俺は糸目キャラを救いたい

 あれから1ヶ月、仕事内容を順調に覚えることもできた。暁月くんとは、良くも悪くもずっと一緒にいる。俺の教育係を任せるつもりで、店長は俺と暁月くんのシフトを合わせるようにしたのだろう。
 暁月くんを観察して、分かったことがある。暁月くんはモテる。レジに立てばコソコソと噂されたり、連絡先を渡されたり。作業場の方にいれば同じバイト仲間から必要以上に話しかけられる。関西人だし、面白いから話しかけられるという理由もあるのだろう。だが、少女漫画で鍛えた俺の勘が言っている。先輩たちの目は暁月くんをロックオンしているに違いない。
「どしたん、分からんことでもあった?」
 どんなに先輩たちと話していても、俺が見ているのに気づいたら俺の方へ寄ってきて声をかけてくれる。なんだか、特別扱いされているようで心がむず痒い。
「いや、今日も囲まれてるなって。」
「まぁ、俺がかっこええから、しゃぁないな。…………、ツッコめや。イキってるみたいやん。」
 本当にかっこいいと思っているから言えなかったが、赤面している姿はギャップで、また暁月くんの新しい面を見れてしまった。前髪のせいで見え隠れしてしまう目がもったいない。今どきの髪型だけど、俺としては顔面を全面に出して欲しい。
「暁月くんがイケメンだから否定できなかった。」
「なんやそれ。」
 暁月くんは鼻で笑ったかと思えば、俺のそばを離れてしまった。もしかして、やらかしてしまった……?気持ち悪いと思われたかな。
 平日はゆったりとした時間が流れていて、スタッフも軽く雑談を話せる程度には落ち着いていた。暁月くんとは、こんなバイトの合間や帰り道で距離を詰めていたのに、また離れてしまう。いつまでも暁月くんと俺の間には分厚い壁があった。ただ、それを越えようともしない。それが俺たちのちょうどいい距離感だった。
「美波くん、こっち来てや。」
「もう、なんですか?」
「見て、あの人。絶対ズラやで。」
「もう、そんなとこばっか……、ほんとだ。」
 無邪気に笑うから、俺には心許してくれているんじゃないかと勘違いしてしまう。しょうもないことで笑えるのも、暁月くんが俺を優しく呼ぶのも、俺が歳の近い後輩だから。それ以上でも以下でもないから。
 爆笑している暁月くんを押しのけてコーヒーメーカーの前に立つ。関西人はみんな笑いのツボが浅いのだろうか。暁月くんはどんな話に対してもずっと笑っている。社員さんのしょうもないギャグにもだ。でも、それが暁月くんの好かれている理由でもある。
「美波くん、大丈夫?ボーッとしちゃってるけど、疲れちゃったかな?」
 レジにいたはずの杉野さんは、俺の顔を覗き込むように首を傾げる。
「いえ、楽しくてすぐ時間が経っちゃいます。」
「美波くんって、言葉上手いよね。」
 大きな目を細めて笑う杉野さんは、糸目キャラとは違った魅力を感じる。気持ちを全面に伝えてくる。そして、それに応えてあげたいとすら思わせる。まさに漫画の中のヒロイン的ビジュアル。こんな人を世の中の男の人は可愛いと思うのだろう。
「杉野さんは、えっと、暁月くんの2つ上でしたっけ。」
「そうそう、大学2年生なの。暁月とはバイトの同期なんだよ。」
 バイトの同期って、まさに仲良くなっていく必須条件と言っても過言じゃない。2人で辛さを分かち合って、そのまま打ち解けて付き合って……、なんてお似合いの2人なんだ。
「同期ってことは杉野さんも高校生から働いてるんですか?」
「違うよ。私は大学1年生の時から。高3なんて受験勉強中だもん。」
「え、1年しか経ってないのに、あんなに接客上手なんですか?」
「……、ほんと美波くんって純粋でズルい。」
 杉野さんはこちらに向けていた顔を反対方向に向けてしまった。ポニーテールがフワリと揺れ、女の子特有のいい匂いがした。だけど、これを言うとセクハラになりそうでグッと心の中に留めた。
 1年か、俺も1年経てば杉野さんや暁月くんのようなかっこいい先輩になれるのだろうか。
「あれ、暁月くんってバイト始めてまだ1年なんですね。みんなに馴染んでるし、てっきり長いんだと思ってました。」
「あぁ、あいつ要領いいからすぐ何でも覚えちゃうの。バイト仲間としてはいい人だと思う。」
