____2026年6月23日
ジメッとした空気の日々が続いているが、
今日は雨も降らず、綺麗な月の光が部屋に差し込む。
待ちに待った修学旅行前日。
ご飯を食べ、お風呂に入り、
髪も乾かさないまま、さっきまとめた荷物を確認する。
女子とは違って色々必要ないから、
最低限の着替えと必要なものだけ。
どうせカードゲーム系は陸が持ってくるだろうし、
直人と涼はすぐ寝るだろうし。
玲音と中村とは同じ部屋でもあまり話せないだろーな。
スマホで明日以降の沖縄の天気を見ると、
見事に晴れ続き。梅雨の時期にこれは優秀だ。
ガタっと音がして窓を見ると、玲音がこっちに来る影が見えた。
あれ?今日は火曜日なのに。
そのまま窓を見つめていると、また玲音は下に落ちて行った。
「はっ?」
前回と全く一緒の体制で玲音は落ちた。
急いで下を覗くとまた首が変な方向に曲がって血だらけ。どろりと溢れ出した赤い海が、月光を吸い込んでどす黒い紫に変色していく。鼻を突くのは、生温かい鉄の匂いと、雨上がりの腐った土の匂い。
「……玲音?」
自分の声が、震えて夜の闇に吸い込まれていく。
「大丈夫だよ、恭汰。そこに俺はいないよ」
一瞬、耳元で玲音の声が聞こえた気がした。
いや、流石に2回目は無いだろうと部屋を見渡すと
そこには誰もいない。今回は幻覚じゃない。
警鐘を鳴らす心音が階段を駆け下りる音と合い、
急いで玄関を開け、家と家の隙間を見る。
さっきまで血の海だったそこには何も無く。
夕方に俺が作ったカレーの残り香と、緑の草で埋め尽くされていた。
なんなんだよ、俺は何がしたいんだ。
頭を抱え壁にもたれかかると上からパジャマ姿の玲音が話しかけてきた。
「恭汰ー?めっちゃ音してたけどなんかあったのー?」
「いや…なんでもない」
俺は訳が分からないまま部屋に戻ると玲音が来ていた。
「顔真っ青だぞ?どうしたんだよ」
「いや…その…」
こんなこと話せるわけないだろ。
でも冷や汗は止まらなくて、平然を装う事は出来ない。
「んだよ、俺らは隠し事なしだろ?今日親、研究会で帰ってこないから気にすんな。ほらこっち来いよ」
俺のベッドに座る玲音は横をトントンと手で叩く。
横に座ると、いつもの玲音の匂いと一瞬感じた血の匂いとカレーの匂いが混じる。
俺の肩に玲音は手を回し、何があったんだと問い詰める。
「…最近窓からお前が落ちる幻覚を見る。結構リアルなやつ」
「はっ?」
「窓から落ちて、下でぐちゃぐちゃになって、血だらけになってる玲音を見る」
「…お前そういう癖とかあるの?」
「違うって!妄想とかじゃなくて幻覚!俺もよく分かんねぇよ、俺お前居なくなったらって思うと毎回」
さっきまでの冷や汗が安心の涙に変わり、
不安な感情を玲音にぶつける。
「よく分かんねぇけど、俺は居なくなったりしないから安心しろ。明日からも一緒だろ?」
まだ乾いていない髪を玲音はくしゃくしゃに掻き混ぜる。
「ほらドライヤーは?風邪ひく、乾かしてやるよ」
俺はベッドの下に座り、大人しく玲音に髪を乾かしてもらった。
「恭汰って泣き虫だし怖がりだし心配症だし、俺の事大好きだよな」
「はっ?そんな事ねーし!!」
さっきまで青かった顔が赤に変わり、
違う意味の冷や汗が全身から湧きだしそうになる。
「そんな事あるだろ?お前は俺がいないと何もできないもんな」
「まぁ…全否定は出来ないけど…」
「ははっ、全否定は出来ないんだ」
玲音の指先が俺の頭皮をなぞる。その動きは優しくて、けれど逃げ道を塞ぐように丁寧だ。
「恭汰が壊れるのも、死ぬのも、全部俺の目の前がいい。……いいだろ?」
冗談めかした声なのに、その瞳は笑っていなかった。俺は、その呪いのような言葉に、救われるような心地よさを感じていた。
「ほい!終わったぞ!明日も早いし寝るか」
そう言うと玲音は俺のベッドに入り壁側を占領する。
