____2026年6月12日
小さな粒が風に舞い、長雨が続いている。
差し込む光が泣く、薄暗く感じる教室。
水が外で滴る音の中で、
見慣れた担任が聞き慣れた甲高い声で話し始める。
「では、修学旅行のグループを決めまーす。5~6人でグループを作り、紙に書いて提出してください。」
体育終わりの女子の制汗剤と雨の匂いが混じり、
気圧も相まって頭が痛い。
この教室にいる全員が、湿った空気の中で重たい身体を引きずっているのに、玲音だけが、まるで別の世界から投影されているみたいに、輪郭がやけに鮮明で、冷たい光を放っているように見えた。
クラスの人達がいつもの固まりを作り始め、
どこのグループと合致するかザワザワと騒ぎ始める。
「恭汰どーする?俺たち4人じゃん、あと1人か2人誘わないと」
ズボンの位置が低めの陸が話しかけてきつつ、
イツメンの直人と涼も俺の席に集まってくる。
「俺は誰でもいいよ」
机に右腕を置き、頭を乗っけて顔を横に向ける。
口ではそう言いつつも目線は玲音に行ってしまう。
教室で見ることのできる玲音はいつも横顔で、
耳から顎にかけての綺麗なラインをいつも眺めている。
あいつの肌は、このジメジメした空気の中でも驚くほど滑らかで、汗ひとつかいていない。まるで、周囲の湿度さえも拒絶しているかのようだ。
「俺もこだわりないしな〜、涼は?」
「うん、俺も誰でもいいよ」
残ってる人たちが目立っていく。
そんななかで直人が口を開いた。
「んじゃいつも櫻井と一緒の中村は?余っちゃってんじゃん」
それを言うなら櫻井と中村だろ?と思いつつも
直人の提案に心で大拍手を送る。
「おー、いんじゃね、人数も丁度いいだろ」
喜びで顔がにやけないように真顔で大賛成をした。
「んじゃ俺声掛けて、紙出してくるわ!」
まとめ役の涼が中村に声をかけてくれ
無事俺は同じグループになれた。
2泊3日、玲音とずっと一緒だ!
嬉しくて玲音に「よろしくな」と周りにバレないよう、スマホを隠しながらメッセージを送る。
数秒後「当たり障り無い程度にな」と釘を打つ文が帰ってきた。
画面に表示されたその無機質な文字列は、あの日、窓の外で玲音の身体が落ちていった時に空気を切り裂いた、あの嫌な風の音を俺に思い出させた。
けれど、対角線上の窓際に座る玲音が、ほんの一瞬だけこちらを振り返った。
俺たちの目が合う。玲音は、クラスの誰も知らない、俺だけに見せる悪戯っぽい微笑を浮かべ、すぐに前を向いた。
その瞬間、俺の心臓は跳ね、喉の奥が熱くなる。この秘密を共有しているという感覚こそが、俺の酸素だった。
長雨が続く中、雲の隙間から太陽の光が少し差し込んできた。
頭が痛いのも少し和らいだ気がする。
俺は昔から太陽みたいに笑う玲音が大好きだ。
***
玲音のお母さんに絶縁宣言をされたあの日以来、
しばらく玲音と話せない、会えない日々が続いた。
そしてある日をキッカケに俺の部屋に橋が架かった。
俺は両親が正式に離婚したあと、
大好きだった母親に裏切られ人間不信。
玲音と関わる事も出来なくなってしまったショックの反動で、中学生になって盛大なる反抗期を迎えてしまった。
親父が何も言ってこないのをいい事に、
地元の先輩達に遊んでもらい、酒・タバコ・喧嘩、悪いと思われてることは何でもやった。
今考えれば特に意味はなかった。
ただ自分を消して別の自分になりたかった。
____2023年7月22日
暑すぎる日差しが毎日続き、
太陽の照り返しで焼け死にそう。
地面からは透明のモヤが見えている様に感じる。
やんちゃをし過ぎたツケが回ってきて、家の前に他校のガラが悪い奴らが10人位待ち伏せしていた。
