崖っぷち王国の大躍進!~末っ子王子はチートスキル『素材合成(マテリアマージ)』で大空を制覇する~

「あなたたち、お待ちなさい。黙って聞いていれば……いくらなんでも無礼なのではありませんか?」
 後ろからきつい声色が飛んできた。振り返るとそこには、僕と同じくらいの年齢の、マントとローブ姿の女の子が腰に手を当てて立っていた。
 編み込みの入ったピンクゴールドの髪がさらりと揺れて、つやつやと輝く。
 気が強そうな大きなオレンジ色の瞳が、まっすぐに男たちを射貫く。
「なんだあ、このガキは」
 へらへらとした笑みで振り返った男たちと女の子の間に、別の男がするりと割り込む。
女の子のマントとデザインの系統が似ているから、女の子の関係者だろう。
「こちらはシエナ・イグナイト殿下である」
 名を告げただけで、男たちが青ざめる。
「イグナイト王国の!? ひえ、大変な失礼をいたしました……どうかお許しください」
 先ほどまでの尊大な態度はどこへやらだ。
 会話からすると、シエナと呼ばれた女の子はイグナイト王国の王族らしい。
 割って入ったのは、護衛の騎士だろうか。シエナの後ろには、侍女らしき女性や、他にも数人の護衛が付き従っている。
「ステラロード王国は、厳しい環境の中にあっても優しく誇り高く、懸命に立っているのです。あなたたちも、ここで補給を受けているのでしょう? それを、あのような無礼な言い方……許せません」
 どうか落ち着いてください、と侍女がたしなめてようやく、シエナは溜飲を下げたようだった。
「そこのおふたり、ステラロード王国の方々ですわよね? たまたま助けた商船に請われて同行させていたのですが、大変な失礼をいたしました。どうかお許しください」
「あ、いえ……ぜんぜん大丈夫です」
 突然の出来事すぎて、しどろもどろに答える僕のかわりに、シルヴァ兄がすっと前に出て、最上級の礼を優雅にキメる。
「とんでもございません。シルヴァン・ステラロードならびにレガロ・ステラロード、姫殿下のあたたかいお言葉に感激いたしました。レガロは姫殿下の美しさに少し緊張している様子、無礼な振る舞いをお許しください」
「まあ、ステラロード王家の方々だったのですね。お会いできて光栄ですわ」
「イグナイト王国の皆様には、いつもよくしていただいていると父や母からも伺っております。何もないところですが、ぜひごゆっくりとおくつろぎください」
 シルヴァ兄がやわらかな微笑みを返す。
「ありがとうございます。陛下には先にご挨拶させていただきました。これから城下町を見せていただこうと思っておりました」
「さようでございましたか。よろしければぜひ、このレガロにエスコートさせていただけませんか? 大変心苦しいのですが、私は所用がございまして……」
「も、ちろんでございます。光栄です」
 シルヴァ兄に軽くこづかれて、慌てて答える。
 不慣れすぎる上に、言葉遣いが合っているのかまったくわからない。
 どうして急に、と思ったものの、考えてみればシルヴァ兄は視察中だったんだっけ。
 いきなり発生したお姫様ご一行のエスコートイベントは、僕にはまだ荷が重すぎる気がする。
 どうにか予定を変更できないだろうかと視線を送るが、シルヴァ兄は何故か僕に向かってばちんとウインクして、それからシエナを振り返ってにっこりと微笑んだ。
「慌ただしくて大変申し訳ありません、それでは私はこれで。レガロ、後は頼んだからね」

 城下町を案内したシエナは、ころころと表情を変えてよく笑い、楽しんでくれているようだった。
 登場時のインパクトが大きかっただけに、もっときつい感じかと思っていたから正直少しほっとした。誰だって、怒っている時はきつくなるものだよね。先入観はよくなかった。
「レガロ様、すごいですわ。これ、とっても美味しいです」
「姫殿下のお口にあって、良かったです」
 シエナは好奇心も旺盛で、食べ物を売る露店でも興味津々だった。