「えっ?ここで寝るの?」
「別にいいだろ、昔は一緒によく寝てただろ」
「いや、大きさ違うだろ」
俺もベッドに入ると、昔より狭く感じる。
でも昔より玲音の体温と呼吸音が近くで聞こえて、
これも悪くないと思える。
「なぁ恭汰、俺らって友達じゃ無いだろ?…俺らってなに?幼なじみってみんなこんな感じなの?」
「俺らは運命共同体って前に玲音が言ってたぞ、友達でも幼なじみでも無い運命共同体」
「昔の俺厨二病すぎるな」
部屋の電気を薄暗くして、
昔の様にふたりで頭をくっつけて眠りについた。
玲音と体温と、匂いで深い眠りに誘われる。
今日は満月。
月の窓からは最大級の明かりで、俺ら2人を照らし、
朝まで運んでくれた。
____2026年6月24日
太陽が昇り、
2つの窓から朝日が強く差し込む。
玲音の寝息と俺の部屋の匂いの中、
アラームが鳴り響き目が覚める。
体をゆっくり起こし体を伸ばし横を見ると、
眩しそうな顔をするが目覚めない玲音。
朝は相変わらず弱いらしい。
寝ている玲音の目にかかる前髪を横に分ける。
キスしたら怒るのかな…。
そんな気持ち悪い感情を殺しながら俺は玲音を起こす。
「ほら、おきろ!遅刻すんぞ!」
「…んー。」
中々起きない玲音の体を無理やり起こす。
角張った肩に今にも崩れそうな力のなさ。
「起きないとちゅーするぞ」
低めの声で話すと玲音はやっと目を開ける。
「…おはよ。…俺恭汰とならキス出来るよ」
眠そうに目を擦りながら、玲音は俺の唇をじっと見つめた。
鏡を見ているような錯覚に陥る。俺が思っていることは、あいつにも全部筒抜けなんじゃないか。
心を読まれてたみたいで、恥ずかしさが込み上げる。
「なっ、お前何言ってんだよ!」
「……先に言ったのは恭汰でしょ?」
いつもより低いテンションで、体を伸ばしながら話す玲音。
「恭汰は嫌なの?俺とキスするの」
「嫌とか良いとかの話じゃないだろ!俺ら幼なじみだし、男同士だし!」
「幼なじみだってキスするだろ、男同士だってなんでダメなんだよ」
玲音の低い声が、まだ寝ぼけた俺の脳を痺れさせる。あいつは、俺が一番欲しい言葉を、一番欲しいタイミングで、残酷なくらい正確に投げつけてくる。
「うっ…」
ノリで軽く言ったことを後悔。
「そもそも恭汰は俺の事大好きなんだから、キスしたって問題ないだろ?」
その確信に満ちた言葉は、慈悲深い神託のようでもあり、絶対的な支配のようでもあった。
「俺がいつお前の事好きって言ったんだよ!!」
「言わなくても分かるし、好きじゃない、大好きだろ?運命共同体くん」
「だー!もう朝からなんて話してんだよ!ほら家帰って準備しろよ、どうせ一緒には行けないんだから」
恥ずかしさでどうにかなってしまう前に、
玲音を本当に落ちるなよと念押ししながら、そそくさと家に帰す。
一生言えないと思っていた気持ちなのに、冗談でも玲音に呆気なく暴かれてしまった。
どうしよう、今日から3日間どう過ごせばいいんだ。
喜びと一抹の不安を抱えながら、
現実に戻り急いで準備をして、家を出る時に生活力のない親父に一通り説明をする。
「飯は作って冷凍してあるからな、洗濯は最悪まとめてするから洗濯カゴに入れといて、あっあと着替えはソコな!ちゃんと飯食えよ?なんかあったら連絡しろよな!」
弾丸で話す俺に母親かと笑いながらツッコミを入れる親父。
「んじゃ行ってくる!!」
昨日準備した荷物を持って、俺は駆け足で学校へ向かう。
同じ班と言っても6人もいるし、
結局はイツメン4人で動いてて、
玲音達は後ろから着いてくるだけ。
学校へ向かうバスや、羽田に向かうモノレールの中でも、俺の心臓はずっとうるさかった。
移動中の飛行機も通路離れて2人は固まって座ってる。
にしてもあいつらいつも2人でいる割には全然喋らない。
学年1、2位の秀才にもなると会話しないのか?