中学生とは思えないガタイの良い奴が口を開いた。
「おぉ!高野くんおかえり。待ちくたびれたよ〜。暑くて死ぬかと思ったわ。」
気味の悪いテンションで肩を組まれる。
「誰だよ、うちに何の用だよ」
「はじめまして〜!五中の渡辺!俺の可愛い可愛い後輩がお世話になったみたいだから、お礼しようかなって」
この時代にこんな喧嘩あるのかよとツッコむ余裕もなく、俺はボコボコに殴られた。
こんな喧嘩買ったら負けだと反抗を止めて地面に丸まり、全員から全身を蹴られていく。
鈍い衝撃が響くたび、口の中に鉄の味が広がった。砂利が頬に食い込み、熱を持ったアスファルトが皮膚を焼く。
「……母さん」
無意識に漏れた声は、誰にも届かない。
お母さんも、玲音も、俺を置いて「正しい世界」へ行ってしまった。
俺だけが、この汚い砂利まみれの地面に置き去りにされている。
意識が飛びそうになった時、なんとなく聞き慣れた声が聞こえた。
「お前ら何やってんだよ!!」
ヤンキー共の足の隙間から見ると声の主は玲音だった。
「人の家の前で何やってんだよ!」
「お前こそ誰だよ?見てわかんねぇのか?遊んでんだよ〜!お前もこっちに入るかー?」
「やめろ!」
入らない力を振り絞り、渡辺の足を掴む。
「なに、高野くんの知り合い〜?なら尚更一緒に遊ばなきゃ〜!」
くっそ。玲音にだけは絡ませたくないのに。
力を振り絞って立ち上がろうとした時、
玲音がスマホを持ちながら「警察呼ぶぞ!」と叫ぶと、渡辺達は「しゃーねぇーな、またな」と唾を吐きながら去っていった。
「おい!恭汰!大丈夫か?」
玲音は走って俺の元に駆け寄り、
体を地面から起こしてくれた。
「…ごめん」
「なんでお前が謝んだよ、お前ヤラれた側だろ」
「事の発端は俺だからさ…助けてくれてありがと、お前…早く家帰れよ」
久しぶりに聞く玲音の声は低くて、
いつもどうやって話してたか分からなくなって、上手く話せない。
「何言ってんだよ、ケガ人置いて帰るほど俺は腐ってねぇよ。ほら、ウチ入れよ。今日親帰ってこないから」
「えっ…?」
「だから、キズ!手当しなきゃだろ!ほら歩けないなら」
玲音は俺の前にしゃがみ後ろを向き、
おんぶしてやると腕を構えている。
久々に間近で見たからか、背中がとても大きい。
差し出した背中に覆い被さると、玲音は俺を軽々持ち上げ、家の中へ入っていく。
玲音の首筋から、洗いたてのタオルのような匂いと、微かに教科書の紙の匂いがした。それは、酒や煙草の匂いに塗れていた当時の俺とは、決定的に違う光側の人間の匂いだった。
懐かしい玄関を通り、家の中へ入っていく。
いつからこんな大きくなったんだろ。
久々に至近距離で会う玲音は大きくなってた。
昔は俺より身長低かったのに、
今では俺より高いかもしれない。
「ここ座ってて」
見覚えのあるソファに下ろされ、
俺は懐かしい匂いを嗅ぎながら、
少し小さく感じる部屋の中を見回す。
テレビとか家電は変わってても、壁にかけてある絵とか時計とか、細かい所は変わってなくてなんだか安心した。
「ほら、脱げよ」
「えっ?」
「えっ?じゃねぇよ、手当!してやるって」
「あぁ…」
殴られ蹴られた体を痛みのない範囲で動かし、シャツを脱いでく。
たくさん玲音と話すことがあるのに、痛みと昂りで喉がつまり全然話せない。
玲音は慣れた手つきでキズ一つ一つを消毒してくれている。
「何でこんなに殴られたんだよ」
「…色んなとこで喧嘩してたから、お礼参り的な?」
「やり返せばよかったのに」
「家の前は嫌だ」
「ははっ、なんだよその理由、意味わからなくて面白い」
「いや、家の前で派手にやったら…またお前ん家のお母さんに…」