 食べているのはピザに近い食べ物で、本来は平たい生地に塩気の強いチーズを乗せて、油をひいて焼くだけのシンプルなものだ。今回はそこに、個人的にずっと試してみたかったアレンジを加えている。
 この国でよく採れる野菜のひとつであるトマトと、バジルのようなハーブを刻んで乗せたのだ。
 絶対に合うだろうと思っていただけに、予想以上に上手くいってくれて嬉しい。
濃厚なチーズと油が、トマトの酸味とハーブの香りのおかげでさっぱりと食べられる。エスコートを忘れそうになる美味しさだ。
 初めての試みを他国のお姫様に食べさせるなよ、という感じではあるけど、後悔はしていない。
 シエナだけではなく、毒見的に先に口をつけた侍女はもちろん、護衛の騎士の皆さんもそろって、美味しいと言ってくれているもんね。
「姫殿下。そろそろ、お城へ参りましょうか」
 城下町のメインストリートも案内したし、腹ごしらえも上手くいった。あまり裏路地に入るわけにもいかないし、父さんたちがいるはずの城に連れていくには、いい頃合いだと思った。
 ところがシエナは、おとなしくついてきてくれてはいるものの、なんだかむすっとしてしまった。
 さっきまで、マルゲリータ風のピザを食べてご満悦だったのに、何がいけなかったのかまったくわからない。
「レガロ様。もしよろしければ、私のことはシエナと呼んでくださいませんか? とっても楽しい時間を過ごせているつもりになっていたのは、私だけだったのかしら?」
「そ、そんなことはありません。それじゃあ、シエナ姫とお呼びしても?」
「ええ、よろしくてよ。私、おそらく同世代のレガロ様ともっと仲良くなりたいと思っておりますの」
「……ありがとうございます、シエナ姫」
 難しい。とても難しい。
 同世代だからというだけで、こんなに距離を詰めようとしてくれるものだろうか。
 好意的に解釈するなら、さっきの港でのやりとりで一言物申そうとした僕に、ステラロード王国の誇りを感じてくれたとかだろうか。
 もしくは、ピザで胃袋を掴んだか。ああ、こっちの方がそれっぽいかもしれない。
 肩の上に乗ったソルが、僕のほっぺを肉球でぺしぺしと押してくる。
 気を付けてレガロ、顔に出ちゃってるよ、とでも言いたげだ。
「レガロ様は、とっても強い志をもっていらっしゃる方だと思いましたの」
 シエナが、横目でちらりとこちらをうかがってから、楽しそうに口を開く。
 どうして、仲良くなりたいなどと言ってくれているのかわからない。
 さっきの困惑顔は、しっかりばれていたらしい。
 危ないところだった。笑って説明してくれる子で本当によかった。
「まだ小さいのに、先ほどの無礼な商人に、毅然とした態度を取ろうとされていたでしょう?」
 まだ小さいのに。同じくらいの背格好のシエナからそう言われると、とても不思議な気持ちだ。
 同じくらいですよね、と指摘するのが悪手であることはさすがにわかる。シルヴァ兄の所作を思い出して、笑顔を作ってゆっくり頷いておく。
「陛下からもレガロ様のご活躍をお聞きして、お会いできるのを楽しみにしていましたのよ」
 父さんがどんな話を吹き込んでいたのかは、後で聞いておくとして、「光栄です」と返事をしておく。
 子供とはいえ、王族同士の会話なんて初体験の僕としては、一挙手一投足が綱渡りの気持ちだ。
 さっき視察した橋より、今の僕の方がよっぽど危ないんじゃないか。すみません、不謹慎でした。
「城下町を案内してくださった時の、町に暮らす皆さんに寄り添う視点。とっても美味しくて不思議なお料理に、そちらのかわいい子まで……想像した以上に素敵な方で、嬉しくなってしまいました。何より、動物に好かれる方に悪い方はいませんわ」
 町に暮らす皆さんに寄り添う視点。
 とても好意的な解釈で嬉しいけど、それは僕が生粋の庶民だからですよ。