「おい、恭汰聞いてる?」
「あぁ、陸ごめん、なに?」
「だから、トランプとUNO持ってきたけどお前なんかある?」
「陸が持ってくるだろうと思ったし、どうせあと2人は寝るだろうから何も持ってきてない」
んだよつまんねーと言われ陸はふて寝をはじめた。
直人と涼に関してはアイマスクとネックピロー持参で寝てやがる。こいつら寝るの好きすぎだろ。
部活の合宿の時も自由時間ほとんど睡眠に費やしてた。
ある意味お似合いな二人な気がするが、若者がこれでいいのかとも思う。
俺はスマホを機内モードにして玲音にメッセージを送る。
「今日も一緒に寝れるかな」
朝の話を掘り返すのは恥ずかしいから、
少し違う話をしてみる。
玲音は気づかないのかスマホを見ようとしない、
どうせ周りは寝てるから俺は堂々と玲音に目線を向けて、見つめ続ける。
やっと気づき目が合った玲音にスマホを見せ
見ろ と口を動かす。
文を見た玲音は少し眉間に皺を寄せ返信をしてきた。
「無理だろ」
「旅館だろ?布団隣に出来ないかな」
「別に一緒じゃなくてもいいでしょ」
「俺枕変わると寝れない」
「俺が入れば寝れるの?笑」
「寝れると思う」
「俺はお前のママかよ」
「ママ以上に寝れる気がする」
「んなわけ、まぁ隣になれたら手ぐらい繋いでやるよ、一緒の布団に入ってたら変だろ」
【手ぐらい繋いでやるよ】
ですって。なんなんだよこいつは。
こんなの玲音が他の人にしてたら嫉妬で狂っちまう。
「ありがとう、俺だけにしてね」
「はいはい、恭汰は俺のこと大好きだもんね。安心して、お前以外に手繋ぐ奴なんかいねぇよ」
スマホの画面に並んだその文字が、心臓に杭を打ち込むみたいに深く刺さる。
俺だけの玲音。
窓の外に見える積乱雲の白さが目に痛くて、恥ずかしさを隠すように俺は目を閉じた。
沖縄に着くとカラッとした天気で、東京と違う暑さを感じ、6月といえど強い太陽の日差しに溶けて無くなってしまいそうだ。
空港にクラス毎に並び、先生からこの後の動きと、こまめな水分補給を呼びかけられる。
今日はこの後首里城を見学して旅館へ行くスケジュール。グループと言うよりクラスでの行動。
慣れない暑さに肺の奥まで熱気が入り込み、逃げ場がない。
首里城の真っ赤な門を見上げている間も、俺の視界はずっと揺れていた。
隣を歩く涼や直人の声が遠ざかり、玲音の背中だけが、妙に立体的に、不自然なほど鮮明に見える。
何故か消えてなくなりそうに感じた玲音に手を伸ばそうとしたが、指先は空を斬った。玲音は振り返らず、中村と並んで真っ赤な石畳を歩いていく。その足音が、妙に軽いのが気になった。まるで、地面を蹴っていないような。
俺は正気に戻るように、ペットボトルのお茶を飲み干し、目を擦った。
先生がツアーガイドのようにいつもの甲高い声で説明しつつ、俺らは写真を撮って進んでいく。
少し先を歩く玲音を隠し撮りしたいが、
人が前を通ったり、ピントが上手く合わなくて撮れない。
結局最後まで撮れず、クラスで集合写真を撮って移動のバスに乗り込む。
自分が思ってた以上に沖縄の気温は高く、バスに乗ったあとも汗が止まらないし、身体の中心から発する暑さは収まらない。
バス乗る前に冷たい飲み物を追加で買ってくれば良かった…。
「恭汰大丈夫?汗ヤバくない?」
バスで隣に座る涼が心配して、持ってたハンディファンで風を当ててくれる。
「ありがとう、まじ暑いー。俺も持ってくればよかった」
心配をかけないように、いつも通りの会話で返答する。
「それ持ってて、旅館までちょっと時間かかるだろうから」
バスの冷房を真下に向け、俺は風を感じながらさっき撮った写真を見返してみる。
カメラロールに残ってるのはイツメンで撮った自撮りと風景、あと見切れてる玲音。
