◇
「目が覚めたら、一週間経ってた……?」
さっきの場所から少し離れた、小さな公園。
自販機の横にあるベンチに並んで座った渚くんは、僕の話を繰り返すようにそう言って、信じられないものを見るみたいに眉を寄せたまま、少し先の地面を見ていた。
「う……うん。そ、それで……話しかけても……誰にも気がついてもらえなくて……」
僕は今日、自分の身に起こったことを、できるだけ順を追って話したところだ。朝起きたら時間も日付もおかしくて、先生にもクラスメイトにも気づいてもらえなくて、鏡にも自分が映らなくて、母さんにさえ見えていなかったこと。
渚くんは、話を聞くにつれてどんどん難しい顔になっていった。
でも、馬鹿にしたり疑ったりはしない。ただ本気で理解しようとしてくれているのがわかった。
そんな渚くんの横で、僕は別の意味でも激しく動揺していた。
こんな時にそれどころじゃないって、自分でも思う。
思うのに、心臓がずっとばくばくしていて落ち着かないし、手汗をかいていないかまで気になって仕方ない。
なぜなら、僕たちはさっきからずっと手を繋いでいるのだ。
ベンチに並んで座ったまま、手を。
どうしてそんなことになっているのかといえば、理由は単純だった。
どういうわけか、渚くんは僕に触れている間だけ、僕の姿を見ることができる。
逆に言えば、手を離した瞬間、また僕は見えなくなってしまうし、声も聞こえなくなる。
だからこうして、僕たちは手を繋いでいるのだ。
「その一週間の間……真尋は行方不明ってことになってた」
渚くんの真剣な声が、変にふわついていた僕の意識を引き戻した。
「クラスメイトにはまだ、ひどい風邪で休んでるってことになってるけど、先生たちはもう知ってるよ」
「そ、そうなんだ……」
「真尋のお母さんもお父さんも、すごく心配してた。俺のところにも、心当たりないかって聞きに来た」
だから渚くんは、僕が行方不明だって知っていたらしい。
母さんたちは、たぶん今でも、僕たちがすごく仲がいいと思ってる。昔みたいに。だから、きっと渚くんのところにも聞きに行ったのだ。
「母さんに、伝えなきゃ……僕の状況……」
さっき家に帰った時の様子を思い出す。
泣きながら電話をしていた背中が浮かんで、胸のあたりがぎゅっと痛くなった。
「よくわからない状況だけど、とにかく無事だって、伝えてあげたい……」
気づかないうちに、繋いだ手に力が入っていたらしい。
そのせいか、ふいに渚くんが僕の顔を覗き込んできた。
「自分がこんな状況なのに、真尋はお母さんの心配してるんだね」
「へっ?」
何を言われたのか一瞬うまく飲み込めなかった。
それより、手を握られたまま、そんな近くから顔を覗き込まれたことの方に動揺してしまって、変な声が漏れる。
渚くんは小さく息をつくみたいにして、
「真尋らしいね……」
とだけ言い、するりと視線を外した。
「一緒に行こうか……おばさんのとこ」
そんなふうに言ってくれたことが嬉しくて、僕は思わずまた「え」と声を漏らした。
でも、そのあとすぐに、胸の内側へ別の不安が広がってくる。
「でも……」
「うん?」
「母さん、僕の声が聞こえてなかった……」
あの時のことを思い出す。
すぐそばで声を張り上げても、肩に触れても、母さんは何ひとつ気づいてくれなかった。
「だから、行っても……たぶん、また……」
そこまで言って、言葉が途切れる。
期待したいのに、期待するのが怖い。
せっかく渚くんには見えているのに、母さんの前でまた何も伝わらなかったらと思うと、それだけで心が縮こまる。
「おばさんに会った時、真尋は手を繋いだの?」
「え?」
「こういうふうに手を繋いでみたのかってこと」
そう言って渚くんは、繋いだままだった僕らの手を胸のあたりまで持ち上げてみせた。
渚くんにしてみれば、たぶん何気ない確認の仕草だったんだと思う。けれど僕は、その動きで改めて「手を繋いでいる」という事実を意識してしまって、かっと顔が熱くなった。そんな場合じゃないのに、と思う。こんな動揺、悟られないようにしなきゃいけない。渚くんは真面目に僕のことを心配して、こうしていろいろ考えてくれているのだから。
「肩に触ったりはしたけど、手は繋いでないよ」
少しだけ視線を泳がせながら、僕はまたさっきの母さんとのやり取りを思い返す。声をかけても届かなくて、肩に触れても気づいてもらえなくて、ただ母さんが泣いているのを見ているしかなかった。
「うん。じゃあ試してみようよ。もしかしたら、こういうふうに手で触れ合わないと見えないとか、そういうことかもしれない」
渚くんは、変に断言するでもなく、でも迷いなくそう言った。
わからないことだらけの状況なのに、その言葉には妙な落ち着きがあって、僕は少しだけ救われた気持ちになる。
「とにかく、一回行ってみよう」
渚くんはそう言って立ち上がった。
引かれるようにして、僕もベンチから腰を上げる。