ハッキリとは言いづらくて、口を濁らせながら言うと
玲音は俺の頭に手のひらを乗っけて、目を合わした。
「俺の中のお前は昔も今も変わらないからな。母親がなんて言おうと恭汰は恭汰だろ。俺も今日まで何も話さなかったのは悪いと思ってる。でも恭汰の事はずっと大事な奴なのは変わらないから。」
「玲音…」
今まで耐えていた感情が俺の中から溢れ出し、
目から涙が溢れ出す。
「おぉ泣くなよ」
「ごめん…また玲音と話せるって思ってなかったから……」
「話せないことはないだろ、…お前見た目と言ってることが合ってねぇよ」
「ごめん…」
自分でもコントロールが効かなくなって、
涙が滝のように流れていく。
それをみた玲音は何も言わず、俺のことを抱きしめてくれた。
その腕の力強さが、まるで俺をこの世に繋ぎ止める鎖のように感じられて、俺は安堵した。
「なぁ恭汰、俺らは運命共同体だろ?なんかあったら言えよ。話なら聞くし、お前の為なら何でもする。昔も今も、これからもな」
大きくなった手で頭を覆い、
何回も力強く撫でてくれた。
さっきまで感じていた背中の痛みの脈は無くなり、
心臓から強い脈を感じる。
「俺は太陽、恭汰は月な。月は太陽がないと光にならない。だからお前には俺が必要なの」
玲音の瞳の奥が、夕闇の中で一瞬だけ真っ黒に沈んだように見えた。
それは、俺を救うための言葉というより、俺の足首に消えない鎖を巻き付けるような、重たくて甘い響きを持っていた。
その時、俺の心は完全に玲音のものになった。
俺がいなきゃ光れない。と言われることが、どれほどの救いだったか。
たとえそれが呪いだとしても、俺は喜んでその鎖を受けた。
「…なんで、お前が太陽なんだよ、俺だって太陽かもしれないだろ」
「んー、見た目?」
「んだよそれ!てきとーかよ!」
他愛もない傍から見たら恥ずかしい会話すぎて、
目を合わせて久しぶりに2人で笑った。
その時、俺は玲音に魂を明け渡してしまったんだと思う。
そしてこの時気づいた。
俺にとって玲音は友達でもなく、幼なじみでもなく、家族でも無い、ただただ大好きな人なんだって。
玲音と話す時間が増えれば増えるほど、
俺の反抗期は終焉を迎え、
運命共同体として同じ高校に行くことに決めた。
____この日を境に俺と玲音のルールが出来た。
カーテンを薄いのに変えて、
常に太陽専用の窓はカギを開けておく。
いつでも、玲音が勉強してる姿を見れるように。____
俺は数日後、親父に頼んで、進学塾に通わせてもらい、残りの中学人生全て勉強に当て、無事同じ高校に入ることが出来た。
太陽の光は俺にとって本当に必要なんだ。
***
ふと昔のことを思い出しながら、
玲音に送ったメッセージを見返してると
後ろから肩を叩かれ涼に移動だぞと現実に戻された。
続々とクラスの奴らが移動していく中で、
玲音と中村も教室を出ていくのが見える。
あの日大きく見えた玲音の背中、
今では同じくらいにはなれたかな。
廊下の白い蛍光灯の下で、玲音の背中が不自然に白く光った。
一瞬、その輪郭が滲み、向こう側の景色が透けて見えたような気がした。
「……え?」
目をごしごしと擦る。
そこには、いつも通り中村と談笑しながら歩く、生身の玲音の背中があるだけだ。
「恭汰、ボーッとしてんなよ」
「……ああ、悪い」
俺は慌てて自分の腕を強くつねった。
あの夜から、時々こうして俺の視界がバグる。
玲音を失うことへの恐怖が、脳にバグを起こさせているのかもしれない。
しっかりしろ、俺。
玲音はあそこにいる。あいつは、俺の太陽なんだから。
一瞬、玲音がこの世の人間ではないような錯覚に襲われ、俺は慌てて自分の腕を強くつねった。