ぜーんぶどっか欠けたりしてて綺麗なのが無い。
1枚だけ全身遠目に撮れてるが、足元が写っておらずこれもダメだ。
バスの中でずっと涼んでいたが、旅館に着いたあと俺は強烈な頭痛と吐き気に襲われた。
「恭汰大丈夫かよー、顔ヤバいぞ?先生呼ぶ?」
ロビーのソファに座りながら、心配してくれてる直人に俺は首を縦に動かす。
養護教諭の先生が多分熱中症かなと言い、
ここで休んでてと皆と違う別部屋に案内してくれた。
「夕飯は無理そう…かな?とりあえずこれ経口補水液あるから飲めるだけ飲んで休んでね。お風呂は皆と一緒無理だろうから、このお部屋のシャワー使って大丈夫だし、このまま朝まで寝てて大丈夫だから、何かあったら先生達の携帯に電話してね」
ありがとうございますとお礼を伝え、
先生からもらった経口補水液を飲み込む。
頭がグワングワンして体が重い。
先生が用意してくれた布団に倒れ込み、
目を閉じ全身の力を抜いた。
はじめての感覚だ。
俺はそのまま眠りにつき、どれくらい時間が経ったか分からないが、月の光を感じ目を開けると俺の布団の横には玲音が座ってスマホを見ていた。
「…玲音?」
「おっ目ぇ覚めた?大丈夫か?」
玲音の大きな手が俺の頬に触れる。
外はあんなに暑いのに、玲音の指先だけが、まるで氷のように冷たかった。その冷たさが、熱に浮かされた俺の身体に心地よく浸透していく。
「うん、さっきよりだいぶ良くなった」
ゆっくり体を起こすとまだダルさはあるが、頭痛は無くなり、体の変な暑さも無くなっていた。
「おお、起きて大丈夫か?無理すんなよ」
「ん…大丈夫。……てかなんで玲音ここにいんの?」
「先生に聞いて俺が見てるって言ってきた」
「えっ先生大丈夫なの?」
「だって先生は俺らが家隣なの知ってるし、仲良くなくても家族で関係ある事くらい察してるだろ」
「あっそっか…」
身近に俺らの事少し知ってる人いたじゃん。
もっと早く気づいてれば、なんか変わってたかも知れない。
「てか先生がコンビニで適当に買ってきてくれたやつあるけど…なんか食えそ?」
「なんか食べるけど……他の奴らは?大丈夫?中村とか」
「他の奴らは大丈夫だろ、ほらおにぎりとか、ゼリーとかなんなら食えそ?」
「うーん、全部食べる」
「んだよ、意外に元気じゃん」
「起きたら玲音居たから、回復した」
「はいはい、心配して損しました」
「心配してくれてたの?」
俺はコンビニの袋から一つ一つ取り出し、おにぎりを頬張る。
「まじで心配して損した!熱中症と言えど人が死ぬことだってあるし、このまま起きなかったらどうしようとか考えてたのに…」
珍しく玲音が真面目な顔をして俺の頬に手を当て見つめる。
「恭汰には俺がいないとダメだって思ってたけど、俺にもお前居ないとダメそうだわ」
玲音の瞳の中に、月明かりが宿る。
体の火照りが下がりきっていないのか、
やたら玲音の手が冷たくて、大きくて、このまま玲音に吸い込まれそうになる。
口に入れてたおにぎりを飲み込み、俺も玲音に目を合わす。
「……俺のが玲音に対する愛、強いけど」
「いや、俺のが強いから」
頬にあった玲音の手に強く引き寄せられた。
「恭汰…、俺らはずっと一緒だよな」
首を縦に振ると、首筋に玲音の冷たい吐息がかかった。
あの日、窓の外へ落ちていった玲音も、今こうして俺を抱きしめている玲音も、どちらも本物で、どちらも偽物な気がした。
けれど、この冷たい腕の中にいられるなら、正体なんてどうでもいい。
月の光に照らされて、床に伸びた俺の影は、溶け合うように一つに重なった。
けれど、その重なった影は、どこか足元が浮いているように見えて、俺は無意識に玲音の腕を、もっと強く掴み返した。
ジメッとした空気の日々が続いているが、
今日は雨も降らず、綺麗な月の光が部屋に差し込む。