 ぎくしゃくしてボロが出る前に、せっかく話題に出してくれたことだし、山猫のソルに話題を誘導しておこう。
「この子はソルといいます。たまたま森で出会って、仲良くなったんですよ」
 ソルが僕の肩から腕をつたって、シエナをちょいちょいする。
 こら、ソル。せっかくの好感触なのに、不敬な振る舞いはやめなさい。
 と思ったのだけど、シエナのとろけた表情を見るに、これはむしろ援護射撃になっているね。
「かわいいですよね」
「うん、すごいかわいい。あ、いえ……とっても愛らしいと思いますわ」
 オーケー。シエナの素はきっとこっちだね。
 王女らしく、他国を訪問した姫君らしく、頑張って振る舞っているのだと思うと、なんだか微笑ましい感じがしてきた。
「ようこそお越しくださいました。陛下はヴィクターと共に、奥にいらっしゃいますわ。レガロ、エスコートありがとう」
 お城に到着したところで、母さんが出迎えてくれる。母さんが加わったことで、話はステラロード王国にやってくるまでの航海の話や、諸外国の情勢などに発展していく。
 シエナは色々知っていてすごい。人のことは言えないけど、とても三歳とは思えない。
「半年後のフェスタには、ステラロード王国の皆様もいらっしゃいますの?」
「次回はテオの町でしたね? 伺うつもりで準備を進めておりますわ」
「フェスタ……ってなんですか?」
 そういえば、港の男たちも話していたっけ。きょとんとした顔で聞いた僕に、母さんが助け船を出してくれる。
「半年に一度、各国の船が集まって開催されるお祭りのようなものよ。この間のあなたの誕生日プレゼントも、前回のフェスタで買ったものなの」
「素晴らしい活気で、大変な賑わいですのよ。本当の目的はもちろん、各国の貿易に関する相談や交流なのですけれど。イグナイト王国の魔法金属製品も、フェスタごとに新作を披露しておりますの」
 得意げな笑顔満開のシエナに、母さんが微笑む。
「イグナイト王国の魔法金属は、素材も品も本当に素晴らしいですわ。私の魔法杖もイグナイト王国のものを使っておりますのよ」
「まあ、ありがとうございます。私のロッドも……あ、そうでした。私のロッドは、お見せできませんわね」
 話の流れで得意げに自分のロッドを出そうとして、シエナの表情が曇る。
「何かあったんですか?」
「航海の途中で魔物に襲われて、壊れてしまいましたの。もちろん、魔物はしっかりと私の炎魔法で倒してさしあげましたけれど」
 僕と同世代に見えるシエナが海を渡ってきていて、フェスタなる祭典の経験がある時点でかなりの驚きだったのに、魔法も使える上に魔物と戦ったこともあるなんて。
 さすがは異世界、三歳でスキルを使えるくらい珍しくもないと言っていた、シルヴァ兄の話の通りだ。僕ももっと頑張らないと。
「それは大変でしたね」
 ふと思いついて、母さんに目配せする。
 母さんは、少し迷ってから「いいんじゃないかしら」と首を少しだけ傾けてくれた。
「もしよろしければ、壊れたロッドを見せていただけませんか?」
「構いませんけれど、あまり面白いものではありませんわよ」
 シエナが侍女に指示をして取り出させたロッドを、手近な部屋のテーブルに並べてもらう。
 先端にはめこまれていたであろう大きな赤い宝石が、いくつかに砕けている。魔法金属製だという柄も、大きな爪に引っかかれたかのように、三つに裂けていた。
 いっさい遠慮のない、殺意のこもった爪痕にぶるりと身体が震える。
「本当に、シエナ姫がご無事で何よりでした……これは、帰ってから修理されるんですか?」
「いいえ。残念ながら、先端の宝石が割れてしまってはもうダメですわね。魔法金属は溶かしてもう一度使えるでしょうけれど、新しい石を探して作り直しです」
「なるほど。捨ててしまうものなら、少し頑張ってみてもいいですか?」
「頑張ってみても……とは? 構いませんけれど、パズルのようにくっつけても、あまり意味はありませんわよ?」