それから。
霊花を不正に犯罪組織に横流しにして居た事が発覚した東伊神社は多大な非難を浴びた。
宗珠様は東一の監獄に投獄され、当面の間は出所も出来ないそう。事実上、宗珠様が私の前に現れる事は無くなった。
東伊神社の他の巫女巫覡達も、宗珠様に加担していた人は投獄され、そうでない人は別の神社へ配属された。でも、霊花の生成や妖の対応をほぼやっていなかったから、馴染めずに苦労を強いられているらしい。
私は離れから住居を移して、志皇様と同じ本殿で生活をする事になった。離れは、私が霊花を作る時には居ていいそう。気になって、どうして離れで過ごす様に言ったのかと聞くと、
「暁家は妖や半妖がほとんどだからな。お前に危害を加える者が居ない様に、所属や人員を再編していた。もう大丈夫だ。ここには、お前を蔑む者など居ない」
その言葉に、私は何だが胸の支えが取れたようでほっと胸を撫で下ろした。
北の地で呼吸をすると澄み渡った空気が肺に流れ込んでくる。ああ本当に、私はこの地に来て良かった。
そして少しばかりの日が経った。
今日は私にとって特別な日。――私と旦那様との結婚式。
満開の桜が穏やかな風に流される真昼。
穏やかな日差しに照らされる暁領の神社には、祝福するような雨がしとしとと降り注ぐ。
私はそれを、格子窓から満足げに眺めた。
「天気雨か」
「はい。ご利益がありますね」
「……そうなのか?」
「東の地では、結婚式に雨が降る事は”龍神様の祝福”とされています。縁起が良いものなんですよ」
「それは、後で龍神に礼を言いに行かないとな」
私の隣で志皇様がふっと微笑む。藍色の五つ紋付羽織袴を身に纏った志皇様は、凛とした佇まいで私を見つめてくれる。志皇様がそっと私の頬に指先を滑らせた。
「俺の髪と同じ色の色打掛が良く似合っているな、香耶乃」
「志皇様も、私の髪と同じ色の羽織袴を選んで下さって……ありがとうございます」
「それでは、新郎新婦のご入場です」
斎主(さいしゅ)の声が穏やかに廊下に響き、両開きの扉が開かれる。
志皇様と顔を見合わせる。差し出された腕に右手を添え、私達は豊かな雅楽の流れる中、神殿へ足を踏み入れた。
由緒ある暁領一番の神社の神殿で、私達は神前式でこの縁を結ぶ。
自然由来の素材で象られた空間は、白木の清廉な香りに包まれている。
人型の妖達が奏でてくれる雅楽、斎主に穏やかに読み上げられる祝詞を二人並んで拝聴する。
「では、新郎より簪送りの儀を」
志皇様が私の頭に乗る花の刺繍が施された綿帽子をずらす。
露わになった私の首筋には茜色の芍薬の刻印が咲き誇り、木漏れ日の用に差し込む日の光に照らされてその鮮やかさを増している様を、私は祭壇に飾られた神鏡越しに眺めた。
「まあなんて鮮やかな刻印……」
「なんて美しいのでしょう」
来賓席から零れる感嘆の声に少し気恥しくなる。
この地では、私を呪印と言う人はいない。皆に祝福されて結婚出来る事がこんなに嬉しいなんて、私は知らなかった。
志皇様が懐から精緻な花の細工が施されたべっ甲の簪を取り出し、私の結い上げられた黒髪に差し込んだ。
それは、以前志皇様と一緒に選んだものだ。
「やっぱり似合うな」
「……嬉しいです」
そのまま斎主様に促されて指輪の交換をする。
私の左手を恭しく掬い取った志皇様が、薬指に指輪をはめてくれる。淑やかな金色の輝きを纏う指輪は、志皇様の瞳の色の様。
「では、誓いの口付けを」
綿帽子をそっとずらされ、志皇様と向き合う。
私は口を開いた。ずっとこの言葉を、この方に言いたいと思っていたから。
「志皇様。私の家族になって下さって、本当にありがとうございます」
「香耶乃……」
私はずっと、家族が欲しかった。
両親を幼い時に亡くした私は、参拝などで来ていた家族にずっと憧れていた。
"呪印"と呼ばれた私でも、いつかこの印を刻んでくれた方と家庭を築きたい。叶う事なら、私の手で誰かを幸せにしてあげたい。……その想いが、叶えられる。
「志皇様、私は……貴方を幸せにしたいのです」
「欲の無い奴だな。俺はこの地でお前と居られれば幸せだ。だから――」
志皇様に顎先を掬われて上を向く。
蜂蜜の様な光沢を宿す瞳に囚われて、私の胸がとくりと優しく高鳴る。
「これからはお前が、俺から与えられる幸せに慣れろ」
私達はそのまま、幸せを分け合う様に唇を重ね合った。
志皇の唇は柔らかくて温かい。いつも私に、温もりを分け与えてくれる。
「私に幸せをくれてありがとうございます。……旦那様」
想いが溢れて涙が溢れる。
涙を拭ってくれるしなやかな手に頬を擦り寄せて、私は愛しさを込めて微笑んだ。
END.