待ちに待った修学旅行前日。
ご飯を食べ、お風呂に入り、
髪も乾かさないまま、さっきまとめた荷物を確認する。
女子とは違って色々必要ないから、
最低限の着替えと必要なものだけ。
どうせカードゲーム系は陸が持ってくるだろうし、
直人と涼はすぐ寝るだろうし。
玲音と中村とは同じ部屋でもあまり話せないだろーな。
スマホで明日以降の沖縄の天気を見ると、
見事に晴れ続き。梅雨の時期にこれは優秀だ。
ガタっと音がして窓を見ると、玲音がこっちに来る影が見えた。
あれ?今日は火曜日なのに。
そのまま窓を見つめていると、また玲音は下に落ちて行った。
「はっ?」
前回と全く一緒の体制で玲音は落ちた。
急いで下を覗くとまた首が変な方向に曲がって血だらけ。どろりと溢れ出した赤い海が、月光を吸い込んでどす黒い紫に変色していく。鼻を突くのは、生温かい鉄の匂いと、雨上がりの腐った土の匂い。
「……玲音?」
自分の声が、震えて夜の闇に吸い込まれていく。
「大丈夫だよ、恭汰。そこに俺はいないよ」
一瞬、耳元で玲音の声が聞こえた気がした。
いや、流石に2回目は無いだろうと部屋を見渡すと
そこには誰もいない。今回は幻覚じゃない。
警鐘を鳴らす心音が階段を駆け下りる音と合い、
急いで玄関を開け、家と家の隙間を見る。
さっきまで血の海だったそこには何も無く。
夕方に俺が作ったカレーの残り香と、緑の草で埋め尽くされていた。
なんなんだよ、俺は何がしたいんだ。
頭を抱え壁にもたれかかると上からパジャマ姿の玲音が話しかけてきた。
「恭汰ー?めっちゃ音してたけどなんかあったのー?」
「いや…なんでもない」
俺は訳が分からないまま部屋に戻ると玲音が来ていた。
「顔真っ青だぞ?どうしたんだよ」
「いや…その…」
こんなこと話せるわけないだろ。
でも冷や汗は止まらなくて、平然を装う事は出来ない。
「んだよ、俺らは隠し事なしだろ?今日親、研究会で帰ってこないから気にすんな。ほらこっち来いよ」
俺のベッドに座る玲音は横をトントンと手で叩く。
横に座ると、いつもの玲音の匂いと一瞬感じた血の匂いとカレーの匂いが混じる。
俺の肩に玲音は手を回し、何があったんだと問い詰める。
「…最近窓からお前が落ちる幻覚を見る。結構リアルなやつ」
「はっ?」
「窓から落ちて、下でぐちゃぐちゃになって、血だらけになってる玲音を見る」
「…お前そういう癖とかあるの?」
「違うって!妄想とかじゃなくて幻覚!俺もよく分かんねぇよ、俺お前居なくなったらって思うと毎回」
さっきまでの冷や汗が安心の涙に変わり、
不安な感情を玲音にぶつける。
「よく分かんねぇけど、俺は居なくなったりしないから安心しろ。明日からも一緒だろ?」
まだ乾いていない髪を玲音はくしゃくしゃに掻き混ぜる。
「ほらドライヤーは?風邪ひく、乾かしてやるよ」
俺はベッドの下に座り、大人しく玲音に髪を乾かしてもらった。
「恭汰って泣き虫だし怖がりだし心配症だし、俺の事大好きだよな」
「はっ?そんな事ねーし!!」
さっきまで青かった顔が赤に変わり、
違う意味の冷や汗が全身から湧きだしそうになる。
「そんな事あるだろ?お前は俺がいないと何もできないもんな」
「まぁ…全否定は出来ないけど…」
「ははっ、全否定は出来ないんだ」
玲音の指先が俺の頭皮をなぞる。その動きは優しくて、けれど逃げ道を塞ぐように丁寧だ。
「恭汰が壊れるのも、死ぬのも、全部俺の目の前がいい。……いいだろ?」
冗談めかした声なのに、その瞳は笑っていなかった。俺は、その呪いのような言葉に、救われるような心地よさを感じていた。
「ほい!終わったぞ!明日も早いし寝るか」
そう言うと玲音は俺のベッドに入り壁側を占領する。
「えっ?ここで寝るの?」
「別にいいだろ、昔は一緒によく寝てただろ」