小さな粒が風に舞い、長雨が続いている。
差し込む光が泣く、薄暗く感じる教室。
水が外で滴る音の中で、
見慣れた担任が聞き慣れた甲高い声で話し始める。
「では、修学旅行のグループを決めまーす。5~6人でグループを作り、紙に書いて提出してください。」
体育終わりの女子の制汗剤と雨の匂いが混じり、
気圧も相まって頭が痛い。
この教室にいる全員が、湿った空気の中で重たい身体を引きずっているのに、玲音だけが、まるで別の世界から投影されているみたいに、輪郭がやけに鮮明で、冷たい光を放っているように見えた。
クラスの人達がいつもの固まりを作り始め、
どこのグループと合致するかザワザワと騒ぎ始める。
「恭汰どーする?俺たち4人じゃん、あと1人か2人誘わないと」
ズボンの位置が低めの陸が話しかけてきつつ、
イツメンの直人と涼も俺の席に集まってくる。
「俺は誰でもいいよ」
机に右腕を置き、頭を乗っけて顔を横に向ける。
口ではそう言いつつも目線は玲音に行ってしまう。
教室で見ることのできる玲音はいつも横顔で、
耳から顎にかけての綺麗なラインをいつも眺めている。
あいつの肌は、このジメジメした空気の中でも驚くほど滑らかで、汗ひとつかいていない。まるで、周囲の湿度さえも拒絶しているかのようだ。
「俺もこだわりないしな〜、涼は?」
「うん、俺も誰でもいいよ」
残ってる人たちが目立っていく。
そんななかで直人が口を開いた。
「んじゃいつも櫻井と一緒の中村は?余っちゃってんじゃん」
それを言うなら櫻井と中村だろ?と思いつつも
直人の提案に心で大拍手を送る。
「おー、いんじゃね、人数も丁度いいだろ」
喜びで顔がにやけないように真顔で大賛成をした。
「んじゃ俺声掛けて、紙出してくるわ!」
まとめ役の涼が中村に声をかけてくれ
無事俺は同じグループになれた。
2泊3日、玲音とずっと一緒だ!
嬉しくて玲音に「よろしくな」と周りにバレないよう、スマホを隠しながらメッセージを送る。
数秒後「当たり障り無い程度にな」と釘を打つ文が帰ってきた。
画面に表示されたその無機質な文字列は、あの日、窓の外で玲音の身体が落ちていった時に空気を切り裂いた、あの嫌な風の音を俺に思い出させた。
けれど、対角線上の窓際に座る玲音が、ほんの一瞬だけこちらを振り返った。
俺たちの目が合う。玲音は、クラスの誰も知らない、俺だけに見せる悪戯っぽい微笑を浮かべ、すぐに前を向いた。
その瞬間、俺の心臓は跳ね、喉の奥が熱くなる。この秘密を共有しているという感覚こそが、俺の酸素だった。
長雨が続く中、雲の隙間から太陽の光が少し差し込んできた。
頭が痛いのも少し和らいだ気がする。
俺は昔から太陽みたいに笑う玲音が大好きだ。
***
玲音のお母さんに絶縁宣言をされたあの日以来、
しばらく玲音と話せない、会えない日々が続いた。
そしてある日をキッカケに俺の部屋に橋が架かった。
俺は両親が正式に離婚したあと、
大好きだった母親に裏切られ人間不信。
玲音と関わる事も出来なくなってしまったショックの反動で、中学生になって盛大なる反抗期を迎えてしまった。
親父が何も言ってこないのをいい事に、
地元の先輩達に遊んでもらい、酒・タバコ・喧嘩、悪いと思われてることは何でもやった。
今考えれば特に意味はなかった。
ただ自分を消して別の自分になりたかった。
____2023年7月22日
暑すぎる日差しが毎日続き、
太陽の照り返しで焼け死にそう。
地面からは透明のモヤが見えている様に感じる。
やんちゃをし過ぎたツケが回ってきて、家の前に他校のガラが悪い奴らが10人位待ち伏せしていた。
