「父さん、新しいノート置いておくね?」
「頑張ってるな、ありがとよ。それなりにしっかりしたものが作れるようになってきたじゃねえか」
「そうかな? ありがとう。でもまだまだ直したいところはあるんだよね」
「そうか。向上心があるってのはいいことだ」
葉っぱと木の枝、木の蔓から合成したノートをぱらぱらとめくって、父さんがにやりと笑う。
僕は父さんの執務室にやってきていた。室内はあまり広くなく、シンプルな作りのデスクと椅子、それから書類を整理する棚くらいしか物がない。
明かりを取り入れるための窓の向こうには、海が見える。
がちゃがちゃ飾るのは趣味じゃねえんだ、と笑っていた通り、父さんはシンプルなデザインが好みのようだ。
デスクの上には羽ペンとインク、それから数冊のノートが置いてある。
僕が紙のノートの合成を始めてからは、これまで使っていた羊皮紙をやめて、僕が合成したノートをメインに使ってくれているのだ。
植物から作る紙は、この世界ではまだまだ貴重だ。海の向こうで買ってくるには高価だし、国内で作るには足りないものが多すぎるのだそうだ。
素材合成スキルの成果の中で、もっとも喜ばれているもののひとつだ。
「今日もこの後は、裏の森に行くのか?」
さっそく、新しいノートに何かを書きつけながら、父さんがちらりと僕に視線をよこす。
「うん。素材を集めたいし、スキルも試したいから」
「最近はなんだか、不思議なもんもたくさん作ってるよな。あの勝手に動くヤツ、あったろ。ありゃなんだ? いつの間にか魔法も覚えたのか?」
「あれは魔力で動く仕掛けをつけてあるんだ。たまにシルヴァ兄に教えてもらってるけど、魔法は使えないままだよ」
「ほお、魔力で……どういう仕組みだ?」
「わかんない、なんとなく?」
「お、おう……そうか。まあなんだ、暗くなる前に戻れよ?」
危ないところだった。色々なものを合成できるようになってきた僕は、前世の日本で見聞きした機械の合成に傾倒していた。
ノートや筆記用具、家具や椅子だけではなく、小型のモーターや小型のエンジンなどの試作品にも成功している。
正直なところ、中の仕組みをすべて理解しているわけではないし、前世の機械そのものでもない。
マグナ兄がアドバイスしてくれた通り、素材合成は完成品のイメージが大切だ。
こういう風に動く、こういう形のものを作りたい。
完成品のイメージをしっかりと頭の中に描けば、そして素材の量と質がきちんと揃っていれば、知らない仕組みもいい感じに動くように合成してくれる。
仕組みがわからないまま、魔力を流すだけで機械が動くのは、最初はかなり抵抗があった。
だから合成しては分解して、なるべく中身を見てみるようにしたし、小型のものから試して、本当に大丈夫そうなものだけ少しずつ大きなサイズを合成するようにしている。
ただし最近は、気にしすぎるのもよくないと思って、考えすぎないようになった。
前世とは違う部分の方が多いのだし、そもそもスキルや魔法自体もなかった。
常識が違うのだから、僕自身の考え方も変えていく必要があるよね。
「ありがとう。いざとなったらこの手持ち魔力灯もあるから、大丈夫だよ」
懐中電灯ならぬ、手持ち魔力灯のスイッチを入れてみせた。
「こら。そういう問題じゃないだろ、まったく」
僕を叱りつつ、父さんは少し嬉しそうだ。
父さんも母さんも、もちろんふたりの兄たちも、僕をとても心配してくれている。同時に、期待してくれているのもわかるので、なるべく応えたいと思う。
「はーい、ごめんなさい。それじゃあ行ってくるね」
もう少しだけ待っていてほしい、必ず役に立ってみせるから。
密かな決意を胸に、僕は父さんに手を振って執務室を飛び出した。
自分用のノートに、ペンを走らせる。
何を作るのにどれだけの素材が必要か、上手くいった時とそうでない時の違い、予想外の結果になった時の原因など、気がついたらメモをとっているものだ。
今は少しでも、スキル上達のヒントがほしいし、細かいメモは性に合っている感じもする。
ひんやりとした森の中に、羽ペンが紙をなぞる音だけが響く……わけではなく、森の中は意外と騒がしい。小動物、鳥、虫の声がそこかしこから聞こえてくるし、木々が風に揺れるざわめきも途切れることはない。