「いや、大きさ違うだろ」
俺もベッドに入ると、昔より狭く感じる。
でも昔より玲音の体温と呼吸音が近くで聞こえて、
これも悪くないと思える。
「なぁ恭汰、俺らって友達じゃ無いだろ?…俺らってなに?幼なじみってみんなこんな感じなの?」
「俺らは運命共同体って前に玲音が言ってたぞ、友達でも幼なじみでも無い運命共同体」
「昔の俺厨二病すぎるな」
部屋の電気を薄暗くして、
昔の様にふたりで頭をくっつけて眠りについた。
玲音と体温と、匂いで深い眠りに誘われる。
今日は満月。
月の窓からは最大級の明かりで、俺ら2人を照らし、
朝まで運んでくれた。
____2026年6月24日
太陽が昇り、
2つの窓から朝日が強く差し込む。
玲音の寝息と俺の部屋の匂いの中、
アラームが鳴り響き目が覚める。
体をゆっくり起こし体を伸ばし横を見ると、
眩しそうな顔をするが目覚めない玲音。
朝は相変わらず弱いらしい。
寝ている玲音の目にかかる前髪を横に分ける。
キスしたら怒るのかな…。
そんな気持ち悪い感情を殺しながら俺は玲音を起こす。
「ほら、おきろ!遅刻すんぞ!」
「…んー。」
中々起きない玲音の体を無理やり起こす。
角張った肩に今にも崩れそうな力のなさ。
「起きないとちゅーするぞ」
低めの声で話すと玲音はやっと目を開ける。
「…おはよ。…俺恭汰とならキス出来るよ」
眠そうに目を擦りながら、玲音は俺の唇をじっと見つめた。
鏡を見ているような錯覚に陥る。俺が思っていることは、あいつにも全部筒抜けなんじゃないか。
心を読まれてたみたいで、恥ずかしさが込み上げる。
「なっ、お前何言ってんだよ!」
「……先に言ったのは恭汰でしょ?」
いつもより低いテンションで、体を伸ばしながら話す玲音。
「恭汰は嫌なの?俺とキスするの」
「嫌とか良いとかの話じゃないだろ!俺ら幼なじみだし、男同士だし!」
「幼なじみだってキスするだろ、男同士だってなんでダメなんだよ」
玲音の低い声が、まだ寝ぼけた俺の脳を痺れさせる。あいつは、俺が一番欲しい言葉を、一番欲しいタイミングで、残酷なくらい正確に投げつけてくる。
「うっ…」
ノリで軽く言ったことを後悔。
「そもそも恭汰は俺の事大好きなんだから、キスしたって問題ないだろ?」
その確信に満ちた言葉は、慈悲深い神託のようでもあり、絶対的な支配のようでもあった。
「俺がいつお前の事好きって言ったんだよ!!」
「言わなくても分かるし、好きじゃない、大好きだろ?運命共同体くん」
「だー!もう朝からなんて話してんだよ!ほら家帰って準備しろよ、どうせ一緒には行けないんだから」
恥ずかしさでどうにかなってしまう前に、
玲音を本当に落ちるなよと念押ししながら、そそくさと家に帰す。
一生言えないと思っていた気持ちなのに、冗談でも玲音に呆気なく暴かれてしまった。
どうしよう、今日から3日間どう過ごせばいいんだ。
喜びと一抹の不安を抱えながら、
現実に戻り急いで準備をして、家を出る時に生活力のない親父に一通り説明をする。
「飯は作って冷凍してあるからな、洗濯は最悪まとめてするから洗濯カゴに入れといて、あっあと着替えはソコな!ちゃんと飯食えよ?なんかあったら連絡しろよな!」
弾丸で話す俺に母親かと笑いながらツッコミを入れる親父。
「んじゃ行ってくる!!」
昨日準備した荷物を持って、俺は駆け足で学校へ向かう。
同じ班と言っても6人もいるし、
結局はイツメン4人で動いてて、
玲音達は後ろから着いてくるだけ。
学校へ向かうバスや、羽田に向かうモノレールの中でも、俺の心臓はずっとうるさかった。
移動中の飛行機も通路離れて2人は固まって座ってる。
にしてもあいつらいつも2人でいる割には全然喋らない。
学年1、2位の秀才にもなると会話しないのか?