中学生とは思えないガタイの良い奴が口を開いた。
「おぉ!高野くんおかえり。待ちくたびれたよ〜。暑くて死ぬかと思ったわ。」
気味の悪いテンションで肩を組まれる。
「誰だよ、うちに何の用だよ」
「はじめまして〜!五中の渡辺!俺の可愛い可愛い後輩がお世話になったみたいだから、お礼しようかなって」
この時代にこんな喧嘩あるのかよとツッコむ余裕もなく、俺はボコボコに殴られた。
こんな喧嘩買ったら負けだと反抗を止めて地面に丸まり、全員から全身を蹴られていく。
鈍い衝撃が響くたび、口の中に鉄の味が広がった。砂利が頬に食い込み、熱を持ったアスファルトが皮膚を焼く。
「……母さん」
無意識に漏れた声は、誰にも届かない。
お母さんも、玲音も、俺を置いて「正しい世界」へ行ってしまった。
俺だけが、この汚い砂利まみれの地面に置き去りにされている。
意識が飛びそうになった時、なんとなく聞き慣れた声が聞こえた。
「お前ら何やってんだよ!!」
ヤンキー共の足の隙間から見ると声の主は玲音だった。
「人の家の前で何やってんだよ!」
「お前こそ誰だよ?見てわかんねぇのか?遊んでんだよ〜!お前もこっちに入るかー?」
「やめろ!」
入らない力を振り絞り、渡辺の足を掴む。
「なに、高野くんの知り合い〜?なら尚更一緒に遊ばなきゃ〜!」
くっそ。玲音にだけは絡ませたくないのに。
力を振り絞って立ち上がろうとした時、
玲音がスマホを持ちながら「警察呼ぶぞ!」と叫ぶと、渡辺達は「しゃーねぇーな、またな」と唾を吐きながら去っていった。
「おい!恭汰!大丈夫か?」
玲音は走って俺の元に駆け寄り、
体を地面から起こしてくれた。
「…ごめん」
「なんでお前が謝んだよ、お前ヤラれた側だろ」
「事の発端は俺だからさ…助けてくれてありがと、お前…早く家帰れよ」
久しぶりに聞く玲音の声は低くて、
いつもどうやって話してたか分からなくなって、上手く話せない。
「何言ってんだよ、ケガ人置いて帰るほど俺は腐ってねぇよ。ほら、ウチ入れよ。今日親帰ってこないから」
「えっ…?」
「だから、キズ!手当しなきゃだろ!ほら歩けないなら」
玲音は俺の前にしゃがみ後ろを向き、
おんぶしてやると腕を構えている。
久々に間近で見たからか、背中がとても大きい。
差し出した背中に覆い被さると、玲音は俺を軽々持ち上げ、家の中へ入っていく。
玲音の首筋から、洗いたてのタオルのような匂いと、微かに教科書の紙の匂いがした。それは、酒や煙草の匂いに塗れていた当時の俺とは、決定的に違う光側の人間の匂いだった。
懐かしい玄関を通り、家の中へ入っていく。
いつからこんな大きくなったんだろ。
久々に至近距離で会う玲音は大きくなってた。
昔は俺より身長低かったのに、
今では俺より高いかもしれない。
「ここ座ってて」
見覚えのあるソファに下ろされ、
俺は懐かしい匂いを嗅ぎながら、
少し小さく感じる部屋の中を見回す。
テレビとか家電は変わってても、壁にかけてある絵とか時計とか、細かい所は変わってなくてなんだか安心した。
「ほら、脱げよ」
「えっ?」
「えっ?じゃねぇよ、手当!してやるって」
「あぁ…」
殴られ蹴られた体を痛みのない範囲で動かし、シャツを脱いでく。
たくさん玲音と話すことがあるのに、痛みと昂りで喉がつまり全然話せない。
玲音は慣れた手つきでキズ一つ一つを消毒してくれている。
「何でこんなに殴られたんだよ」
「…色んなとこで喧嘩してたから、お礼参り的な?」
「やり返せばよかったのに」
「家の前は嫌だ」
「ははっ、なんだよその理由、意味わからなくて面白い」
「いや、家の前で派手にやったら…またお前ん家のお母さんに…」
