?」
俺は首を縦に振る。
それを見た玲音は追いでメッセージを送ってくる。
「何したかも?」
もう一度縦に振る。
「俺の事嫌いになった?」
首を横に振る。
「だって今日目合わないぞ」
俺は横を向き目を合わせる。
「嫌われたかと思ったわ」
俺は「むしろ好きなんだが」と返信する。
顔が赤くなり下を向く玲音を俺は横目で見て、
自分も恥ずかしくなり下を向いた。

水族館に着くとイツメン4人と2人で絶妙な距離を保ち入り口から順に進んでいく。
「水族館って…意外と暗いな」
ボソッと独り言を言ったつもりが直人に聞かれてしまった。
「恭汰暗いとこ無理なの?」
「いや無理じゃないんだけど、なんか光感じてないとダメなタイプで」
「えっ?厨二病?」
真顔でバカにしてくる直人。
その会話を聞いてた陸も間に入ってきて
厨二病弄りがはじまる。
涼が先頭で案内図を見ながら俺らを導いてくれてる。
大きな水槽に泳ぐジンベイザメを見て、
暗さよりこのサメが目の前に現れた方が怖いなと感じ、ちょっと気持ちが和らいだ。
まっそれより怖いのは玲音が居なくなることだけどな。

一通り巡って時間はお昼時、
少し先を歩いてた俺らは、折角だし中のレストランで食べようと結論に至った。
「恭汰さ中村に昼ごはんここでいいか聞いてきてよ、俺ら先行って様子見てくるから」
ほーい、と軽く返事をして、俺は玲音の元へ行く。
「あのさ、昼ごはん折角だし中のレストランで食わない?ってなってるんだけど、どうかな?」
中村が「全然いいよ」と答えてくれた。
「お前はそれでいいの?」
玲音が人前だと話さないことを察し、こっちから聞くと、首を縦に振った。
不思議そうな顔をしている中村が丁寧に
「全然大丈夫!」と念押ししてくれ、
俺らはレストランに向かった。
「恭汰!ここ!」
陸が席の前に立ち手を振ってる。
6人掛けのテーブルにそれぞれ座り、
またビュッフェスタイルの為、各々が食べ物を取りに行く。
「お前バランス悪くね?」
「茶色ばっかじゃん」
「いや、お前もな」
「盛り付け下手かよ」
皆で和気あいあいとしながら自分が食べたいものを取り、席に戻り食べ進めていく。
よく見るとやっぱ中村と玲音って喋んないよな。
俺らといるからか?
でも目も合わせないもんな。
仲がいいと言うより、切磋琢磨し合う的な関係なのかな。
そういえば中村の事、玲音から改まって聞いた事ねぇ。
帰ったら聞いてみるか。
黙々と食べ進め、午後からはショーを見たり、
お土産を買ったりして、俺らは今日泊まるホテルへ移動した。
あっ、また写真撮れなかった…。
陸が撮った写真をグループチャットに上げてくれてる。
基本4人で撮った写真。
1枚レストランで全員で撮った写真があるが、
死角か?影か?で丁度玲音の席が見えない。
あいつ、そんなに影薄かったっけ……。
スマホの画面をピンチアウトしても、そこには食べかけの皿と、誰も座っていない椅子の背もたれが写っているだけだった。
んだよ。ちゃんと確認すれば良かった。
ホテルに着くやいなや、先生から俺たちの班が呼び出され、涼が俺らなんかしたっけって慌ててるが、心当たりは全然無い。
ロビーに俺たちだけ残され、先生が真剣な顔で話し始める。
「皆様に謝らなければならない事があります。」
息を1度飲み込み、先生は続けて話し始めた。
「実はホテルの手違いで、皆の部屋が上手くとれませんでした!!すみません!!3人部屋2つあるので上手く分けてくれないかなぁ!ごめん!よろしく!先生ちょっと主任に呼ばれてるので!あとよろしく!!」
いつも以上に甲高い声で颯爽と去っていく先生。
「おーい、どうすんだよ。恭汰どーする?」
「俺は別になんでもいいけど…、そしたらお前ら3人一緒の部屋行けよ、俺こっち行くから」
隣にたまたまいた中村の肩に手を乗せ、いい?と聞く。
中村と玲音は首を縦に振り、承諾を得られた。
「恭汰いいのか?ごめんって言うのもこいつらに悪いし、てか俺らなんも悪くねーし」
「別に1日誰と泊まろうかなんて気にしねーよ、んじゃ鍵もらってくぜ、荷物置いたら食事場行くわー」
俺は中村と玲音の先頭にたち、
鍵を振りながら部屋へ歩いていく。
いいよ、全然いい!