「おい、恭汰聞いてる?」
「あぁ、陸ごめん、なに?」
「だから、トランプとUNO持ってきたけどお前なんかある?」
「陸が持ってくるだろうと思ったし、どうせあと2人は寝るだろうから何も持ってきてない」
んだよつまんねーと言われ陸はふて寝をはじめた。
直人と涼に関してはアイマスクとネックピロー持参で寝てやがる。こいつら寝るの好きすぎだろ。
部活の合宿の時も自由時間ほとんど睡眠に費やしてた。
ある意味お似合いな二人な気がするが、若者がこれでいいのかとも思う。
俺はスマホを機内モードにして玲音にメッセージを送る。
「今日も一緒に寝れるかな」
朝の話を掘り返すのは恥ずかしいから、
少し違う話をしてみる。
玲音は気づかないのかスマホを見ようとしない、
どうせ周りは寝てるから俺は堂々と玲音に目線を向けて、見つめ続ける。
やっと気づき目が合った玲音にスマホを見せ
見ろ と口を動かす。
文を見た玲音は少し眉間に皺を寄せ返信をしてきた。
「無理だろ」
「旅館だろ?布団隣に出来ないかな」
「別に一緒じゃなくてもいいでしょ」
「俺枕変わると寝れない」
「俺が入れば寝れるの?笑」
「寝れると思う」
「俺はお前のママかよ」
「ママ以上に寝れる気がする」
「んなわけ、まぁ隣になれたら手ぐらい繋いでやるよ、一緒の布団に入ってたら変だろ」
【手ぐらい繋いでやるよ】
ですって。なんなんだよこいつは。
こんなの玲音が他の人にしてたら嫉妬で狂っちまう。
「ありがとう、俺だけにしてね」
「はいはい、恭汰は俺のこと大好きだもんね。安心して、お前以外に手繋ぐ奴なんかいねぇよ」
スマホの画面に並んだその文字が、心臓に杭を打ち込むみたいに深く刺さる。
俺だけの玲音。
窓の外に見える積乱雲の白さが目に痛くて、恥ずかしさを隠すように俺は目を閉じた。
沖縄に着くとカラッとした天気で、東京と違う暑さを感じ、6月といえど強い太陽の日差しに溶けて無くなってしまいそうだ。
空港にクラス毎に並び、先生からこの後の動きと、こまめな水分補給を呼びかけられる。
今日はこの後首里城を見学して旅館へ行くスケジュール。グループと言うよりクラスでの行動。
慣れない暑さに肺の奥まで熱気が入り込み、逃げ場がない。
首里城の真っ赤な門を見上げている間も、俺の視界はずっと揺れていた。
隣を歩く涼や直人の声が遠ざかり、玲音の背中だけが、妙に立体的に、不自然なほど鮮明に見える。
何故か消えてなくなりそうに感じた玲音に手を伸ばそうとしたが、指先は空を斬った。玲音は振り返らず、中村と並んで真っ赤な石畳を歩いていく。その足音が、妙に軽いのが気になった。まるで、地面を蹴っていないような。
俺は正気に戻るように、ペットボトルのお茶を飲み干し、目を擦った。
先生がツアーガイドのようにいつもの甲高い声で説明しつつ、俺らは写真を撮って進んでいく。
少し先を歩く玲音を隠し撮りしたいが、
人が前を通ったり、ピントが上手く合わなくて撮れない。
結局最後まで撮れず、クラスで集合写真を撮って移動のバスに乗り込む。
自分が思ってた以上に沖縄の気温は高く、バスに乗ったあとも汗が止まらないし、身体の中心から発する暑さは収まらない。
バス乗る前に冷たい飲み物を追加で買ってくれば良かった…。
「恭汰大丈夫?汗ヤバくない?」
バスで隣に座る涼が心配して、持ってたハンディファンで風を当ててくれる。
「ありがとう、まじ暑いー。俺も持ってくればよかった」
心配をかけないように、いつも通りの会話で返答する。
「それ持ってて、旅館までちょっと時間かかるだろうから」
バスの冷房を真下に向け、俺は風を感じながらさっき撮った写真を見返してみる。
カメラロールに残ってるのはイツメンで撮った自撮りと風景、あと見切れてる玲音。