森に暮らすのは小さな動物がほとんどで、たまに大きなものがいても、おとなしい草食動物ばかりだ。王城の裏手にあるだけあって、しっかり人の手が入っているのだ。
ちょっとした道も整備されているから、そこを大きく外れない限り迷子になるようなこともない。
崖の方に行くよりは安全で、あまり人がこないこの場所は、スキルの練習や考えの整理にうってつけだった。
「それにしても、騒がしすぎない?」
木の根に座ってノートに集中していたのに、やたらと切羽詰まった鳴き声がずっと聞こえるものだから、集中が切れてしまった。森はそんなに静かではないとはいえ、これはおかしい。
仕方なく、うんとひとつ伸びをして立ち上がり、辺りを少し探索してみた。
「あれは……」
鳴き声の主はすぐに見つかった。蛇に追い詰められた山猫が、空洞になった枯れ木の中で必死に威嚇の声を出していたのだ。まだ子供だろうか。小さな身体の毛を精一杯逆立てて、蛇を牽制している。
僕は咄嗟に駆け出した。
こちらに気づいた蛇が、首をぐっと持ち上げて牙をむき出しにする。
蛇の注意が僕に向いた隙に、山猫が枯れ木から脱出して逃げていく。
「わっと!」
飛びかかってきた蛇を、スライディング気味にかわす。
上手く身体が動いてくれたのは、抜き打ちで仕掛けられるマグナ兄のブートキャンプのおかげかもしれなかった。
すぐに振り向いて素材合成を発動し、蛇と山猫がやりあっていた枯れ木をぐるりと囲む。
イメージしたのは、蛇を閉じ込める檻だ。
再び飛びかかってきた蛇の頭上で、魔法陣が輝く。
檻を構成するパーツに成形された木材が、魔法陣からバラバラと降ってくる。
「ごめん、おとなしくしててね」
ぎゅっと拳を握って力を込めると、木材が蛇を取り囲み、檻の形になって蛇を完全に閉じ込めた。
イメージした通りだったとはいえ、不思議な感覚だ。合成の結果として完成品を出力するのではなく、パーツを出力してから組み立てられるなんて。
これを使いこなせたら、さらに幅が広がりそうだ。
火事場の馬鹿力的にスキルが成長した実感を得て、その場で何度か落ち葉や木の枝を使って素材合成を試してみる。偶然ではなく、どうやら合成途中のものを出力して、少しだけ操作できるようになったみたいだ。
「そうだ、あの子は? よかった、無事だね」
山猫の子供は、少し離れたところで毛を逆立ててこちらを観察している。
身体のサイズからすると大きな、リスのような尻尾が美しい。落ち葉色の身体には黄色いラインが入っている。オレンジに輝く瞳が印象的な、顔立ちのはっきりした子だ。必死に怒っている姿もすごくかわいい。
「もう大丈夫だよ。驚かせてごめんね」
本当は、野生の動物同士の争いに首を突っ込むべきではなかったかもしれない。
だけど今回は、考える前に身体が動いてしまった。
この森で蛇を見かけたのは初めてだったし、何か異質な感じがしたからだ。
そして何より、僕は前世から猫が大好きなのだ。
山猫同士の喧嘩なら手出しはしなかっただろうけど、この森にはいなかったであろう蛇に襲われていたのなら、助けないわけにはいかない。
「ひとまず戻って、シルヴァ兄に聞いてみようかな」
いったん檻をその場に置いて、放り出したノートと羽ペンを拾ってくる。それから、蛇が入った檻に追加の素材合成で持ち手とキャスターをつけた。
蛇のサイズはそれなりにあるし、檻を抱えて運ぶのは大変だ。キャリーケースのような形にすれば、僕でも持って帰れるだろう。
そこでふと、背後に気配を感じて振り向いた。
「キュイ」
僕に敵意がないことがわかったのか、山猫の子供がそろりそろりと近づいてきていた。
「わ、うそでしょ? いいの?」
足元までやってきた山猫が、すりすりと身体をこすりつけてくれる。
野生動物って、いきなりこんなに慣れたりしないはずだよね?
まさか、実は山猫ではなくて飼い猫だったとか?
僕が困惑している間に、山猫の子供は僕の身体をするすると登って、肩の上に収まった。
なにこれどうしよう、幸せすぎる。
「きみ、ひとりならうちの子になるかい?」
「キュイ」
返事してくれた!