 杉野さんの言葉が少し引っかかる。「バイト仲間としては、」ということは、他の面の彼を知ってるということなのだろう。俺が思っている以上に、この2人は親密なのかもしれない。
「ねぇ、美波くん。……暁月と仲良く出来てる?」
 杉野さんはなぜこんなことを聞くのだろうか。俺が暁月くんと、ちゃんと一線引こうとしていることが分かったのだろうか。バレてはいけないことを見透かされているようで、杉野さんの方を見れない。
「優しい先輩ですよ。話していて楽しいし、バイトの時はどんな質問でもきっちり答えてくれるし、オンオフしっかりしてるんだって思います。」
「そう、だよね。」
 なぜそんなに眉間に皺を寄せて、眉を下げて笑うのだろう。暁月くんの何を知っているのだろう。俺は、暁月くんのどんなことに気づいていないのだろう。
「ねぇ、美波くん。ダメだよ、暁月だけは。」
 これは、牽制されているのだろうか。こんな可愛い美少女が、俺なんかに牽制する必要がないと教えてあげたい。する必要があるなら楓の方だが……、楓が興味を示さないだろう。それに、牽制するなら、彼の周りに集っている女性アルバイトの方だろう。
 杉野さんは暁月くんと付き合っているのだろうか。それとも、杉野さんの片想いか。どちらにしても俺が介入することでもないだろう。
「えぇ、なんの事か分かりませんけど、分かりました。」
 ヘラッと笑ってみせると、杉野さんは「ごめんね。」とだけ言い残しレジの方へ戻って行った。その後は特に変わったこともなく、いつもの完璧なお客様対応をこなしている。

 閉店1時間前。
 だいぶ人も減ってきた。片付けられるところから片付けに行こう。
「颯斗!」
 台拭きを手に取り、カウンターを出ようとした時、聞き慣れた声が俺の名前を呼んだ。
「楓、どうしたの。」
「塾の帰りでね、一緒に帰ろうと思って。待ってていいでしょ?」
「うん、何か飲む?」
「甘いのがいいかな。」
「分かった。席持っていくから座って待ってて。」
 持っていた台拭きを近くに置き、氷をシェイカーに注ぐ。楓は甘いものが大好きだからフラペチーノにしよう。ホイップも増量して、とびきり甘く。
 冷蔵庫から牛乳を取り出そうとした時、俺の横に牛乳が置かれた。手の先から顔の方まで上っていくと、やっぱり暁月くんだ。
「お姉さん来てたよな。先上がってええよ。着替えといで。」
「楓は待っててくれるんで大丈夫ですよ。」
「男が女の子待たせたあかんで。」
「……じゃぁ、とびきり甘いのお願いします。」
「任せとき。星斗くんスペシャルにしといたるわ。」
 楓の飲み物を暁月くんに任せて裏に着替えに入る。エプロンを外し、白シャツの上からトレーナーを被る。着替えるなんて言いながら、脱がなくてもいい簡単な着替え。誰に見せる訳じゃないし、これくらいでちょうどいい。
 扉を開けて、楓の元に向かう。こんな時まで参考書を開けて勉強をやめない。姉弟だからとかじゃなくて、楓は世間的に見ても可愛い方だと思う。だから、暁月くんが思うのも普通のことなんだ。楓は可愛い。そんなこと分かってる。
「お待たせしました、星斗くんスペシャルです。」
「……え。」
「美波くんはこれやんな。」
 暁月くんは、俺の前にもコーヒーを置いてくれる。頼んでいないのに、俺が1番好きなコーヒーをいれてくれた。俺の好きなコーヒーを知ってくれているだけで、涙が出そうだ。
 でも、そんなことに感動している場合ではない。楓は怪訝な顔で暁月くんを見ている。まるでストーカーにでも会ったような顔だった。
「楓、バイト先の先輩なんだ。ごめん、説明してなくて。」
「楓ちゃんって言うん?俺は暁月星斗、よろしくな。」
「弟がお世話になってます。」
 軽く頭だけ下げてまた参考書の方を向いてしまった。楓息抜きしてほしいのに、そんなに暁月くんが嫌なのだろうか。暁月くんがいたら楓は休まらないのかもしれない。
「そこ、ちゃうで。」
「どこですか?」
 暁月くんが指さしたのは楓の参考書。空いている席に腰掛け、「ちょっとペン貸してみ。」と、楓のペンを借りて英文をスラスラと書き上げる。どこが違うのか、なぜこの方がいいのか、丁寧な説明。英語が嫌いな俺にも分かるくらい暁月くんは説明が上手だった。
 確かに暁月くんは有名な私立高校だし、賢いとは思っていたが、金持ちでも入れると聞いていたから、てっきり後者の方だと勘違いしていた。本当に賢いんだ。……、カッコよすぎないか?