「目が覚めたら、一週間経ってた……?」
さっきの場所から少し離れた、小さな公園。
自販機の横にあるベンチに並んで座った渚くんは、僕の話を繰り返すようにそう言って、信じられないものを見るみたいに眉を寄せたまま、少し先の地面を見ていた。
「う……うん。そ、それで……話しかけても……誰にも気がついてもらえなくて……」
僕は今日、自分の身に起こったことを、できるだけ順を追って話したところだ。朝起きたら時間も日付もおかしくて、先生にもクラスメイトにも気づいてもらえなくて、鏡にも自分が映らなくて、母さんにさえ見えていなかったこと。
渚くんは、話を聞くにつれてどんどん難しい顔になっていった。
でも、馬鹿にしたり疑ったりはしない。ただ本気で理解しようとしてくれているのがわかった。
そんな渚くんの横で、僕は別の意味でも激しく動揺していた。
こんな時にそれどころじゃないって、自分でも思う。
思うのに、心臓がずっとばくばくしていて落ち着かないし、手汗をかいていないかまで気になって仕方ない。
なぜなら、僕たちはさっきからずっと手を繋いでいるのだ。
ベンチに並んで座ったまま、手を。
どうしてそんなことになっているのかといえば、理由は単純だった。
どういうわけか、渚くんは僕に触れている間だけ、僕の姿を見ることができる。
逆に言えば、手を離した瞬間、また僕は見えなくなってしまうし、声も聞こえなくなる。
だからこうして、僕たちは手を繋いでいるのだ。
「その一週間の間……真尋は行方不明ってことになってた」
渚くんの真剣な声が、変にふわついていた僕の意識を引き戻した。
「クラスメイトにはまだ、ひどい風邪で休んでるってことになってるけど、先生たちはもう知ってるよ」
「そ、そうなんだ……」
「真尋のお母さんもお父さんも、すごく心配してた。俺のところにも、心当たりないかって聞きに来た」
だから渚くんは、僕が行方不明だって知っていたらしい。
母さんたちは、たぶん今でも、僕たちがすごく仲がいいと思ってる。昔みたいに。だから、きっと渚くんのところにも聞きに行ったのだ。
「母さんに、伝えなきゃ……僕の状況……」
さっき家に帰った時の様子を思い出す。
泣きながら電話をしていた背中が浮かんで、胸のあたりがぎゅっと痛くなった。
「よくわからない状況だけど、とにかく無事だって、伝えてあげたい……」
気づかないうちに、繋いだ手に力が入っていたらしい。
そのせいか、ふいに渚くんが僕の顔を覗き込んできた。
「自分がこんな状況なのに、真尋はお母さんの心配してるんだね」
「へっ?」
何を言われたのか一瞬うまく飲み込めなかった。
それより、手を握られたまま、そんな近くから顔を覗き込まれたことの方に動揺してしまって、変な声が漏れる。
渚くんは小さく息をつくみたいにして、
「真尋らしいね……」
とだけ言い、するりと視線を外した。
「一緒に行こうか……おばさんのとこ」
そんなふうに言ってくれたことが嬉しくて、僕は思わずまた「え」と声を漏らした。
でも、そのあとすぐに、胸の内側へ別の不安が広がってくる。
「でも……」
「うん?」
「母さん、僕の声が聞こえてなかった……」
あの時のことを思い出す。
すぐそばで声を張り上げても、肩に触れても、母さんは何ひとつ気づいてくれなかった。
「だから、行っても……たぶん、また……」
そこまで言って、言葉が途切れる。
期待したいのに、期待するのが怖い。
せっかく渚くんには見えているのに、母さんの前でまた何も伝わらなかったらと思うと、それだけで心が縮こまる。
「おばさんに会った時、真尋は手を繋いだの?」
「え?」
「こういうふうに手を繋いでみたのかってこと」
そう言って渚くんは、繋いだままだった僕らの手を胸のあたりまで持ち上げてみせた。
渚くんにしてみれば、たぶん何気ない確認の仕草だったんだと思う。けれど僕は、その動きで改めて「手を繋いでいる」という事実を意識してしまって、かっと顔が熱くなった。そんな場合じゃないのに、と思う。こんな動揺、悟られないようにしなきゃいけない。渚くんは真面目に僕のことを心配して、こうしていろいろ考えてくれているのだから。
「肩に触ったりはしたけど、手は繋いでないよ」
少しだけ視線を泳がせながら、僕はまたさっきの母さんとのやり取りを思い返す。声をかけても届かなくて、肩に触れても気づいてもらえなくて、ただ母さんが泣いているのを見ているしかなかった。
「うん。じゃあ試してみようよ。もしかしたら、こういうふうに手で触れ合わないと見えないとか、そういうことかもしれない」
渚くんは、変に断言するでもなく、でも迷いなくそう言った。
わからないことだらけの状況なのに、その言葉には妙な落ち着きがあって、僕は少しだけ救われた気持ちになる。
「とにかく、一回行ってみよう」
渚くんはそう言って立ち上がった。
引かれるようにして、僕もベンチから腰を上げる。