なんなら本望!
良い奴演じてるかの様だが、本望。
ルンルンで部屋の鍵を開けるとベッドが3つ並んでいた。
俺は1番窓に近い外側を選び荷物を置いた。
「俺ここにするわ!あと好きにしてー」
あれ?玲音が居ない。トイレでもいったのか?
今しかチャンスがないと思い、
俺は入り口側のベッドに荷物を置いている中村に話しかける。
「中村ってさ、あんま話さないけど、俺の事どう思ってる?」
「えっ?」
「いや、突然ごめん、こんな時じゃなきゃ話せないし。普段関わらないからさ、なんか話しずらいとかあるかなーって思って」
「あぁ、ふふっビックリしてごめん。高野くんは話しやすいし、ちょっと天然?なのかなーって思ってた」
「…俺天然なの?」
「天然ってか、不思議に感じる時あるなーって」
「へぇー、それ言われたのははじめてかも」
「あと昔やんちゃしてた噂は聞いたことあるけど、色々気を使ってくれてるし、優しいなって思ってるよ」
「えっその噂何処からだよ」
俺が中学で荒れてた話はごく一部しか知らないはず。
ましてやこの高校に知ってるのは一人しかいない。
「噂は…櫻井から聞いたよ、中学一緒なんでしょ?」
「んだよ、あいつ話してるのかよ。そうそう、俺と玲音は小中一緒でさ、てか幼稚園も生まれた病院も」
「そうなの?そこまでは聞いてなかったけど…」
やべっ、と気づいた時には遅かったけど、
こいつ口硬そうだしまっいっか。
「まぁ特別仲良いって訳じゃないから学校では関わらないけどな、それもあって中村とは話してみたかったんだわ」
「俺も櫻井とは仲がいいと言うより切磋琢磨し合う関係って感じかな。志望校も一緒だったし」
「あいつは親のレールがビタビタに決まってるからなぁ…」
「そうだね、ご両親大分厳しいとは聞いたことある」
「そーえばあいつどこ行ったんだろ」
「……えっ?」
中村が、喉の奥で引き攣ったような声を出す。
その顔からは血の気が引き、指先が微かに震えている。
「まっ時間もねぇし、そろそろ行くか、今話したこと俺らの内緒な!」
中村は何かを言いかけて口を噤み、逃げるように俺の後ろについて歩き出した。彼の歩幅が、時折、俺と距離を置くように不自然に乱れるのを、俺は「緊張してるんだな」としか思わなかった。
玲音に先行ってるぞとメッセージを送り、
夕飯の会場へ向かう。
席に着いた頃玲音から「お腹痛いから先生に言って部屋で先に休んでる」と連絡が来た。
大丈夫か?と返信したが、夕飯を食べ終わる頃になっても既読にならなかった。
俺らの班は入浴時間が早かったため、そのまま大浴場へ移動し、昨日入れなかった皆との入浴。
男子高校生なのでね、悪ノリもありつつ。
皆でテストやばいだの、夏休みどこで遊ぶかだの、塾の夏期講習が忙しいだの、他愛の無い会話をした。
いつもの違うのはそこに中村も参加した事だ。
さっき少し話して距離が縮められた気がして、俺がどんどん話の輪に中村を入れてみた。
「くわー!楽しかったなー風呂」
陸が長い手を伸ばし廊下を歩きながら背伸びをしている。
「なぁ恭汰!消灯まで部屋来いよ〜、ちょっと位遊んでても先生に怒られないだろ」
直人が俺の腕を掴み部屋の方向へ引っ張る。
「しゃーねーな。UNO負けたヤツ、ジュース奢りな」
玲音から返信無いし、多分寝てるんだろう。
俺は中村にすまんと手を合わせ先に部屋に戻ってもらった。
3人組の部屋に入るや否や、
俺は皆に囲まれ、部屋の真ん中で正座させられた。
「おい、恭汰。お前なんで急に中村とあんな仲良くなってんの?」