ハッキリとは言いづらくて、口を濁らせながら言うと
玲音は俺の頭に手のひらを乗っけて、目を合わした。
「俺の中のお前は昔も今も変わらないからな。母親がなんて言おうと恭汰は恭汰だろ。俺も今日まで何も話さなかったのは悪いと思ってる。でも恭汰の事はずっと大事な奴なのは変わらないから。」
「玲音…」
今まで耐えていた感情が俺の中から溢れ出し、
目から涙が溢れ出す。
「おぉ泣くなよ」
「ごめん…また玲音と話せるって思ってなかったから……」
「話せないことはないだろ、…お前見た目と言ってることが合ってねぇよ」
「ごめん…」
自分でもコントロールが効かなくなって、
涙が滝のように流れていく。
それをみた玲音は何も言わず、俺のことを抱きしめてくれた。
その腕の力強さが、まるで俺をこの世に繋ぎ止める鎖のように感じられて、俺は安堵した。
「なぁ恭汰、俺らは運命共同体だろ?なんかあったら言えよ。話なら聞くし、お前の為なら何でもする。昔も今も、これからもな」
大きくなった手で頭を覆い、
何回も力強く撫でてくれた。
さっきまで感じていた背中の痛みの脈は無くなり、
心臓から強い脈を感じる。
「俺は太陽、恭汰は月な。月は太陽がないと光にならない。だからお前には俺が必要なの」
玲音の瞳の奥が、夕闇の中で一瞬だけ真っ黒に沈んだように見えた。
それは、俺を救うための言葉というより、俺の足首に消えない鎖を巻き付けるような、重たくて甘い響きを持っていた。
その時、俺の心は完全に玲音のものになった。
俺がいなきゃ光れない。と言われることが、どれほどの救いだったか。
たとえそれが呪いだとしても、俺は喜んでその鎖を受けた。
「…なんで、お前が太陽なんだよ、俺だって太陽かもしれないだろ」
「んー、見た目?」
「んだよそれ!てきとーかよ!」
他愛もない傍から見たら恥ずかしい会話すぎて、
目を合わせて久しぶりに2人で笑った。
その時、俺は玲音に魂を明け渡してしまったんだと思う。
そしてこの時気づいた。
俺にとって玲音は友達でもなく、幼なじみでもなく、家族でも無い、ただただ大好きな人なんだって。
玲音と話す時間が増えれば増えるほど、
俺の反抗期は終焉を迎え、
運命共同体として同じ高校に行くことに決めた。
____この日を境に俺と玲音のルールが出来た。
カーテンを薄いのに変えて、
常に太陽専用の窓はカギを開けておく。
いつでも、玲音が勉強してる姿を見れるように。____
俺は数日後、親父に頼んで、進学塾に通わせてもらい、残りの中学人生全て勉強に当て、無事同じ高校に入ることが出来た。
太陽の光は俺にとって本当に必要なんだ。
***
ふと昔のことを思い出しながら、
玲音に送ったメッセージを見返してると
後ろから肩を叩かれ涼に移動だぞと現実に戻された。
続々とクラスの奴らが移動していく中で、
玲音と中村も教室を出ていくのが見える。
あの日大きく見えた玲音の背中、
今では同じくらいにはなれたかな。
廊下の白い蛍光灯の下で、玲音の背中が不自然に白く光った。
一瞬、その輪郭が滲み、向こう側の景色が透けて見えたような気がした。
「……え?」
目をごしごしと擦る。
そこには、いつも通り中村と談笑しながら歩く、生身の玲音の背中があるだけだ。
「恭汰、ボーッとしてんなよ」
「……ああ、悪い」
俺は慌てて自分の腕を強くつねった。
あの夜から、時々こうして俺の視界がバグる。
玲音を失うことへの恐怖が、脳にバグを起こさせているのかもしれない。
しっかりしろ、俺。
玲音はあそこにいる。あいつは、俺の太陽なんだから。
一瞬、玲音がこの世の人間ではないような錯覚に襲われ、俺は慌てて自分の腕を強くつねった。