霊花を不正に犯罪組織に横流しにして居た事が発覚した東伊神社は多大な非難を浴びた。
宗珠様は東一の監獄に投獄され、当面の間は出所も出来ないそう。事実上、宗珠様が私の前に現れる事は無くなった。
東伊神社の他の巫女巫覡達も、宗珠様に加担していた人は投獄され、そうでない人は別の神社へ配属された。でも、霊花の生成や妖の対応をほぼやっていなかったから、馴染めずに苦労を強いられているらしい。
私は離れから住居を移して、志皇様と同じ本殿で生活をする事になった。離れは、私が霊花を作る時には居ていいそう。気になって、どうして離れで過ごす様に言ったのかと聞くと、
「暁家は妖や半妖がほとんどだからな。お前に危害を加える者が居ない様に、所属や人員を再編していた。もう大丈夫だ。ここには、お前を蔑む者など居ない」
その言葉に、私は何だが胸の支えが取れたようでほっと胸を撫で下ろした。
北の地で呼吸をすると澄み渡った空気が肺に流れ込んでくる。ああ本当に、私はこの地に来て良かった。
そして少しばかりの日が経った。
今日は私にとって特別な日。――私と旦那様との結婚式。
満開の桜が穏やかな風に流される真昼。
穏やかな日差しに照らされる暁領の神社には、祝福するような雨がしとしとと降り注ぐ。
私はそれを、格子窓から満足げに眺めた。
「天気雨か」
「はい。ご利益がありますね」
「……そうなのか?」
「東の地では、結婚式に雨が降る事は”龍神様の祝福”とされています。縁起が良いものなんですよ」
「それは、後で龍神に礼を言いに行かないとな」
私の隣で志皇様がふっと微笑む。藍色の五つ紋付羽織袴を身に纏った志皇様は、凛とした佇まいで私を見つめてくれる。志皇様がそっと私の頬に指先を滑らせた。
「俺の髪と同じ色の色打掛が良く似合っているな、香耶乃」
「志皇様も、私の髪と同じ色の羽織袴を選んで下さって……ありがとうございます」
「それでは、新郎新婦のご入場です」
斎主(さいしゅ)の声が穏やかに廊下に響き、両開きの扉が開かれる。
志皇様と顔を見合わせる。差し出された腕に右手を添え、私達は豊かな雅楽の流れる中、神殿へ足を踏み入れた。
由緒ある暁領一番の神社の神殿で、私達は神前式でこの縁を結ぶ。
自然由来の素材で象られた空間は、白木の清廉な香りに包まれている。
人型の妖達が奏でてくれる雅楽、斎主に穏やかに読み上げられる祝詞を二人並んで拝聴する。
「では、新郎より簪送りの儀を」
志皇様が私の頭に乗る花の刺繍が施された綿帽子をずらす。
露わになった私の首筋には茜色の芍薬の刻印が咲き誇り、木漏れ日の用に差し込む日の光に照らされてその鮮やかさを増している様を、私は祭壇に飾られた神鏡越しに眺めた。
「まあなんて鮮やかな刻印……」
「なんて美しいのでしょう」
来賓席から零れる感嘆の声に少し気恥しくなる。
この地では、私を呪印と言う人はいない。皆に祝福されて結婚出来る事がこんなに嬉しいなんて、私は知らなかった。
志皇様が懐から精緻な花の細工が施されたべっ甲の簪を取り出し、私の結い上げられた黒髪に差し込んだ。
それは、以前志皇様と一緒に選んだものだ。
「やっぱり似合うな」
「……嬉しいです」
そのまま斎主様に促されて指輪の交換をする。
私の左手を恭しく掬い取った志皇様が、薬指に指輪をはめてくれる。淑やかな金色の輝きを纏う指輪は、志皇様の瞳の色の様。
「では、誓いの口付けを」
綿帽子をそっとずらされ、志皇様と向き合う。
私は口を開いた。ずっとこの言葉を、この方に言いたいと思っていたから。
「志皇様。私の家族になって下さって、本当にありがとうございます」
「香耶乃……」
私はずっと、家族が欲しかった。
両親を幼い時に亡くした私は、参拝などで来ていた家族にずっと憧れていた。
"呪印"と呼ばれた私でも、いつかこの印を刻んでくれた方と家庭を築きたい。叶う事なら、私の手で誰かを幸せにしてあげたい。……その想いが、叶えられる。
「志皇様、私は……貴方を幸せにしたいのです」
「欲の無い奴だな。俺はこの地でお前と居られれば幸せだ。だから――」
志皇様に顎先を掬われて上を向く。
蜂蜜の様な光沢を宿す瞳に囚われて、私の胸がとくりと優しく高鳴る。
「これからはお前が、俺から与えられる幸せに慣れろ」
私達はそのまま、幸せを分け合う様に唇を重ね合った。
志皇の唇は柔らかくて温かい。いつも私に、温もりを分け与えてくれる。
「私に幸せをくれてありがとうございます。……旦那様」
想いが溢れて涙が溢れる。
涙を拭ってくれるしなやかな手に頬を擦り寄せて、私は愛しさを込めて微笑んだ。
END.



