俺は糸目キャラを救いたい

 漫画の中の糸目キャラは、なぜこんなに不憫なのだろうか。アクション系では悲しい過去がある敵キャラとか、裏切り者、死にキャラ。恋愛系では、当て馬とか意地悪キャラ。世の中には糸目キャラが活躍する漫画もヒロインと付き合える主人公でもあるかもしれないが、大体は目の開いたイケメンだ。少しのスポットライトと悲しい過去で糸目キャラの使い道は終わってしまう。
 漫画を読む手を止めて、ゲーム画面の映るテレビをジッと見つめた。テレビの中では、いかにもキラキラな王子様が手を差し出して俺に話しかけてくる。
「僕と、ダンスを踊ってくれますか?」
「はい♡」
 姉である美波 楓はテレビの中の王子様に目をハートにして選択肢を声に出しながら選んでいく。初期の頃から見ているが、主人公であると言わんばかりに、パッケージに王子様が大きく映る。楓はいつも王子様キャラや王道キャラを選びたがる。物語の主人公を好きになるのだ。
「俺なら青の騎士とダンスを踊るね。」
「それは颯斗が糸目男子が好きなだけでしょ。それに、このゲームで青の騎士を選んだら生涯1人ENDになるのよ。」
「はぁ?そんな乙女ゲームあってたまるか。」
「ほんとよ。王子様を守って、名誉ある死を遂げるの。ヒロインの父は次の人を勧めるけど、ヒロインは伯爵令嬢にも関わらず、青の騎士だけを愛し、生涯1人の人生を選ぶのよ。」
 楓は、それが純愛で素晴らしいと声高々に褒めているが、そんなエピソード求めていない。ここでも、糸目キャラはやっぱり不憫なのである。乙女ゲームによって選ばれたにも関わらず、死ななければならなかったのだろうか。俺が作者なら、ヒロインとの本当の愛で目覚め、王子様を守った功績としてプレゼントを多く与え、2人で幸せに暮らしていく、そんな結末を綴るだろう。
「あ、颯斗。その漫画面白かったでしょ?」
「あぁ、糸目キャラが黒幕だったから見るのやめた。」
「もう、悪役でも愛してやれっての。」
「俺がこの漫画のヒロインだったら、糸目キャラが悪役だろうが裏切り者だろうが愛すよ。」
 ただ、糸目キャラをこんな不憫に扱う漫画を愛せないだけだ。




 遅刻した日、パンを咥えて走っていたら、死角から誰かが出てきてぶつかって、恋に落ちるなんて恋愛漫画ではありがちな出会い。俺がパンを咥えて走ったところで、何ともならない。
「颯斗、早くしないと遅刻だよ!」
「楓が走るの早いんだよ!」
 楓は俺の10歩先を走っている。2人して遅刻なんて笑いものになるに違いない。ただでさえシスコンだのなんだの言われているのだ。これ以上、楓に迷惑かける訳にはいかない。
「うわッ。」
「楓?!」
 前を走っていた楓は曲がり角で誰かとぶつかり飛ばされた。ドスンと鈍い音を出しながら、楓は尻もちをついた。
「ごめんな、大丈夫?」
 楓に出してくる手を俺が払い除けて、俺が楓を立たせてあげた。どんなやつだと睨みつけたが、目を見開いてしまった。目にかかるか、かからないかの絶妙な長さの前髪、シュッとした体型で高身長、声も低すぎず心地よい響で関西弁、そして何より糸目。俺のタイプどんぴしゃなのだ。
「大丈夫、私こそ注意不足だったわ。」
「お詫びしたいからさ、連絡先交換せぇへん?」
 彼はスマホを取りだし、チャットアプリのQRコードを見せてきた。楓は警戒するように、彼を爪先から頭のてっぺんまで見定めていた。そして、カバンの中を探しだす。ガサゴソとしばらく探して、前を向き直った。
「ごめん、携帯忘れちゃったみたい。」
「あ、じゃぁ、俺の連絡先書いとくから…、」
「ごめん、時間ないの。颯斗いくよ。」
 携帯を忘れてしまっているわけが無い。楓は通学中に友達へメッセージを返信していたからだ。それなのに、忘れたと嘘をつく必要はなんだったのだろうか。そんな思考は止められ、楓が俺の手首を掴んで走り出した。カシャっという音がしたが、気にする時間もなく楓に引っ張られた。もう会うことのない、小さくなっていく彼を目で追いながら、心に刻んだ。
「楓、どうしたの。携帯あるでしょ?あんな逃げるように走らなくても…。」
「ごめん、タイプじゃなかったの。」
 確かに楓の趣味と俺の趣味は合わないから、俺のタイプである彼は、楓のお眼鏡には叶わないだろう。やっぱり、糸目キャラというのは不憫なキャラなのだ。
 チャイムがなるギリギリのところで教室に入り、席に座る。もうすぐ一学期最後の期末テストが近づいているからか、教室内の雰囲気は少しギスギスとしていた。
「颯斗、寝坊か?」
 前の席の綴 翔真が俺をバカにするように話しかけてくる。サッカー部の爽やかな彼は、きっと楓の好みだろう。女の子が好きそうな顔だ。クラスの女の子達も熱い視線をいつも送っているが、当の本人は気づいていない。
「女の子に呼び止められてさ。」
「はい、嘘。」
「おい。」
 ちょっとは驚いてくれてもいいのに、翔真はあっさり俺に言って、前を向いた。ふぅ、という翔真のため息が聞こえてきたが、俺は気にせず机にうつ伏せて、さっきの彼のことを考えた。楓の代わりに連絡先を聞けばよかった。そうすれば、楓へのお礼も間を取り持ってやれたし、俺も彼を見れるしWinWinなのに。そんな何ともならない後悔を何度も頭の中で繰り返した。