などと考えるのは、猫好きの傲慢なのはわかっている。わかっていても、嬉しいものは嬉しい。
途中で逃げていくなら、それはそれでいいか。
僕は蛇が入った檻を空いた手で引いて、山猫を肩に乗せたまま歩き出した。
「頑張ってるな、ありがとよ。それなりにしっかりしたものが作れるようになってきたじゃねえか」
「そうかな? ありがとう。でもまだまだ直したいところはあるんだよね」
「そうか。向上心があるってのはいいことだ」
葉っぱと木の枝、木の蔓から合成したノートをぱらぱらとめくって、父さんがにやりと笑う。
僕は父さんの執務室にやってきていた。室内はあまり広くなく、シンプルな作りのデスクと椅子、それから書類を整理する棚くらいしか物がない。
明かりを取り入れるための窓の向こうには、海が見える。
がちゃがちゃ飾るのは趣味じゃねえんだ、と笑っていた通り、父さんはシンプルなデザインが好みのようだ。
デスクの上には羽ペンとインク、それから数冊のノートが置いてある。
僕が紙のノートの合成を始めてからは、これまで使っていた羊皮紙をやめて、僕が合成したノートをメインに使ってくれているのだ。
植物から作る紙は、この世界ではまだまだ貴重だ。海の向こうで買ってくるには高価だし、国内で作るには足りないものが多すぎるのだそうだ。
素材合成スキルの成果の中で、もっとも喜ばれているもののひとつだ。
「今日もこの後は、裏の森に行くのか?」
さっそく、新しいノートに何かを書きつけながら、父さんがちらりと僕に視線をよこす。
「うん。素材を集めたいし、スキルも試したいから」
「最近はなんだか、不思議なもんもたくさん作ってるよな。あの勝手に動くヤツ、あったろ。ありゃなんだ? いつの間にか魔法も覚えたのか?」
「あれは魔力で動く仕掛けをつけてあるんだ。たまにシルヴァ兄に教えてもらってるけど、魔法は使えないままだよ」
「ほお、魔力で……どういう仕組みだ?」
「わかんない、なんとなく?」
「お、おう……そうか。まあなんだ、暗くなる前に戻れよ?」
危ないところだった。色々なものを合成できるようになってきた僕は、前世の日本で見聞きした機械の合成に傾倒していた。
ノートや筆記用具、家具や椅子だけではなく、小型のモーターや小型のエンジンなどの試作品にも成功している。
正直なところ、中の仕組みをすべて理解しているわけではないし、前世の機械そのものでもない。
マグナ兄がアドバイスしてくれた通り、素材合成は完成品のイメージが大切だ。
こういう風に動く、こういう形のものを作りたい。
完成品のイメージをしっかりと頭の中に描けば、そして素材の量と質がきちんと揃っていれば、知らない仕組みもいい感じに動くように合成してくれる。
仕組みがわからないまま、魔力を流すだけで機械が動くのは、最初はかなり抵抗があった。
だから合成しては分解して、なるべく中身を見てみるようにしたし、小型のものから試して、本当に大丈夫そうなものだけ少しずつ大きなサイズを合成するようにしている。
ただし最近は、気にしすぎるのもよくないと思って、考えすぎないようになった。
前世とは違う部分の方が多いのだし、そもそもスキルや魔法自体もなかった。
常識が違うのだから、僕自身の考え方も変えていく必要があるよね。
「ありがとう。いざとなったらこの手持ち魔力灯もあるから、大丈夫だよ」
懐中電灯ならぬ、手持ち魔力灯のスイッチを入れてみせた。
「こら。そういう問題じゃないだろ、まったく」
僕を叱りつつ、父さんは少し嬉しそうだ。
父さんも母さんも、もちろんふたりの兄たちも、僕をとても心配してくれている。同時に、期待してくれているのもわかるので、なるべく応えたいと思う。
「はーい、ごめんなさい。それじゃあ行ってくるね」
もう少しだけ待っていてほしい、必ず役に立ってみせるから。
密かな決意を胸に、僕は父さんに手を振って執務室を飛び出した。
自分用のノートに、ペンを走らせる。
何を作るのにどれだけの素材が必要か、上手くいった時とそうでない時の違い、予想外の結果になった時の原因など、気がついたらメモをとっているものだ。
今は少しでも、スキル上達のヒントがほしいし、細かいメモは性に合っている感じもする。
ひんやりとした森の中に、羽ペンが紙をなぞる音だけが響く……わけではなく、森の中は意外と騒がしい。小動物、鳥、虫の声がそこかしこから聞こえてくるし、木々が風に揺れるざわめきも途切れることはない。