ぜーんぶどっか欠けたりしてて綺麗なのが無い。
1枚だけ全身遠目に撮れてるが、足元が写っておらずこれもダメだ。
バスの中でずっと涼んでいたが、旅館に着いたあと俺は強烈な頭痛と吐き気に襲われた。
「恭汰大丈夫かよー、顔ヤバいぞ?先生呼ぶ?」
ロビーのソファに座りながら、心配してくれてる直人に俺は首を縦に動かす。
養護教諭の先生が多分熱中症かなと言い、
ここで休んでてと皆と違う別部屋に案内してくれた。
「夕飯は無理そう…かな?とりあえずこれ経口補水液あるから飲めるだけ飲んで休んでね。お風呂は皆と一緒無理だろうから、このお部屋のシャワー使って大丈夫だし、このまま朝まで寝てて大丈夫だから、何かあったら先生達の携帯に電話してね」
ありがとうございますとお礼を伝え、
先生からもらった経口補水液を飲み込む。
頭がグワングワンして体が重い。
先生が用意してくれた布団に倒れ込み、
目を閉じ全身の力を抜いた。
はじめての感覚だ。
俺はそのまま眠りにつき、どれくらい時間が経ったか分からないが、月の光を感じ目を開けると俺の布団の横には玲音が座ってスマホを見ていた。
「…玲音?」
「おっ目ぇ覚めた?大丈夫か?」
玲音の大きな手が俺の頬に触れる。
外はあんなに暑いのに、玲音の指先だけが、まるで氷のように冷たかった。その冷たさが、熱に浮かされた俺の身体に心地よく浸透していく。
「うん、さっきよりだいぶ良くなった」
ゆっくり体を起こすとまだダルさはあるが、頭痛は無くなり、体の変な暑さも無くなっていた。
「おお、起きて大丈夫か?無理すんなよ」
「ん…大丈夫。……てかなんで玲音ここにいんの?」
「先生に聞いて俺が見てるって言ってきた」
「えっ先生大丈夫なの?」
「だって先生は俺らが家隣なの知ってるし、仲良くなくても家族で関係ある事くらい察してるだろ」
「あっそっか…」
身近に俺らの事少し知ってる人いたじゃん。
もっと早く気づいてれば、なんか変わってたかも知れない。
「てか先生がコンビニで適当に買ってきてくれたやつあるけど…なんか食えそ?」
「なんか食べるけど……他の奴らは?大丈夫?中村とか」
「他の奴らは大丈夫だろ、ほらおにぎりとか、ゼリーとかなんなら食えそ?」
「うーん、全部食べる」
「んだよ、意外に元気じゃん」
「起きたら玲音居たから、回復した」
「はいはい、心配して損しました」
「心配してくれてたの?」
俺はコンビニの袋から一つ一つ取り出し、おにぎりを頬張る。
「まじで心配して損した!熱中症と言えど人が死ぬことだってあるし、このまま起きなかったらどうしようとか考えてたのに…」
珍しく玲音が真面目な顔をして俺の頬に手を当て見つめる。
「恭汰には俺がいないとダメだって思ってたけど、俺にもお前居ないとダメそうだわ」
玲音の瞳の中に、月明かりが宿る。
体の火照りが下がりきっていないのか、
やたら玲音の手が冷たくて、大きくて、このまま玲音に吸い込まれそうになる。
口に入れてたおにぎりを飲み込み、俺も玲音に目を合わす。
「……俺のが玲音に対する愛、強いけど」
「いや、俺のが強いから」
頬にあった玲音の手に強く引き寄せられた。
「恭汰…、俺らはずっと一緒だよな」
首を縦に振ると、首筋に玲音の冷たい吐息がかかった。
あの日、窓の外へ落ちていった玲音も、今こうして俺を抱きしめている玲音も、どちらも本物で、どちらも偽物な気がした。
けれど、この冷たい腕の中にいられるなら、正体なんてどうでもいい。
月の光に照らされて、床に伸びた俺の影は、溶け合うように一つに重なった。
けれど、その重なった影は、どこか足元が浮いているように見えて、俺は無意識に玲音の腕を、もっと強く掴み返した。