 最後のチャイムが鳴り、みんながそれぞれ席から立ち上がる。俺だって、今日は漫画の新刊を買って家で読むという用事がある。
「颯斗、一緒に帰ろうぜ。今日は部活休みなんだ。」
「あぁ、ごめんパスで。俺、本屋寄って早く帰りたくて。」
「待って、俺も本屋行きたいから一緒に行こう。」
「それなら、いいけど。」
 本当は急いで買って帰って家で堪能したいところだが、たまには友だちと帰るのもいいだろう。横にかけていたカバンを持ちあげると、いつもあるはずのキーホルダーが無いことに気づいた。机周辺にも、ポケットの中にもない。朝急いでいたから道に落としたのだろう。いつか落としてしまうかもしれないと思っていたが、実際に起こると悲しいものだ。
「キーホルダー落としたかも。」
「いつもカバンに付けてたやつ?」
「そうそう、俺の推しキャラだったのに〜。」
 項垂れる俺を翔真が宥めながら学校から出た。もうこれからは推しはカバンに付けないでおこう。2推しとか、3推しとか、落としても残念くらいで終われるキャラを付けよう。
「あ、ちょっとお兄さん。」
 校門を抜けようとした時、俺の肩を叩かれ振り返ると、朝の男性がいた。見る度に俺の好みの顔だと脳内の俺が頭を抱える。
「お前誰なの。」
 翔真は警戒心MAXの顔で、俺の1歩前へ出る。やることなすこと本当に楓が好きそうな行動だ。
「翔真、大丈夫だから。お兄さん、朝の人ですよね。」
「覚えててくれたん?」
 もちろん、好みドンピシャなんで……、とは言えずとりあえず笑って流しておいた。とはいえ、改めて見ても完璧な彼。しかも、制服は有名私立高校のものだ。頭もいいって事?それはもう、糸目キャラに多い参謀役にピッタリじゃん。
「え、っと、今姉とは一緒じゃないんですが。」
「いや、お兄さんに用事あんねん。」
 ニコニコとした目からは真意が読み取れない。いや、そんな所もいい。糸目キャラの醍醐味だ。そんなところがいい。
「何が…、」
「これ、今朝落としたやろ?」
 彼の手の中には、俺が探していた“「恋するタヌキ」のキツネ”のキーホルダーだった。
「へっ、これ、探してたんです!ありがとうございま……。」
 キーホルダーが見つかって嬉しい反面、俺のオタク気質が彼にバレてしまったことが恥ずかしい。少女漫画のキャラなんて誰が知っているのだろうか。ましてや、動物姿バージョンが女子高生の間で流行っている中、等身キーホルダーを持っている男なんて、引かれるに決まっている。
「この漫画、おもろいよな。キツネ派なんやな。」
 ……この人は、本当に神なのではないだろうか。オタクに寛大なイケメンをこの世に授けてくれて本当に感謝しかない。
「俺はタヌキ派やねんけど、美兎の為に優しい嘘つく感じが好きでな、」
「超分かります!俺もタヌキのそのシーン大好きなんですけど、やっぱりキツネの好きな子はなんとしてでも手に入れたいみたいなワイルドさに惹かれて……、すみません、話しすぎちゃいました。」
 理解してくれたことへの喜びがデカすぎて、ついつい話しすぎてしまった。恐る恐る彼の方を見ると、やっぱりニコニコとした表情を浮かべる。糸目キャラ特有の察せない表情だ。
「あの、もういいです?俺ら本屋行かなきゃなんで。」
「うん、引き留めてごめんな。俺もバイトやから。」
 ヒラヒラと手を振りながら、俺らの元を去っていく。何故か翔真は少し不服そう。でも、俺が顔を覗き込めば、いつもの優しい表情に戻る。
「颯斗、変なやつに捕まんなよ?」
「さっきの人のこと言ってる?あの人の狙いは楓だから。」
 自惚れてはいけないんだ。ただ、少し優しくされたからって。