森に暮らすのは小さな動物がほとんどで、たまに大きなものがいても、おとなしい草食動物ばかりだ。王城の裏手にあるだけあって、しっかり人の手が入っているのだ。
ちょっとした道も整備されているから、そこを大きく外れない限り迷子になるようなこともない。
崖の方に行くよりは安全で、あまり人がこないこの場所は、スキルの練習や考えの整理にうってつけだった。
「それにしても、騒がしすぎない?」
木の根に座ってノートに集中していたのに、やたらと切羽詰まった鳴き声がずっと聞こえるものだから、集中が切れてしまった。森はそんなに静かではないとはいえ、これはおかしい。
仕方なく、うんとひとつ伸びをして立ち上がり、辺りを少し探索してみた。
「あれは……」
鳴き声の主はすぐに見つかった。蛇に追い詰められた山猫が、空洞になった枯れ木の中で必死に威嚇の声を出していたのだ。まだ子供だろうか。小さな身体の毛を精一杯逆立てて、蛇を牽制している。
僕は咄嗟に駆け出した。
こちらに気づいた蛇が、首をぐっと持ち上げて牙をむき出しにする。
蛇の注意が僕に向いた隙に、山猫が枯れ木から脱出して逃げていく。
「わっと!」
飛びかかってきた蛇を、スライディング気味にかわす。
上手く身体が動いてくれたのは、抜き打ちで仕掛けられるマグナ兄のブートキャンプのおかげかもしれなかった。
すぐに振り向いて素材合成を発動し、蛇と山猫がやりあっていた枯れ木をぐるりと囲む。
イメージしたのは、蛇を閉じ込める檻だ。
再び飛びかかってきた蛇の頭上で、魔法陣が輝く。
檻を構成するパーツに成形された木材が、魔法陣からバラバラと降ってくる。
「ごめん、おとなしくしててね」
ぎゅっと拳を握って力を込めると、木材が蛇を取り囲み、檻の形になって蛇を完全に閉じ込めた。
イメージした通りだったとはいえ、不思議な感覚だ。合成の結果として完成品を出力するのではなく、パーツを出力してから組み立てられるなんて。
これを使いこなせたら、さらに幅が広がりそうだ。
火事場の馬鹿力的にスキルが成長した実感を得て、その場で何度か落ち葉や木の枝を使って素材合成を試してみる。偶然ではなく、どうやら合成途中のものを出力して、少しだけ操作できるようになったみたいだ。
「そうだ、あの子は? よかった、無事だね」
山猫の子供は、少し離れたところで毛を逆立ててこちらを観察している。
身体のサイズからすると大きな、リスのような尻尾が美しい。落ち葉色の身体には黄色いラインが入っている。オレンジに輝く瞳が印象的な、顔立ちのはっきりした子だ。必死に怒っている姿もすごくかわいい。
「もう大丈夫だよ。驚かせてごめんね」
本当は、野生の動物同士の争いに首を突っ込むべきではなかったかもしれない。
だけど今回は、考える前に身体が動いてしまった。
この森で蛇を見かけたのは初めてだったし、何か異質な感じがしたからだ。
そして何より、僕は前世から猫が大好きなのだ。
山猫同士の喧嘩なら手出しはしなかっただろうけど、この森にはいなかったであろう蛇に襲われていたのなら、助けないわけにはいかない。
「ひとまず戻って、シルヴァ兄に聞いてみようかな」
いったん檻をその場に置いて、放り出したノートと羽ペンを拾ってくる。それから、蛇が入った檻に追加の素材合成で持ち手とキャスターをつけた。
蛇のサイズはそれなりにあるし、檻を抱えて運ぶのは大変だ。キャリーケースのような形にすれば、僕でも持って帰れるだろう。
そこでふと、背後に気配を感じて振り向いた。
「キュイ」
僕に敵意がないことがわかったのか、山猫の子供がそろりそろりと近づいてきていた。
「わ、うそでしょ? いいの?」
足元までやってきた山猫が、すりすりと身体をこすりつけてくれる。
野生動物って、いきなりこんなに慣れたりしないはずだよね?
まさか、実は山猫ではなくて飼い猫だったとか?
僕が困惑している間に、山猫の子供は僕の身体をするすると登って、肩の上に収まった。
なにこれどうしよう、幸せすぎる。
「きみ、ひとりならうちの子になるかい?」
「キュイ」
返事してくれた!
などと考えるのは、猫好きの傲慢なのはわかっている。わかっていても、嬉しいものは嬉しい。
途中で逃げていくなら、それはそれでいいか。
僕は蛇が入った檻を空いた手で引いて、山猫を肩に乗せたまま歩き出した。