腕を組んだ陸に問い詰められる。
「いやぁ別に?さっき部屋出ちょっと話しただけだけど」
「にしても距離縮め過ぎじゃない?」
俺と玲音の事少し知ってるやつがいて嬉しい!とは言えない。
「別にー?折角だし仲良くしよーぜって言っただけだよ。もうガキじゃねぇし、大事だろ?」
「うっ…うちの恭汰がこんなに成長するなんて」
涼が手を目に当て泣いたふりをしながら俺を弄ってくる。
「おまっ弄ってんな!」
その後枕投げを初め、はしゃぎにはしゃぎ、
先生にちゃんと怒られた。
消灯時間を優に超えて、俺は自室へ戻る。
部屋に戻ると室内は真っ暗で、
大きな窓から月明かりが差し込んでいる。
入口側ベッドで中村はもう寝ていて、
真ん中のベッドで玲音は布団にくるまってた。
中村におやすみーと声をかけてみると返答が無かったので、ちゃんと寝ていることを確認。
俺は自分のベッド側に行き、
玲音の布団をゆっくり剥ぎ顔を見る。
丸まってる玲音の髪を触り、顔を近づける。
「やめろ」
急に玲音の目が開き、小声でストップがかかった。
「起きてたんかよ…なんでダメ?」
俺も小声で答える。
「起きたら…どうすんの?」
「それは…」
確かにそれはそうだなと思い下を向く。
「まったく…こうしたらいいんじゃない?」
玲音は起き上がり、布団を被り俺の頭も布団で覆う。
シーツの隙間に閉じ込められた熱い空気。けれど、俺の首筋に回された玲音の手だけは、やはり夜の海のように冷え切っていた。
真っ暗の中、俺の首元に玲音の手が周り、強い力で口と口が重なる。
「んっ…」
重なる唇からは、体温を感じない。ただ、玲音が吐き出す空気が、氷のように冷たくて、俺の肺を凍らせていく。
それでもいい。この冷たさが、玲音という存在の証なら。
玲音が動かす口の動きに合わせ、俺も重ねていく。
途中息苦しさを感じ、俺は顔を離し布団から出る。
ベッドとベッドの隙間の地べたに座り、呼吸を整えていると、後ろから弱い力で玲音に抱きしめられる。
「ごめん…やり過ぎた…かも」
玲音が俺の肩に顔を乗せ、耳元で話す。
「ちょ…そこで話さないで」
「えっ?耳弱いの?」
ただでさえ恥ずかしいのに、耳元に玲音の吐息を感じ、耳から火が出そうになる。
「……やめて。玲音体調大丈夫なの?」
「うん、もう大丈夫」
「なら良かった」
「流石に今日は一緒に寝れないなぁ」
玲音は俺の体を優しく撫でながら首元に口を当ててくる。
「ちょ…首もやめて」
「んだよ、どこだったらいいんだよ」
「全部ダメ!」
ちょっと声を張ってしまい、中村が起きていないか覗いてみると、微動だにしない。
「ほら声出ないように抑えといてやるから」
俺の顔を横に向けさせ、口元を玲音に奪われる。
月明かり差し込む静かな部屋の中、リップ音だけが響き渡る。
ふと視界の端に、壁に映る「影」が見えた。
布団を被り、絡み合う俺たちの影。
けれど、そこには俺一人の歪な形をした影だけが、床を這うように伸びていた。
俺は多分ずっとこうしたかった。
出来ないと思ってた現実がいま起きていて、
自然と右側の目から一筋の涙が溢れる。
「お前ほんとすぐ泣くのな」
玲音の大きい手で涙を拭われ、頭をくしゃくしゃに撫でられる。
「今日はこれくらいにしといてやる。早く寝るぞ」
胸がいっぱいで頷く事しかできない俺は、自分のベッドに包まり、目を閉じた。
中々寝付けなくて布団の隙間から窓の外を眺めると、沖縄の空には月の周りに星がたくさん散らばっていた。