「なるほど、凄く分かりやすかったです!」
「やろ。他分からんとことかある?」
 椅子を寄せ、楓に勉強を教えているところを見ると、なんだか感慨深い。初対面の人には基本人見知り、ツンツンタイプの楓がこんなに人と距離を詰められるなんて、俺の知っている限り翔真くらいじゃないだろうか。俺の推しと姉が仲良くしていると嬉しい、気がする。
 そりゃ、姉の彼氏になれば推しを見放題、俺得でしかないんだから嬉しいはずだ。
 でも、なんか、俺がこの場にいては行けない気がする。静かに椅子を引き、その場を離れた。フとカウンターの方を見れば、杉野さんがこちらを見ていた。そうだ、杉野さんは暁月くんのことを……。そうか、モヤモヤの正体が分かった。俺は暁月くんと杉野さんという最高のカップリングを知ってしまったから、楓とくっつくことに違和感があったんだ。楓、ごめん。俺は杉野さん派閥になるかもしれません。

 急いでカバンの中からエプロンだけを取り出し、中にもどる。
「杉野さん、俺洗い物代わります。」
「え、でも、美波くんタイムカード切ったじゃない。」
「暁月くんの時間取っちゃってるんで、暁月くんの分働かせてください。」
「……、じゃぁ、お願いしようかな。」
 まただ。杉野さんが困り眉て笑う。そりゃ、好きな人が違う女の子にデレデレしてたら辛いだろうな。俺には、労働でしか返せないけど。
「あの、姉はキラキラ王子様キャラが好きなので暁月くんとは何もないと思います。」
「え?」
「“悪役令嬢は同じ失敗はしない”では、真ん中のアルベルト・フォース・グリークって言う、いかにも王子様みたいなキャラが推しだし、少女漫画で流行ってた“君に一輪の花を贈る”だと、湊輝 駿っていう金髪キラキラ系が好きで、」
「フフ……、」
 俺が必死に楓の推しキャラを上げていると、杉野さんは声を出して笑いだした。そんなに変なことを言っただろうか。それとも、オタクすぎて引かれてしまったとか。
「あはは、ごめん、全然分からないや。」
「そ、そうですよね。すみません、分からない話して。」
「ううん、私を励まそうとしてくれたのよね。」
 先程とは違う笑顔で「ありがとう。」と言った。杉野さんの本当の笑顔はこの笑顔なのだろう。
「何を勘違いしてるか分からないけど、私暁月のこと好きじゃないよ?」
「え、うそ。」
 じゃぁ、今までの牽制とか、暁月くんを見る目とかなんだったんだ。何であんなに2人のことを見ていたんだろう。暁月くんが好きだから、誰も近づいて欲しくないわけじゃなかったのか。
「今回は、大丈夫そうだなと思って安心しただけ。じゃぁ、レジ締めしてきちゃうから、洗い物よろしくね。」
 俺の前提が崩れていく。頭の中が混乱する。どういうことだ、今回は大丈夫?なにが?
 
 やっぱり俺は暁月くんのことを何も知らない。